特別編:〜平賀健二〜
今回は、アメフト部顧問の平賀健一のストーリーです。ちょっとだけ美穂の父俊一との最後の夜のストーリーも描かれています。
俺の名前は平賀健二。41歳未だ独身。碧山高校で英語を担当している。そして今年の新入生、1年3組の担任だ。
俺は放課後、職員室で書類を整理していた。新入生の担任ってのはホントにめんどくさい。健康診断やらなんやらでこの書類の山だ。
「平賀先生、大変ですね。」
後ろを振り返るとそこには肩までの黒髪を靡かせる女性が立っていた。1年2組の担任の小林先生だ。歳は聞いたことがないからわからないが、おそらく30代だろう。世間一般でいう美人というやつだ。
「ホントですよ。めんどくさいったらありゃしません。」
俺は書類を机に置き、背伸びをして欠伸をした。
「あ、また平賀先生の悪い癖がでてますよ。ホントはめんどくさくないのに口ではメンドクサイとか言って。勘違いされちゃいますよ。」
小林先生はそういってクスクス笑いながら俺の方を見ている。
「されて結構。俺は他人にどう思われようが別に気にしませんしね。」
俺は鼻で笑った。それを見た小林先生は清ました顔で、
「そうですか。ならいいんですけど。」
と言って職員室を出て行った。なんとうか、俺にとっては苦手な先生だ。
俺は引き出したから封筒を取った。俺が顧問をしているアメフト部の仮入部希望者紙だ。6枚。今年は結構来たものだ。去年は5人いれるのにやっとこさ、今年は6人。まぁこいつらが入ったら試合できる人数だが、入ったところで初心者。怪物みてぇなんがいねぇと全国なんて夢のまた夢。
俺は一枚一枚見ていった。初心者でも入ってくれるのは有難い。だが、また面倒が増えるだけか・・・・。
「西城剛、中学時代はバスケ部か。ああ、あの馬鹿でかいやつだな。長瀬誠、白石幸一。こいつらは俺のクラスか。後、浪翔、六條。ん?橘?俺のクラスのやつか。確か野球で全国いったことがあるとかなんとか自己紹介で言ってたな。橘、橘・・・・」
俺は1年3組の生徒詳細表を見た。
「橘仁、佐伯中出身。住所は・・・えらく上の方に住んでるんだな。保護者名・・・・!」
俺は一瞬止まった。次の名前に見覚えがあったからだ。
「門倉鉄夫。門倉。それにこの住所、みっちゃんの子か!」
俺は一人で盛り上がっていた。みっちゃんとは俺が高校時代碧山高校でアメフトをやっていた時のマネージャーの子だ。
「そうか、みっちゃんの子か。確かにあの目はみっちゃん譲りかもな。」
俺はそのまま立ち上がり窓に向かった。外ではいろいろな部活が活動している。その中にはアメフト部もいた。部長の佐藤が熱心に指導している。仮入部生もなかなか頑張ってる。
「今年の1年は中々センスがあるな・・・。」
佐藤の投げたボールが遠くへ飛んでいった。
「あれが橘か・・・。」
橘がボールを拾った。かなり離れている。50Yってとこだ。この距離からでもそれくらいのことはわかる。すると橘が振りかぶった。
「無茶だな。」
いくら野球で全国へ行っても無理だろう。たとえ届いたとしても・・・・。次の瞬間俺は我が目を疑った。橘の投げた球は吸い込まれるように佐藤の胸へと返球された。しかも綺麗な回転だ。俺は数秒間絶句していた。鳥肌が総立ちだ。俺はそのまま自分の机に戻った。確かに全国区のピッチャーということは肩がいいのは当然だろう。驚くべき点はあのコントロールだ。胸元にあれだけのパスを出せるQBは全国でもそうはいない。俺はいろいろ考えながら書類を整理していた。引き出しを開けると、そこにはボロボロになった写真があった。
「懐かしいな・・・」
俺はその写真を見た。この写真は俺が高校時代、3年の最後の大会で全国制覇した時の写真だ。中央には俺と肩を組む俊一の姿があった。あれこれあの時からもう23年経つ。今この世にいるのは俺だけ。
「全国制覇・・・か・・・」
俺は書類を整理し終え、帰る準備をした。少し寄る所があるので早めに帰ることにした。俺は荷物を纏めて鞄に詰め、職員室を後にした。
俺は坂を上っていた。浜風が気持ちいい。赤い茜色の空が綺麗だ。俺は脇道に入り墓場に来た。そして墓場の中央にある目的の墓まで来た。
『片山家』
そう書かれた墓の前で俺は黙って立っていた。そして鞄から線香を出して火を点けて墓の前に置き、そして手を合わした。俺はしゃがみ込んで墓に語りかけた。
「よう俊一、久しぶりだな。最近来れなくて悪かったな。前に来たのは半年前か? お前の命日に来たっきりか。そうそう、美穂ちゃんが入学してきたよ。お前と同じ、優等生。まだ話はしてないんだけどな。後、なっちゃんの子も入学して来たんだよ。なっちゃんは今はアメリカだそうだ」
いくら話しかけても返事はない。しかし俺は話すのを止めなかった。
「今のアメフト部はクリスマスボウルどころか、あ、そう全国大会の決勝の試合の名前がクリスマスボウルって名前がついたんだよ。つか今は試合ができる人数もいねぇ。お前と築いた黄金時代も何処にいったんだかな。半年前も言ったっけな。そうそう、それでなっちゃんの子がアメフト部の仮入部に来たんだよ」
俺はそこで言葉が詰まった。次に出て来る言葉に少し戸惑いを感じたからだ。しかし俺は正直に口にした。
「あいつはお前を凌ぐほどのQBになる」
俺はそう俊一の墓に向かった言った。俺たちの黄金時代のQBは俊一だった。正に最強のQBだった。視野、パス能力、洞察力、そして肩の強さ共に最強という一言で表すに相応しいやつだった。初めてあいつのパスを見たときは度肝を抜かれた。しかし、橘のパスを見たときはそれよりも強力な印象だった。全身鳥肌が立ち、身震いまでした。
「ちゃんと育ててやりゃぁお前以上のQBになると思う。次は監督として、碧山高校を全国に導きたいと思うんだ」
俺は立ち上がり墓に手をやった。
「な〜に独り言言ってるんですか先輩」
横から声がした。そこに立っていたのは篠原だった。
「先輩は止めろ、今は俺と同じ教師だろうが」
そう言うと篠原はクスッと笑い、
「教師としても先輩じゃないですか」
と言った。確かにそうだが、あまり先輩と言われるのは好きではない。
「後つけてたのか? 全く・・・。つうか自分の部活はどうしたんだ?」
俺は裾に着いた土を払いながら聞いた。
「えらく早く帰るんで着いて来ちゃいました。弓道部は今日は休みです」
篠原はそう言って俺の横に来た。
「俊一先輩が亡くなって、もう10年が経つんですね。時間の流れは速いものだ・・」
篠原は手を合わせた。こいつも俺たちと一緒のアメフト部だった。ひとつ下の後輩だ。今は弓道部の顧問をしている。
「美穂ちゃんは先輩と一緒で優秀な努力家ですよ」
篠原は笑顔で俊一に話しかけている。そして立ち上がり俺の方を見て、
「全国に導くって本当ですか?」
そう聞いてきた。しかし俺は黙り込んでしまった。
「ま〜だ引きずっているんですか? 俊一先輩が亡くなったのは先輩のせいじゃないですよ」
そう、俺はあの日からずっと後悔していることがある。俊一の命を奪ったのは俺のせいではないのかと。俊一は10年前に交通事故で亡くなった。渡米する前日だと言うのに、あいつは夜遅くまで俺と練習していた。向こうへ着いてすぐ試合があるらしく、最後の調整だと俺に頼んで来た。俺は初めは止めた。前日にあまり無理しないほうがいいと。しかしあいつは、
「お前と練習できるのも今日で最後かもしれないんだ」
そう言って俺に土下座をした。俺はあいつの熱意に負けて最後の練習をした。それが本当に最後の練習になるとはしらなかった。遅くまでハードな練習をした俺は、明日の朝の早い俊一を気遣い、俊一を納得させて練習を切り上げさせた。車で来ていた俺は、
「相当疲れてんな?送ってやるよ」
そうあいつに言った。しかしあいつは歩いて帰れるから大丈夫だと、そう言って一人で歩いて帰ったんだ。俺は心配だった。練習中、あいつにタックルをお見舞いして、ちょっと間脳震盪で倒れていたからだ。アメフトやラグビーではそれほど珍しいことでもない。しかし心配だった。しかし俺はあいつを一人で帰らせた。それが運命の瞬間だった。次の日俺は篠原の電話で目が覚めた。そう、あの夜俊一は交通事故で帰らぬ人となった。俺は後悔した。なぜ無理やりにでもあいつを送ってやらなかったんだ。そもそも前日にあんなハードな練習を夜遅くまでしたんだ。そんな後悔を俺はずっと抱えている。
「俊一先輩は交通事故で亡くなった、先輩が悪いわけじゃないですよ」
俺はしゃがみ込んで俊一の墓を見た。
「俺がお前をアメフトの世界に引き釣り込まなきゃこんな事にはならなかったんだろうな」
俺はそう俊一に言った。
「何言ってるんですか!俊一先輩はアメフトやれてて幸せだったに違いありませんよ」
そうかもしれない。しかしこの結果を見ればアメフトをしていなければ生きていたかもしれない。何が幸せで何が不幸せなのかはわからない。あいつらにアメフトを教えて、全国を目指すことが本当にあいつらにとって幸せかどうかはわからない。
「幸せなんてものは、訪れる物なんかじゃないですよ。自分で掴むものです。生徒が幸せを掴みたいと言うのならば、僕たちはそれを全力でサポートする。それが教師たる者です。まぁ僕の勝手な偏見ですけどね」
そう言って篠原は去っていった。自分で掴むもの。もしあいつらが望むのならば、俺は全力でサポートするべきなのだろうか。
俺は線香の火を消して墓を後にした。その日の空は赤く燃えていた。
どうでしたか?これからもこういう風に仁ではない他のキャラのストーリーを書いていくつもりです。