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Hypersomnia〜幻想と現実の旅人〜  作者: 七瀬渚
★専門世界★
24/57

二つ夢

カタン、カタンとリズムを刻む車体。背に当たる温かさが心地良い。これで花粉症がなければ完璧なのだが、とマスクの下で蒸れたため息をこぼす。


初めこそ恐れおののいていた人の多さにもいくらか慣れた。場に馴染むという自身の能力はここへ来てますます磨きがかかったように思える。カメレオンに生まれていたら相当出世したのではないか、などと吊り革にぶら下がる眠そうなサラリーマンを見上げてあくまでも人間視点で考えていることが何だか滑稽こっけいだ。


馴染むからカメレオン?いやそれだけではない。あれ程の色を自らの身体に纏えるなんてどんなに楽しいだろう、とやはり勝手な人間視点で考えてしまうのだ。


やがて陽が遮られ辺りが薄暗く静まり始めた。一駅毎に人の群れがざっ、と減ってはまた新しい群れがどばっ、と流れ込む地下鉄。もうすぐ、もうすぐだと思った。


始まりの4月、その象徴であるかのようなあの桜の景色、神田川まで。



まだ目の前にちらちらと浮かんでいる色。それを確かめるみたいに瞼を閉じてみた。撫子色なでしこいろ紅梅色こうばいいろ…今私のバッグの中にも入っているその色はきっとこっち側の景色とリンクしてあっちにも現れたのだろう、と。



細く平坦なくせに重く座席に沈み込む身体がまたあっちへ引かれていきそうだけれどもうそろそろなはずだ。そろそろ瞼を開かなければ…そう思っていた。そのときだった。




ーー代々木上原ーー


ーー代々木上原ーー







…は?






意図せずおのずと目を見開いた。霞んだ視界に確かに映っている、人気ひとけの消えていく車内と降車口の上の、文字。


電車を降りた。柱にも壁にも確かに書いてあった。【代々木上原】の文字が。




まっ…じかよ…。




駅のホーム、大きく膨らませたトートバッグとA3サイズのポートフォリオを持ったまましばらく呆然としていた私は、やがて思い出した存在、スマートフォンを取り出した。指を滑らせ検索していく。




代々木上原から新御茶ノ水(※1)…



所要時間21分…だと?




電光掲示板を見上げた。どうも乗ってきた同じ電車が折り返し我孫子あびこ(※2)行きとなるらしいが発車時刻まであと5分。新御茶ノ水到着から学校までの所要時間は約15分、走ってみても5分短縮がいいところか。



つまり、どんなに急いでも40分弱。遅刻確定。もう腹を括るしかなかった。はぁーっ、と全身の空気が抜けるようなため息に到着したもう一台の電車がぷしゅーっと吐き出す音を図ったようなタイミングで重ねてきやがる。



ふと片手に重くのしかかる黒のポートフォリオに視線を落とした。うんざりするが迷っている暇はないと電車に乗り込んだ。


遅刻しようがこれだけは届けなければ。入学の願書提出の前、母から聞いたある一言を苦々しく思い返しながら空いた方の手で吊り革を握った。座席にはまだ余裕がある。所要時間は21分…でも座るのは諦めた。



気が付いたら我孫子あびこ。昨夜の血の滲むような努力が水の泡と消える、そんな悪夢は避けたかったからだ。




※1)御茶ノ水(新御茶ノ水駅、御茶ノ水駅)・・・東京都文京区湯島〜千代田区神田に至る千代田区神田駿河台を中心とした一帯の地名(通称)駅名にこそ使われているが現在【御茶ノ水】という住所が存在する訳ではない。名前の由来は江戸時代、外堀を掘る為の神田山…(以下ウ⚫︎キペディア先生に託します)歴史と学生の街と呼ばれるだけあり、病院、大学病院、大学、専門学校が多く存在する。駅周辺の画材店や楽器店は主に芸術を学ぶ学生の御用達となっている。春、桜が囲む神田川の景色は大変美しく通勤通学の人々に癒しを与えてくれる。歴史と四季を存分に感じられる街である。



※2)千葉県我孫子市・・・千葉県北西部、利根川とねがわと手賀沼に挟まれた茨城県との境に位置する自治体(隣接地区の一つに柏市)。常磐線(千代田線)下りの終点になっていることが多い。稲作や野菜の生産が盛んなのどかな街。我孫子駅構内にて【唐揚げそば】が人気を誇っている(※空腹時の画像閲覧には注意が必要である)



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