第十四話:秘密基地〜後編〜
前回のあらすじ
西城たちにまた行き先のわからないお出かけに誘われた仁。迎えに来た白石に付いて行き、仁は西城たちの秘密基地についた。そして晩御飯の買出し中に河北と出会う。楽しそうに河北と歩く仁をジョギング中に見た美穂は、仁の呼びかけに無視して行ってしまう。それに不満を感じる仁であった。
高校生の恋と青春を描いた青春ラブストーリー。
『幸福とは主観的なものである。個人や個性の数だけ幸福は存在する。主観の価値観により、それが満たされいるか否かで判断するもである』
「おい仁、お前も食べろよ。早くしねぇと無くなっちまうぞ」
スナック菓子を食べながら西城が話しかける。
「俺はそんなに腹減ってねぇから遠慮しないで食べていいぞ」
そう言うと西城は、ラッキーというような顔をしてお菓子を頬張った。俺はというと、買出しから帰って、岩の上で読書だ。しかし興味深い書物だ。
『幸福』
この本の題である。著者は、「J・クロスフォード」というアメリカ人。それを日本語で訳してある。これはさっきスーパーで河北が貸してくれたものだ。あいつはいつもこんな本を読んでいるのだろうか。哲学的な本は難しい。しかし俺は自ずと読んでしまう。
『幸福を客観的に捉えることは困難である。客観的にそれが幸福で無い状況であっても、それはあくまでも客観的主観なわけであり、当事者が幸福だと感じていれば、それは幸福なのである』
なんとなく言いたい事はわかるような気もする。
「何読んでるの?」
長瀬が横に座った。
「あ、いや、さっき借りた本なんだけどな。ちょっと難しくてな」
長瀬に本を渡した。
「へ〜橘君もこんな本読むんだね。哲学的な本は難しいのに」
長瀬が少し驚いた顔をしている。
「いや、こいつはさっき河北に借りたんだよ」
俺は長瀬からまた本を受け取った。
「河北さんから?河北さんと仲いいんだ橘君」
長瀬が横目で俺を見る。
「別に仲良いってほどのもんじゃねぇよ! つか、お前も橘君じゃなくて仁でいいって言ってんだろ!」
俺は少し焦って長瀬に言った。君付けで呼ばれるのは何か恥ずかしい。それに仲がいいので仁でかまわない。
「え〜だって仁って呼ぶの恥ずかしいじゃん」
そういうわりには別に恥ずかしそうでもない。
「仕方ないなぁ〜。じゃあ仁君で」
長瀬はニコっと微笑み岩から降りて、「早く来ないとホントに無くなるよ」と言って西城たちの所に歩いていった。俺はまた本に目を向けた。
しかし考えてもみれば、幸福は本当に人それぞれ違うものだ。人それぞれの思いによっていろいろなものがある。神社やお寺にお参りするのもそういったものの延長なのだろうか。俺は本を閉じて岩から降り、西城たちの所へ行った。
「お前が遠慮するなっていったからコイツ全部食っちまったぞ」
白石が西城を目で指して俺に言う。西城は爪楊枝を咥えている。本当に全部無くなっている。
「別にいいさ。別に腹減ってなかったからな」
俺は白石の横に座った。横では長瀬が何か大きな模造紙を持ってきた。
「なんだよそれ?」
俺は長瀬に聞いた。すると長瀬はニコっと笑い目の前に大きく開いて地面に置いた。
『2007年度第38回 アメリカンフットボール関西地区』
と書かれた紙だった。紙にはトーナメント表が書かれていた。2007年度、昨年の結果だろう。
「ここはこんな物まであるのかよ」
俺は白石に突っ込んだ。それはそうと、俺はアメフト自体最近知ったようなものだ。何処が強いとか全然わからない。俺はまた白石に説明してくれるよう頼んだ。
「高校アメフトの最高峰ってのはクリスマスボウルって名前の試合だ。野球で言う甲子園ってとこだな。関西大会優勝校と関東大会優勝校の試合がクリスマスボウルってわけだ。それでこの表は、関西大会の決勝トーナメント表だ」
白石が丁寧にまた説明してくれた。話によると、関西・関東の優勝校の最終試合がクリスマスボウルらしい。毎年2校、いや俺たち関西地区だと毎年1校しかでれない。
「へ〜。関西だとどこが強いんだ? やっぱ明星とかか?」
俺は聞いてみた。
「明星は去年は2位だ。まぁ去年の関西王者は・・・」
白石が言おうとすると西城が咥えていた爪楊枝を吐き捨て、
「関工大附属だ」
そう言った。関西工業大学附属高校。関工大といえば、スポーツで有名な大学だ。プロ選手もあらゆる分野で排出している。その附属高校だ、当然と言えば当然だろう。
「あそこは最強だからね。あの明星が大差で負けたんだから」
明星が大差で負けるというのには少し驚いた。全く世界は広いものだ。
「今年はどうかわからないな、どこも強豪だ。関西大会の決勝トーナメントってのは8校で行われるんだ。大阪と兵庫は2校ずつ、後は各地区1校。大阪地区は関工大附属と明星学院、兵庫地区は広陵工業と神戸常盤学院。京都地区は新京大付属、滋賀地区は大津商業。広島地区は厳島高校、東海地区は名古屋工業だ。まぁこんなとこだな。アメフトはそんなに需要が多いわけじゃないから大抵同じ学校が毎年名を連ねてるってとこだな」
どこも聞いたことのない学校だ。やはり附属高校は強いのだろうか。後、工業高校が名を連ねているのはやっぱり工業高校には男子生徒が多いからだろう。しかしまぁ強そうな名前の高校ばかりだ。碧山高校も、これらの学校と肩を並べて名を連ねるのだろうか。しかしまだ俺は入部を決めたわけじゃない。
俺たちはそれからいろいろな事を話した。3人ともすでにアメフト部に入部する気でいるらしい。こいつらは知識といい俺よりかは遥かに上を行っている。俺なんかが本当にアメフトをすることができるのだろうか。
俺たちは飯の準備をすることにした。ガスコンロで今日は鍋だ。こんなところで鍋が食べれるとは思わなかった。料理をする一式はここには揃っていた。秘密基地というよりかはほとんど別荘だ。俺は材料を切り、皿に盛り付けてテーブルに運んだ。地面が岩ということもあって敷物を敷いてもゴツゴツして痛いのが少し残念だ。今度座布団でも持って来ようと思った。俺たちは飯を食べながらまたいろいろな話をした。「泊りの夜の話と言えば恋バナだ」そう西城が口走り話は始まった。恋の話と言うよりかは、引っ越してきた俺がどの子を可愛いと思うかの話と、ほとんど西城の楓さんへの愛の話だった。西城は本当に楓さんLOVEである。
「なぁ、西城。お前高瀬とかどう思ってんだよ?」
俺は率直に聞いてみた。この前高瀬が家に来たときには逆を聞いたからだ。
「香織? あいつは駄目駄目。色っぽさが全然ねぇよ。美山先輩と比べてみろ。もう月とスッポンだ。あ〜りゃただのうるさい女だよ」
確かに色っぽさはないが割りと整った顔立ちだ。可愛くないわけじゃない。
「そう?香織ちゃんは可愛いと思うけど?それに剛にお似合いだと思うよ?」
長瀬が笑いながら西城に言った。しかし西城はチッチッチと人差し指を顔の前で振り、
「レベルが違うっての。俺みたいなやつには美山先輩のようなおしとやかな人がお似合いなの!だから香織なんて眼中にナッシング」
お前みたいなやつには高瀬がお似合いだと心の中で突っ込みを入れた。話も弾み出したのだが、時間も遅くなり、俺たちは早めに寝ることにした。何やら明日は早くから出かけるらしい。俺は家から持ってきた寝袋に入り、デコボコの少ない岩場で寝ることにした。
俺は波の音で目が覚めた。辺りを見るとみんなまだ寝ている。それにまだ暗い。携帯を開いて時間を見るとまだ1時だ。俺はトイレに行きたくなり、懐中電灯を持ってトイレに向かった。暗い通路を抜けて梯子を上った。上り終えて空を見てみると俺は鳥肌が立った。今にも降って落ちてきそうな数億もあろう星が浮かぶ世界が広がっていた。今、一人宇宙に来たみたいだ。俺は数分空を眺めていた。手に届きそうな星。こんな星空を見たら誰でも宇宙に行きたくなるだろう。俺はそう思った。しかしトイレに行きたいという欲求に負けて、俺は足早にトイレに向かった。そしてトイレを済まして、また来た道を戻り寝床へ向かった。