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Hypersomnia〜幻想と現実の旅人〜  作者: 七瀬渚
★アパレル世界★
41/57

五つ夢


ーー今日、瞼を開いた私を迎えてくれたのは色とりどりの薔薇の群れ。目立ってなんぼのクリムゾンカラーが主張しているが、よく見てみるとその間、間にある色もまたシャンと誇らしげに背筋を伸ばしていることに気付く。


特に白。かつて何処かもの悲しく遠慮がちに思えていたそれは、今、何にも染まらない強さを放っているようにさえ見える。実はどの色よりも派手で、羨ましいくらい純を保って気高く我が道を進む孤高の存在みたいだ。



不意におびただしく花弁が舞った。背後から起こった風の気配に私は振り向いた。現れた姿に目を止めて思った。待ってました、と。




ーーレオ。




ゆっくり歩み寄ってくる自信に満ちたようなシルエットを正面きって待つ私。




ーー久しいな、アサギーー



ーー麗しき薔薇に見惚れているのか?それとも俺…ーー




ちょっとじっとしてて。




相変わらずのナルシスト発言を容赦もなく遮って命じた。ぴたりと足を止め、不思議そうに見つめ返す彼に私はまぁ見ていろと言わんばかりに笑って出現させた杖を振る。



ついこの間と同じように巻き起こった光の旋風が足元から這い上がるようにヴァンパイアを包んでいく。


いつものジャケットの下にレギュラーカラーの白いシャツを纏ったレオは正直それ程変わったようには見えない。普段からこんな格好だったような気もする。だけどここには私の思いが込められているのだ、異議を聞いてやるつもりはない。


手にした二本の薔薇を交互に見て考えた。真紅と純白、昨今じゃワントーンカラーのコーディネートがトレンドだしなぁ…などとあっちの世界で知ったことを思い出しながらもやっぱりそのチョイスはやめた。驚いて立ちすくんでいる彼に歩み寄り、真紅の方を胸元な刺してやる。



うん、やっぱりこの方がいい。コイツらしい、と満足の元頷いた。純白の方は自分のポニーテールの根元に差し込んだ。



ーー驚いたなーー



やっとあのナルシシズム全開の笑みを取り戻したレオが呟く。彼はまた言う。



ーーついこの間までヒヨッ子だったアンタがここまで魔法を使いこなすとは、大したもんだーー


ーー見た目は相変わらず、だがなーー



だからほっとけ。いつも一言余計なんだよ、アンタは。


ほんの少し憮然としたけれど、憎まれ口を叩きながらも身を包む真新しい衣装をいつまでも眺めている彼を前に反論する気などすぐに消えた。照れ笑いなんかを見られるのはさすがに悔しくて顔をそむけてしまったが。



ねぇ、レオ。



どれくらいか経った頃に私は口にした。




サキが…戻ってきたよ。




伝えたくて仕方がなかったもう一つのこと。



一瞬目を見開いたレオはやがてすぐに落ち着いた。そうか…とこぼれるため息のように呟く彼に、私はそのとき知ったことを話す。




サキ言ってたよ、許嫁いいなずけがいるって。それが例のお姫様だって。



そして…




続きを言い終わる手間、私はやっと気が付いた。明らかに流れの変わった空気に思わず凍りついた。




ーー何を抜かすか、あの野郎…!ーー




慣れた者の放つ初めての声色に身動きを封じられた。出会ったときからずっとヴァンパイアらしい白さを保っていたはずの彼の顔色が今は違う。煮えたぎる朱に染まった横顔が言う。



ーー昔からそうだ、アイツは。過去にばかり囚われて今を見ることをしない臆病者ーー


ーー姫が選んだのは俺だ、それは事実だ…ーー




騙したつもりも、アイツから奪ったつもりもない…!!




ドク、と脈拍が跳ねた。おそらくは最後のところで。



こういうのをデジャヴというのだろうか。私はこれを知っている。こっちではなく、あっちで聞いたんだ。


同じことを言った、ただ寂しげなばかりだったアイツも胸の内はこんなだったのだろうか。それとも…


怒りに滾っているレオも、胸の内ではアイツみたいに…




返す言葉もなく考えていた。後ろから、風の気配を感じた。




ーー久しいな、レオーー




サ…



サキ…っ!?




まさかの事態がそこにあった。驚き固まる私の横で目の前の対象を睨み付けるレオ。向かい合うサキも同じ顔をする。怖い。どちらも見たことがないくらい、怖い顔。




ーー元気そうで何よりだ…根暗軟弱ーー



ーー黙れ…単細胞ーー




おいおいおい待て落ちつけ。何をおっぱじめる気だ。いや、大体想像はつくけれど修羅場なんて二つの花がぶつかり合う昼ドラくらいで十分、居合わせるなんて御免だぞ。



暗雲を連れてくる空を恨めしく睨んで思った。いや、セッティングとか要らないから、煽らなくていいから。



ムードなんて不要。やるならいっそのことスコールでも降らせてこの二大馬鹿の頭を冷やしてやってくれないかと、願っていた。



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