七つ夢
ーー鬱陶しいくらいに荒れた波の音。水飛沫のような霧が晴れて視界が開けた。曇りの海辺。押しては返される泡沫、暗く沈んだ潮の色を眼下に喉を鳴らす。
一つ、確信めいたものがあった。この世界のこの海がこんな色をしているときはろくなことが起きない…ただそれだけなのだが、むしろそれだけで十分に不穏な気配と言えよう。
誰か待つみたいに波打ち際を佇む私の身体へ容赦なく打ち付ける湿った風。吹き荒れるその方向が沖向きへと変わったとき、ヒラと舞ってきた小さな何か。見たところ紙のよう、特に危険なものでもないと判断した私は天へ腕を伸ばしてそれを受け止めた。手の中に収まったものに見入った。
小さな紙の正体は写真だと知った。そして写っている二つの姿に覚えがあった。
一人は桃色の髪と瞳の妖精。この間目にした姿よりずっと幼く外見年齢12、3歳くらいに見えるがどの角度から眺めてみても【モモ】だ。いや、そもそも写真に角度とかないか。
それから隣に居るもう一人は…シン、ではない。青白い肌、鋭いラインながらも柔らかく細められた目、そう、これは…
ザッ、と砂を踏み鳴らす音を背後に感じて振り向いた。風に乱れた長めの髪、細いシルエット…
乏しい表情で黙って見つめている、ヴァンパイア。
サキ?
私は呼んだ。そう、こんな物静かで切なげなのは間違いなく虚弱系の彼の方であると。
また風の向きが変わった。砂浜の方向へと。正面から風を受け額ごと露わになる白い顔。はっきりと全体が現れた目と私の視線とがぶつかったとき、ドク、と奥が鈍く痛んだ。何かわかってしまったような気がした感覚を私は言葉にしてみる。
ねぇ、サキ。
アンタの逢いたい人って…
こちらの問いかけを合図にしたようにフラフラと不安定な足取りで近付いてくる彼。その全体はシルエットのせいだけでなく、細い。今にも飛ばされてしまいそうだ。
向かい合って今度は何を話すのか、今度押し倒されたら蹴りを入れてやりたいがこうも弱々しい虚弱系だと…なんて考えていた私の予想は見事に外れた。
まるでこちらが見えていないみたいにサキがすっと横をすり抜けたのだ。しかしそういうわけでもなかった。すれ違いざまに届いた懐かしい声が言った。
ーーこれで、わかったでしょ?ーー
サキ…?
振り返る私に対して彼の方はただの一度も振り返らずただ真っ直ぐ歩いていく。海の方へ。
サキ!?
やっとのように私は動いた。焦燥の為が足が思うように進まない。走っているはずなのに…私、こんなに足遅かったっけ?
サキの身体は吸い込まれるように海の中へ。打ち付ける荒波が彼の姿を隠そうとしているかのよう。
サキ!サキ!
アンタ、何を…!!
思わず私自身も海へ足を踏み入れた。何としてでも止めなければ。こんな弱々しい身体、どう見ても泳げそうにないのに…と思って歩を進めているのに波が邪魔して前へ行かない。苛立ちは更につのっていく。
行かないで!
そんな、独りでなんて…
ついには声にすらならなくなった。波の飛沫で霞んでいく彼の意図がどんなものかもわからないのに、何故だかたまらなく切なくてやるせなくて込み上げてきた熱い水の膜に視界が揺らいだ。




