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Hypersomnia〜幻想と現実の旅人〜  作者: 七瀬渚
★高校世界★
19/57

九つ夢


ーー繰り返す音が聞こえる。遠くなったり近くなったり…この音に懐かしさを覚えるのはきっと私だけではないだろう。


山に囲まれた内陸で育った私が海へ行ったのはだいぶ前。確か小5の頃だ。泳げもしない、水着だって好きじゃない。この歳でこの体型じゃあなおさら着たくない。なのに何故かまだ残っている。


波の音の心地良さ、海への憧れが。



季節はあっちと同じ夏なのだろうか?それにしてはやけに暗い。どんよりと曇った空を映し出した海はグレーの満ち引きを繰り返している。まぁこれはこれで趣深いんだけど…などと思いながら私は歩を進めていく。長いベストがヒラヒラと風にたなびく。あの中二な衣装は今も健在のようだ。


やがてはた、と立ち止まった。やっと気付いた。波打ち際に佇んでいる人影、後ろ姿とは言え見覚えがある。



レオ…?



再びそちらへ歩きながら私は呼びかけてみた。後ろ向きのその人が振り返った。



ーー…それはアイツに与えた名か?ーー



え?



目の前の思いがけない反応と表情に私は目を見開いた。アイツ…?わけもわからないまままじまじと見てみる。


遠目から見たときにはレオだと思って疑わなかった。だけどこうして見ると確かに何か、違う。顔の作りも背丈も服装も何もかもがそっくりなのに、何処か全体的にか細いのだ。


何より確かなのが愛想のない憮然とした表情。決して可愛げはないが息を忘れる程冷たくヴァンパイア感がより強い。あのナルシストもこれくらいすましていれば絵になるのにな。


それからもう一つ、違うもの。




レオじゃ…ないんだ?



ーーあんな奴と一緒にしないでーー



レオにそっくりなその人はふい、と不機嫌な顔をそむける。また、海の方へと。


どうやらレオを知ってはいるらしい。似通った容姿であるところから親族という可能性もあるのだろうが、それすら嫌っているように見える。


無愛想で傍に居ても全く楽しくはなさそうだ。だけど哀愁漂う横顔からは害が感じられないし、むしろ私の好みとするたぐいと言える。眺めているだけならいくらでもできそうな気がする。それに…


気になっているものを引き出すべく私はあえてだんまりな彼に話しかけてみる。




あなたは何故、海に?




こちらを向かないまま、彼は答える。




ーー逢いたい人との思い出の場所、だからーー




片思いか、切ないね。うんうん、と頷きながら私は目を閉じてみた。



その“逢いたい人”は誰?砂雪?それとも…




ーー誰と重ね合わせているの?ーー




不意の問いかけにはっ、と我に返って目を開いた。いつの間にかこちらを覗き込んでいる無表情のヴァンパイア。かぁっ、と顔全体に熱が広がっていく。




な、なんでもないよ!



ーー本当に?ーー



本当だって!




半ばムキになって今度は私がたまらず顔をそむける。しかしよりにもよってそいつはこちらに歩み寄り視界に入ろうとしてくる。無表情ながらも好奇心に満ちた子どものような目で無理矢理に覗き込んでくる。



嫌、とばかりに首を振ったとき、ついに両肩を掴まれてしまった。か細い腕からは想像もつかなかった力。容赦なく間近に迫った双眼が妖しく揺らぐ。くっつきそうに近い彼が低く言う。




ーー知っているよ。この声が、好きなんでしょう?ーー




……っ…!




油断していた。そうだ、コイツもヴァンパイアなんだ。か弱い表情とこんな声であっても。



突如吹き荒れた強風が吹き付けた。後ろへ傾いで倒れた。仰向けの私の上に覆い被さるヴァンパイアの身体。



わああああぁぁ!!!



当然私は絶叫した。初めて押し倒される相手がこんな名も知れぬヴァンパイアなんて冗談じゃない。



名…名前……



こんな絶体絶命の状況なのにふと思った。まるで使命であるかのように。




わかった!わかったよ!!



アンタにも名前あげるから…




【サキ】



サキでどうよ?




緩く静まっていく疾風。覆い被さっていた彼がようやく何食わぬ顔で身体を起こした。ごめん、とこぼし少し頬を赤らめている。


まさかこいつ、本当に強風のせいで起き上がれなかったのか?ひ弱にも程かあるでしょ…



唖然として未だ身体を起こせずにいる私にヴァンパイアは言った。




ーーサキ…か。悪くないねーー


ーーしたたかなる闇の使者・さそり御霊みたまを継ぐ僕にふさわしい…のかはわからないけどーー



何処かで聞いたような台詞だ。そして程々に満足しているであろうところ悪いが、今回もさそりとは全く関連はない。




サキは“川崎”のサキ。




容姿はむしろ真逆なくらいなのに何故か彼と同じ声を持つ二人目のヴァンパイア。


私はまた名付け親になってしまった。



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