第三話:海山神社と巫女さんと
前回のあらすじ
美穂の家の手伝いをすることになった仁。蔵の掃除をしていると古いアメフトのボールを見つける。それを見た美穂のいつもとは違う反応を見て不思議がる仁。しかし美穂の母、幸恵の口から悲しい過去を聞くこととなった。
高校生の恋と青春を描いた青春ラブストーリー。
今日も早くに目が覚めた。まだ6時だ。俺はジャージに着替えている。早朝ランニングに行くことを日課にしようと昨日の夜に決めたからだ。
俺はジャージに着替え終わり、1階へ降りてばぁちゃんとじいちゃんに挨拶をして家を出た。
四月だがまだ肌寒い風を体に感じ、碧山町を眺めながら大きく深呼吸して坂を下って走り出した。
まだ一日目だ。初日から飛ばしすぎるのもよくないので、ばぁちゃんたちの家の反対側にある神社に行くことにした。海山神社と呼ばれる、大きな神社らしい。ここからはそんなに距離は無いらしいが、部活を引退して早8ヶ月くらいになる。なのでこれくらいが丁度いいだろう。
俺は中学時代野球をやっていた。名門とはほど遠い普通の学校の普通の野球部だった。世間では進学校と呼ばれてはいる。部員もそれほど多くなく、俺は一応エースとしてピッチャーをやっていた。最高成績は全国大会一回戦敗退。俺の中では全国に行けたことだけでも誇れるものだった。それもあって体力には自信があったのだがまさかここまで落ちているとは思わなかった。軽く走っただけで息が荒くなってる。昔はこの程度軽く走っていた気もするのだが。
そこうしているうちに神社についた。
大きな鳥居が俺の前に聳え立っている。長い石畳の奥に本殿が見える。200メートルくらいだろうか。結構長い石畳だ。毎年ここで大きな祭りが開かれるらしい。
俺はその長い石畳の周りを見渡しながらゆっくりと歩いていった。荒かった息も次第に正常に戻った。しかしこれは本当に体力が落ちている。毎日走らなければ大変だ。
本堂までの道の両脇には竹やぶが立ち並んでいる。石畳と竹やぶの間には3メートルくらいの土のスペースがある。おそらく祭りの日にはぎっしりここに出店が立ち並ぶのだろうと想像しながら歩いていた。
長い長い石畳を歩き終えると、立派な本殿が建っていた。古びた木造建築の建物で、大きな賽銭箱の上にカラフルな布が鈴より垂れていた。俺はポケットから10円玉を取り出し賽銭箱へと投げ入れた。別に大してお願いすることもなく、俺はこれからの高校生活を祈願した。
祈願し終わると、俺は本殿の周りを探索した。初めて訪れる場所は探検したくなるものだ。
すると本殿の裏の小道を進んで行くと小さな石碑があった。かなり古いものだろう。コケがこびり付いている。
石碑の上のほうに文字が刻んであった。
『汝の真の幸福とは』
そう書いてあった。続きも刻んであるのだが何が書いてあるかわからない。俺は少しの間、その石碑の前で立ち続けていた。すると、
「それは、幸福の石」
後ろから声が聞こえた。俺は後ろを振り返りその声の主を見た。そこに立っていたのは巫女さんだった。赤と白の巫女の衣装を着て、手には竹箒を持った、歳は俺と変わらないくらいの女の子だった。
「幸福とは、人それぞれ違うもの。人の数だけ幸福がある。この石は自分の幸福とは何かということが刻まれた石です」
彼女はそういって俺の横に来た。
「今はもう、何が書いてあるかわからないですけどね」
そういって彼女は微笑んだ。俺はキョトンとしていた。急に話しかけられたせいかもしれないが、おそらく、巫女の服を着た人なの今までに見たことがなかったからだろう。
「私は、この海山神社で巫女をやっている、美山楓です。あなたは・・?」
彼女は軽く会釈をして俺を見た。
「俺は、橘仁です」
彼女は軽くクスッと笑い、
「ここをランニングのコースに選ぶとは、いいセンスですね」
背中まである黒髪が風で靡いている。
「どうです?お茶でも飲んでいきますか?」
楓さんはそういって本殿の方に向かって行った。
俺はその後を歩いていった。すると本殿横の小さな建物があった。彼女は、「ここで待っていてください」といい中へ入って行った。おそらくここはおみくじやお守りが売っているとこらしい。
辺りをキョロキョロ見渡していると、楓さんがお茶を持って出てきた。俺はお茶を受け取りありがたく頂くことにした。整った顔立ちで綺麗な顔をしている。俺は失礼にも歳を聞くことにした。
「あの、楓さんっておいくつなんスか?俺くらいなように見えるんスけど」
楓さんは軽く微笑み、
「17歳ですよ。高校2年生です」
俺のひとつ上だった。俺の先輩にあたる。
「俺は16です。今年高1です」
楓さんは、ニコッと笑い、
「私の後輩になるんですね。ヨロシクお願いしますね橘君」
俺は飲み終わった湯呑を楓さんに渡した。
「またいつでも来てください。お茶くらいならお出しできるので」
楓さんはそういって微笑んだ。
俺はその後また走って、来た道を戻った。息が荒くなる自分に呆れながら俺は家へと走った。
家に戻ると俺はヘトヘトだった。それを見たじいちゃんが、「三日坊主にならんようにな」と笑いながら言って来たが、ご褒美に楓さんのお茶が飲めるならこれくらい屁でもない。
これでひとつ、朝の楽しみができた。