二つ夢
…が
おい、瀬長!
バシッ
頭上に降りた軽い衝撃に顔を上げた。霞の幕がかかったような視界に一人の姿が浮かび上がる。それは徐々に輪郭を鮮明にしていく。
しわくちゃの険しい顔…ブルドッグ?
いや、国語の田辺か、と思い直す。
「居眠り瀬長が起きたところで次いくぞ~」
沢井、次のページを読め、と踵を返して去っていく中年ブルドッグ教師・田辺。私はむくりと伏せた身体を起こす。
いくつかの囁きが聞こえた。
また居眠りかよ。
いつものことだろ。
テスト前なのに…
すげえよな
大物だよな
ある意味?
遠慮がちなざわめきの中、私は一人ため息をついた。いつものこと…それはアンタらだろ、と内心で吐き捨てながら。
こいつらはいつだって直接言ってはこない。影でヒソヒソ、ヒソヒソと…それが丸聞こえなのがまた滑稽だ。静寂の日々で磨かれた聴力を前にそんな小細工は無意味だといい加減気付け。
さっきこう言ってただろ?何度かそう突っ込んでやっているのに揃いも揃って否定しやがる。しまいには被害妄想とまで言いやがる。口ばかり達者な中坊の集まり…
ああ、そういえば私もここでは中坊だったか。内心でひとしきりぼやいたところで思い出す。
名前はそう…瀬長浅葱。今は二年、もう数ヶ月で三年になる。
至って普通の顔立ち、平均的な背丈、言われた通りに制服のスカート丈も守っているし、肩を超えたストレートの黒髪はきっちり二つに結っている。
とりわけ派手でもない、かと言って地味でもない姿を目指している。その完成度はなかなかだと自負している。
特に目立つ要素はないはず…なのに、どういう訳か意に反してやたらと目立っているのが自分でもわかる。すっきりしない日常が繰り返されている。
そんなことを思い返すなり妙に現実味が湧いてきた。さっき身を置いていた場所、目にした光景が薄れていく。
そうだ…
我に返って顔を上げた。慌ててノートを開いた。
期末テストは3日後…やべぇ!
ノート真っ白だし、何か授業終わりそうだし
あっ!消すな、田辺!ふざけんな、馬鹿野郎。アンタ知ってんだろうが!
私がまだノート取ってないことも、ノートを貸してくれる友達の一人もいないぼっちだってことも、本当は全部知ってるクセに。
陰湿な嫌がらせや陰口を止めてくれるどころかしれっと黒板を消しやがる、いつだって見て見ぬ振り。何処までも頼りにならないおっさんだ。アンタのような男とは絶対結婚しねぇよ。
無情にも幕を閉じてしまった国語の授業。私は深いため息と共に力なく伏せた。次は理科…そう思い出しながら。
瀬長、また寝るんじゃね?
誰かの一言をきっかけに不快な笑いが起こる。田辺が去った今、遠慮もなしに始まったそれは非常にうるさい。
ほっとけ。そんな暇ないし。
寝る暇もないくらい忙しいんだよ、私は。
だから束の間の休みくらい…
そう思いながら目を伏せた。何処からか声がする。教室の中からではない何処か遠い場所で…
また争いの起こる気配がした。




