十一の夢
ーーガガガガガ…!!
またやかましい夜が来た。耳鳴りの夜、そして動かない身体。
金縛り。
本当にこれだけは何度体感したって慣れやしない。最近ますます頻度が多くなっている気がする。やっぱりあのせいか?
あの忌まわしい放課後の…
ふっ、と縛り付けるおぞましい気配が遠のいた。指先から動き出した。私はゆっくり瞼を開いていく。
目に映ったのはあの海だった。だけどあの時と色とは違う、大きな夕日がため息が出る程深く複雑な色で空と海とを染めている。
上は薄紫、真ん中はオレンジ、でもこっちは黄色っぽくて、水平線の上はくっきりと藍色…
色の数なんかを数えてみながら私はゆっくりゆっくり歩いていく。ゆっくりゆっくり、オレンジと黄の光が散りばめられた夕の波打ち際へ。
そうだよ、これが見たかったんだ。あの日あんな気分のときにこんな光景があれば、きっと何処までも沈んでいけたのに。
いつか会った虚弱系ヴァンパイア【サキ】がしていたみたいに海に向かって佇んでみた。今思えばアイツも失恋後だったのかも知れない、そんなことを想像しながらひたすら空と海とのグラデーションと波の音だけを感じていた。
ーー黄昏にでも来たか?ーー
ーーアサギーー
背後からの声に私は振り返った。もうすぐ傍まで迫ろうとしているヴァンパイアの顔が一瞬驚きを見せたのを確認するなり、また素早く海の方へ向き直った。
ーー泣いている…のか?ーー
うっせ!
今、男の顔なんて見たくないんだよッ!!
心配しているようにも思えるレオの声色に対して私は振り払うみたいにきつく言い放つ。我ながら八つ当たりもいいところだ。
正直、現れたのがサキの方じゃなくて良かったと思っていた。今、あの声で話しかけられようものなら私は発狂してしまうかも知れない。
そう考えると私は何処かレオに甘えているのだろうか?だとしたら本当、我ながら気持ち悪い話。
ーーアイツに会ったんだってな、アンターー
ごく自然に横に立ったレオが言う。すぐにピンと来て、そのままの姿勢で返す。
うん、会ったよ。サキって名前つけといた。
ーーサキ…?それはまた不思議な響きだなーー
川崎のサキ。
ーーカワサキ…カワセミの仲間か?ーー
…まぁそんなとこ。
ーー全国の川崎さん、ごめんなさい。言わずともがな、もちろん鳥類などとは思っていません。ただ私の精神状態上、受け流したかっただけで。
ーーアサギ、前に言ったよな?ここは精神世界だってーー
ーーアンタが今哀しい色をしているの、俺には見えるぜ…?ーー
………。
よくわからないけれどそれなら是非とも放っておいてほしい。いつもは意地悪はクセしてこんなときばかりやけに優しい声で話してくるなんて…ずるい。
夕焼けの空がゆっくり確実に色を変えていく。寂しく綺麗な紫の範囲が広さを増して端から藍を滲ませていく。
ーーなぁ…ーー
またレオが言う。
ーーアンタはもっと色んな世界を知るべきだぜ?ーー
ーーそのときはもう、迫っているけどなーー
意味深な言葉を受けてやっと隣を見た。訝しげに眉をひそめながらいつもより大人びて見えるレオの横顔に問う。
迫っているって…?
吹き付けた風は前のものより穏やかだった。沖へ向かうオフショアがまるで彼の言葉を更に強調しているようで。
ーー姫を助ける協力者になってほしいけれど、今のアンタじゃ駄目だーー
ーーチャンスならすぐ身近な人間が与えてくれる。新しい場所へと導いてくれるさーー
ーーそこでアンタがどう進むか…それによって変わるんだ、俺らもーー
なあに?そんなたいそうな運命を背負っているの?私は。
空恐ろしさを感じてしまう。うつむき乾いた笑いと共に私はついこぼしてしまった。
そんなの重いよ。
重過ぎるよ、レオ…。
レオは何も言わなかった。彼は彼で
とてつもなく重いものでも抱えているのだろうか。人もヴァンパイアもそれから妖精もそんなものなのだろうか。
命がある限り。
藍色は深さを増した。もう少し、もう少しだけ留まっていたいと思った。
始まり…例えそこに希望があったとしても、その前に訪れる終わりは、すごく怖いから。




