大阪人
初稿執筆:2008年頃
俺の友人の一人に、大阪から出てきたA君という奴がいた。彼は根っからの大阪人で、大阪人であることに誇りを持っていた。彼の前で大阪を馬鹿にすると怒り出すし、俺たちが彼の真似をして間違った大阪弁で話そうとすると「アクセントが違う」などと言って事細かに注意してくるのだ。彼は大阪を愛するあまり、少なからず場の雰囲気を読めないところがあった。だが、東京生まれの俺だって、どこか余所の土地へ行って、東京のことを馬鹿にされたら黙っていられないだろう。それと同じことなのだ。彼はけして人の悪い男ではなかった。むしろ「大阪人は笑いが命」と豪語しているだけあって、彼の話術は内輪のあいだでも桁外れに優れていたため、誰も彼のことを嫌う奴はいなかった。
「大阪人は、生まれたときから笑いにもまれて育つんや。赤ん坊かて、ボケとツッコミわきまえとる。お笑いに生まれ、お笑いに死す。これぞ大阪人の大阪人たる所以や。俺もいつか死ぬときは、渾身のネタを一発言って死にたいもんや」
その言葉が、まじめな考えから出たものだったのか、それとも単なるウケ狙いだったのか、俺にはついに最後まで判別することができなかった。
まじめなのか冗談なのかわからない、という点で、大阪人の言動を否定するのは難しいことだとそのとき俺は思った。
そんなA君が、先日本当に死んでしまった。無残にも電車に轢かれて死んだのだ。自殺ではなかった。彼は踏み切りの向かい側にいた俺の姿を認めると、周りの人が制止するのも気にせず、手を振りながら遮断機をくぐってこちらへ歩いてきた。せわしない性質の大阪人らしいといえばらしいのだが、彼は走ろうともしなかった。確かに大阪の人はせかせかと忙しい動きをするわりには、東京や名古屋の人と比べて、走ることは少ないようだ。普段からせわしなく動いているくせに、いざというときに慌てふためくのはみっともないと思っているのだろうか。とにかくA君は大阪人らしい振る舞いをして列車に轢かれた。
俺の足元に彼の生首が転がってきた。死んでいるのだろうと思ったが、俺は気が動転していたので、思わずA君の名前を叫んだ。
するとおもむろに彼の瞼が開いた。彼はまだ死んでいなかったのだ。よく見ると、首の切断面からは血が出ていなかった。なんらかの原因で血液が固まって出血が止まり、脳内にはまだ血液が残っていたため、即死しなかったのだろう。彼はここぞとばかりに渾身のギャグを言い放った。
「人面レタス!」
俺は悲しむのも忘れ、腹を抱えて転げまわった。
渾身のネタを言った彼はもう息を引き取ったか、と思ってまた彼の顔を覗き込むと、彼はまだ生きていた。目をぱちぱちさせて、まだかまだかと何かを待っているようだった。
「おまえ、まだ生きてんのか」
「おう、生きてんで」
「痛くないか」
「痛い痛い。ところでもう救急車は呼んだか?」
「いや、まだ呼んでない」
「早う呼んでえな。痛うてかなん。あっ、やっぱ救急車いらんわ。霊柩車、霊柩車呼んで」
「警察には誰かが通報したみたいだけど、霊柩車は呼ぶもんじゃないだろ」
「さよか。あ、あかん。だんだん意識が遠のいてきたわ。俺もうそろそろ死ぬな」
「おう、たぶん俺もそう思う」俺は正直に言った。首だけになった人間が命を取り留めるとはとても思えない。今こうして口を動かしているだけでも、ありえないほどの奇跡だろう。
「ああ、しもた。死の間際に言う最期の言葉が渾身のギャグやっちゅう目的が達成できひん。せっかく上手くいく思うたのに、おまえが話しかけるからやぞ」
「ごめん。――え、俺のせいかよ」
「おまえのせいやがな。よっしゃ、じゃあ今から一世一代の渾身のボケかますからな。ちゃんと聞いとってくれよ。あわよくば突っ込んでくれ。うむむ……あかん、なんか頭がぼ~っとして考えられへん。ネタ思いつかんわ」
「頑張れ」
というか、もはや彼には頭しかないのだから、頭がぼ~っとするという発言がすでにギャグのような気もするのだが、せっかく彼が一生懸命、頭を捻って考えているようなので、俺の口からはあえて言わないでおくことにした。
「よっしゃ、こうなったら既存のネタでいったるわ。しゃーない。今から言うから、しっかり聞いとくんやぞ。ああ、意識が、意識が……」
彼はぐるぐると目を回して空を見ながらそう言うと、今度はきゅっと口元に力を入れた。ついに彼の口から最期のギャグが飛び出すのだろう。
「布団が、ふっとん……」
そこで突然彼は力尽きた。それまでは人間だったものが、急に石か何かに変わってしまったようだった。俺はいきなり見捨てられたような寂しさに襲われた。パトカーのサイレンがこちらへ近付いてきた。
A君のことがあってから、俺にとっての大阪人のイメージは、自分の決意を最後まで守り通そうとする意思の固い人間ということになった。
作者評価:
大阪の人、大好きです。




