七つ夢
ーーけぶる霧が晴れる頃、森の中に居ると気が付いた。しっとり冷たく湿った木面と葉が露を落としてくる。薄暗いその場所で私は天を仰ぐ。
遥か上空から炎の吹くような音が聞こえる。高い木の葉の隙間から花火みたいにちらちら光る何かが見える差中で私は思い出した。
前に同じことがあった、と。
あのときみたいに泣いている森、あのときみたいに光っている空…ぴん、と閃いたものに信憑性を感じずにはいられない。もはや確信でさえある感覚が遠い記憶から今までを凄まじい速さで紐付けていく。
ーーそうだ、シンと出会ったあの日、私はこれを見たんだ。未来だったんだ。姫の襲撃の後、時空の狭間に飲み込まれていくつかの未来を見た。
今行われている空中戦はきっとレオとサキのものだ。その前に見た数人はもっと先の未来の人…
何とかしなければ。今動かなければ、恐らくあの事態が…!
出現させた杖を強く握った。更に大きくなっていくであろう争いを避ける為に今すべきこと。引き戻すべき、二人。
ーーアンタは知らないんだな?信じる力がどれ程大きいかをーー
ーー俺は信じる。だからアンタも、信じていろーー
ここにきて蘇ったレオの言葉に強く頷いた。眩い白光に包まれながら何度も何度も祈りを続ける。自身に言い聞かす。
大丈夫、大丈夫だよ。私は時空だって超えていたんだ。運命もきっと変えられる。
信じるんだ、思い描くんだ、絶対にできるって。
信じる、信じる、信じる…
信じて……!!
ずっとすっと念じていてさすがに疲れがくる頃、図ったみたいに光が引いた。そして図ったみたいに現れた。
艶めく氷のような青い髪、しゃがみ込んだまま怯えたように見上げる同色の瞳。
あの頃からまるで衰えていない美しいままの妖精の母が、目の前に。
ーーあなたが…助けてくれたの?私を…ーー
目覚めさせてくれたの?と問いかける彼女に私は手を差し伸べた。恐る恐る伸びてきた枝のように細い腕を引いて起き上がらせる。間近に迫った目が眩む程に綺麗な彼女に微笑んで言う。
行きましょう。
待っている人がいます。
まだおぼつかない足取りの妖精と二人で森を進む。こっちでいいはず、私はまた信じる。この先にもう一人がいるはず、きっと蘇っているはずだ、と。
木々の隙間から、数を増やしていく、光の筋。
ときに厳しくときに優しい木々たちはやがて左右に分かれて道を作ってくれた。まるで、傍観者だったかつての私を許してくれたみたいに。
ーーアサギ…?ーー
反対側から、声がした。覚えのある声と、姿。
モモ、シン…!
それから…
お姫様。
すっかり成長した青と桃色の妖精に両側から支えられた彼女。滑らかな曲線の腹部に視線を落とす。怪我を負っている様子は…ない。
良かった…!
じん、と奥から沸いてくるものを抑えられずに鼻をすすった。当初、ぽかんとしていた姫の顔にもやがて上品で穏やかな笑みが浮かんでくる。もう全て察しているみたいに。
私は前へ進んだ。もう一つの再会を見越して彼の立ち位置と入れ替わる。
ーーママ…!!ーー
迷わず真っ直ぐ駆け出したシンを同じ色をした彼女が受け止める。しっかりと正面から抱き合い涙する二人の方へ私は静かに声をかける。
大きくなったでしょう、その子。
シンと言います。
母の方の顔がこちらへ向いた。ぐしゃぐしゃに濡れてなお美しいとはどういうことだ。どんな美女であろうともこんな完成度の高い泣き顔、あっちではまずあり得ない。
ーーありがとう、ありがとう…ーー
ーーこの子に名前まで与えてくれるなんて…ーー
彼女の感謝を受けた私は精一杯の笑顔を返す。それでも満足するのは早過ぎる。与えるべきものも向かうべき場所もまだ残っているのだから、という使命感の元、私は順に呼びかける。
マミ。
…妖精の母へ。
ルナ。
…お姫様へ。
手を差し伸べて中央へみんなを集める。次の場所へ向かう為に。
…と、その前に解説しておこう。
シンの母【マミ】。由来はそのまんま“母”だ。マザーやマミーではあからさま過ぎるから名前らしい響きのマミにしておいた。短的で呼びやすい文句なしの仕上がりだ。
それからお姫様の【ルナ】。彼女が襲われたのは未来の話ではない。それはレオとの会話で明白となっている。ということは傷を再生させた女版ヴァンパイア(推測)→ヴァンパイアと言えば夜→月→ルナ、という訳だ。どうだ、私にしては捻った方だろう。
誰からともなく手を繋いだ。輪になった私たちは揃って目を閉じる。会話などなくともわかる。思いは、一つ。
未来を変える為、救う為…
あの空へお導き下さい、神様。




