第十一話:明星のエース
前回のあらすじ
図書委員の会議に行った仁は、恥ずかしがり屋な河北静香に出会う。
その静香と夜の海山神社で急接近したことを家に帰って恥ずかしがる仁であった。
高校生の恋と青春を描いた青春ラブストーリー。
俺はいつもより早くに目が覚めた。夢に河北が浮かんできたからだ。昨日の事もあってかどうも意識してしまうらしい。俺はカーテンを開けにベットから立ち上がった。すると何かを蹴ったようだった。足元に目をやるとそこにはアメフトのボールが転がっていた。年代物の使い込まれたボールだ。幸恵さんに借りたものだった。俺がアメフトをするということなので幸恵さんが貸してくれたのだ。幸恵さんは、「毎日触って手に馴染ませることね」と言って俺に手渡してくれた。俺はそれから暇な時にはボールに触ることにしている。
「なんじゃ、起きとったんか」
ばぁちゃんが二階へ上がってきた。物音で気づいたのだろう。この時間にはもうばぁちゃんとじいちゃんは起きている。
「今日から連休じゃろう?まぁゆっくり寝てればよかったのにのぅ」
ばあちゃんはそう言って降りていった。せっかくの休みなのに随分早起きをしてしまった。俺はカーテンを開けて窓を開いた。朝日が照って、綺麗な景色が見える。深呼吸してベットに戻ろうとしたら外から声がした。
「いってきま〜す」
美穂の声だ。窓から下を見てみるとジャージ姿の美穂がいた。
「ランニングか?」
俺は美穂に声をかけた。すると美穂は大きく手を振って、
「あ、おはよ〜仁君〜、早起きだね〜」
それは一緒である。
「あ、もう時間ないから行くね。じゃ〜ね〜」
美穂はそう言って坂を降りていった。俺もそろそろお腹が空いて来たので1階へ降りて朝食を食べることにした。
朝食後、俺は服を着替えていた。今日は市内までCDを買いに行くことにしていたのだ。休みがないと市内に行くことなんて滅多にない。無論、碧山町にCDショップなんてものはない。なので休みを使って買いに行くというわけだ。
服に着替えて、お金を持って俺は家を出た。すこし日差しが暑い。もう五月だ。俺がここに来て、丁度1ヶ月くらいになる。この町にも少しず慣れてきた。
西城たちは休みをどう過ごしているのだろうか。おそらく西城の家でゲームだろう。あいつらの休日の過ごし方は大抵そんなとこだ。
俺は駅に着くと、切符を買って電車を待った。1日5本しかない電車だ。乗り過ごすと致命傷だ。
電車が来て、俺は乗り込み、席についた。長期の休みとあってか前に乗ったときよりは人が多い。しかしそれでも8人程度だ。2両編成で8人は少ないだろう。
碧山町駅を出るとトンネルがある。トンネルを抜けると海岸沿いを走っていく。正に海の上を走る電車だ。
電車に揺られること15分。市内の駅についた。電車を降りて改札を通ると、目の前に人込みが広がっていた。これが休みの日の町の姿であろう。俺は人込みに揉まれながら目的地のショッピングモールへ向かった。人々が楽しそうに行き交う。
俺はショッピングモールへ着くと、真っ先にCDショップへ行った。目当てのCDがあればいいのだが。俺は、真っ先に洋楽の棚へ向かった。俺は音楽鑑賞が趣味なのだが、洋楽がその中でも特に好きだ。俺は目当てのCDを買い、CDショップを後にした。せっかく市内まで来たので、ただCDを買うだけじゃ勿体無い。俺は辺りを散策することにした。
ショッピングモール内も散策し終わり、外に出て近くの商店街を歩いていた。賑やかな商店街だ。食べ物や服、色々な物が売っている。その中に一際俺の目を惹いた店があった。スポーツ店だ。それほど大きくなく、個人まりした店だ。俺は中に入った。サッカー・野球、バスケにバレー。いろんな物が売っている。
「いらっしゃい。何かお求めかな?」
店の人が話しかけてきた。中年の男性だった。体格はいいほうだ。店員はこの人だけらしい。
「いえ、ちょっと見に入っただけで・・・」
別に目的が無かったので、俺はそう答えた。
「そうかい。まぁ見てってくれや」
俺はブラブラ店内を見て回った。するとレジの後ろにアメフトの選手のポスターが貼ってあった。俺は近くに行き眺めていた。
「お、なんだアメフトに興味があるのかい?」
おじさんが話しかけてきた。まぁ興味がないわけではない。
「こいつはオーシャン・ソニックスのポスターよ。そこに写ってるのはこのチームのエースだった片山俊一だよ」
俺は耳を疑った。片山俊一、美穂の父の名前だ。プロでアメフトをやってたことは前に幸恵さんから聞いていた。
「いい選手だったんだがよ、交通事故で10年前に亡くなったんだよ。日本のアメフト界を背負って立つような若者を亡くすのは惜しいことだがな。アメフトのもんならそこの棚にあるよ」
おじさんはそう言って新聞を読み始めた。俺はしばらくポスターを眺めて、アメフトのある棚へ向かった。そこには制服姿の男が立っていた。学ランではなくブレザーだ。私立だろうか?アメフトの用品を見ているということはアメフトをしているのだろうか。俺はその男が持っている鞄を見た。
「Myoujou American Football Club」
鞄にはそう書かれていた。明星といえば俺が試合を見に行った時にやっていたチームだ。突っ立って見ている俺に男は話しかけてきた。
「何か用かい?」
俺は我が目を疑った。顔をあげたその顔は、以前試合を見に行った時にMVPを獲っていた雛形だった。
「あ、いや別になんでも・・・」
まさかこのような所で出会うとは思わなかった。
「君もアメフトをやっているのかい?」
雛形は聞いてきた。
「まぁ・・・一応」
まだ部活に入ったわけではないが、まぁ嘘ではないだろう。
「ほぉ、見たところ高校生くらいか。どこの高校だい?」
雛形は俺の全身、服装などを見て聞いてきた。
「碧山高校ッス」
俺が答えると、雛形はクスッと笑い、
「碧山高校か。でも今アメフト部は人数がいないんじゃないのかな?」
なんでコイツが知っているのだろか?確かに試合できる人数じゃない。
「古豪と呼ばれた碧山高校も落ちたものだね。まぁ試合ができる人数がいても僕たち明星学院には勝てないよ。まぁ無論、ここだと広稜工業を倒さなければならないけどね」
俺はイラッときた。確かに明星や広稜工業は強い学校だ。しかしこうまで面と向かって言われるとむかついてくる。
「今年は碧山高校が関西地区トップの座を貰いますよ」
俺は後先考えずに言い切ってしまった。まだ仮入部の俺が、大阪地区の覇者に宣戦布告をしたのだ。
「ほぉ、古豪復活というわけか。おもしろい。ならその実力とやらを見せてもらおうか」
雛形は笑みを浮かべ、店のおじさんの元へ向かい、
「おじさん、商店街のグランドを貸して頂けませんか?」
単刀直入に言った。
「薫君、こっちへ帰っていたのかね。グランド?構わないよ。これが鍵だ。終わったら返しに来てくれ」
そういっておじさんは鍵を雛形に渡した。雛形は、「着いて来たまえ。」と店を出て行った。
店を出て裏の小道を進んでいくとグランドがあった。結構大きなグランドだ。野球もできるよな設備もある。多分商店街の草野球チームの練習場だろうか?
雛形はブレザーの上着を脱ぎ、鞄からアメフトのボールを出した。
「君のポジションは?」
雛形が聞いてきた。正直仮入部の俺にはポジションとかよくわからなかった。
「RB。俺はRBです」
俺は思わずそう言った。確か雛形のポジションもRBだった気がしたからだ。
「奇遇だな。僕のポジションもRBなんだよ」
雛形はそう言ってグランドの端に行き線を書いて戻ってきた。
「ここからあの線まで約60Mある。ここから走ってお互いDFを抜いてあそこまでボールを運べば勝ち。DFは相手を止めれば勝ちだ」
雛形はそう言ってコインを投げて手の甲で伏せた。
「さぁ先攻後攻決めようか」
俺は後攻をとった。雛形のスタート地点から10メートルくらいの距離を取って構えた。DFの仕方もよくわからない。とにかく相手を止めればいい話だ。
「それじゃぁ行くよ」
そう言って雛形は走って来た。かなりのスピードだ。俺は腰を低くして構えた。雛形は俺の真正面に走ってきた。俺は手の届くとこまで来た雛形に向かって手を伸ばした。しかし次の瞬間雛形はするりと回転して俺を抜き去った。あっという間だった。確かに手の届く範囲だったので手を伸ばした。しかし触れることすらできなかった。向こうまで走って、雛形は帰ってきて俺にボールを渡した。
「まずは僕の勝ちだ」
俺はスタート地点にいきボールを握った。ボールの掴み方は前に佐藤部長から聞いていた。俺は全速疾走で走った。真正面でなく斜めに走り、広いコートを利用して横から逃げ切ろうとした。俺は全速疾走で走りぬけようとしたので雛形に目をやる暇なんてなかった。すると横から猛烈にタックルを喰らった。俺は倒れこみ、ボールは雛形の足元へ転がっていった。
「大丈夫かい?君は本当にRBかい?今の程度のタックルでボールを離しちゃだめだよ」
雛形はそういってまたスタート地点に戻った。
俺はそれから何回も雛形に挑んだ。しかしあいつを止めることも抜くこともできなかった。
「さぁこれが最後の君の攻撃だよ」
丁度これで20回目だ。体のあちこちが痛い。息も乱調だ。それなのに雛形は平然な顔をしている。俺はスタート地点に着き、深く深呼吸した。そしてボールを強く握り思いっきり振りかぶった。
「何をする気だ?」
俺は全力の力を使ってボールをゴール目掛けて投げた。ボールは綺麗な回転をして飛んでいく。
「ふっ、抜けないなら上を越えるとうわけか、しかしそこからゴールまでは60メートル、58Yはある。届くわけが・・」
ボールはゴールのあるグランドの端のネットに突き刺さった。俺はそれを見た瞬間目の前が真っ暗になった。
俺は夢に魘されて目が覚めた。気が付くと俺のベットの上だった。なぜ俺は家に戻ってきているのだろう。確かCDを買いに行って、それでスポーツショップで・・・。そうだ明星の雛形と勝負をしていたのだった。俺は一階へ降りた。するとじいちゃんがテレビを見ていた。
「お、気が付いたか」
じいちゃんが俺に気付き振り返った。
「なんで俺家に・・・?」
するとばあちゃんが後ろから、
「お前さんが倒れたってさっき沢村さんというスポーツのお店の人が運んでくれたんじゃよ」
そうか、俺は勝負の際に倒れたらしい。それであのスポーツショップのおじさんがここまで運んでくれたわけだ。
「まったく世話の焼ける奴じゃわい」
じんちゃんが俺をからかった。俺は頭をかきながらまた二階へ戻った。試合にも負けて、なおかつ倒れるなんて。まったく恥をかいてしまった。雛形に会わせる顔がない。
俺はその後、風呂に入って寝ることにした。
「おかえりなさい」
沢村が帰って来た。
「ちゃんと届けてきたよ」
「ありがとうございます」
雛形が頭を下げた。
「しかし何をしたんだい薫君。素人相手に強烈なタックルをしたんじゃないのかね?」
雛形は申し訳なさそうに、
「まさか素人だとは。しかし最後のあの投球。あれは素人ができるようなモノじゃない」
雛形は険しい顔をしている。それを見た沢村は、
「何があったんだい?」
新聞を片付けながら雛形に聞いた。
「いえ、別に。今日はありがとうございました。では僕はこれで」
雛形は会釈をして店を出た。
「名前を聞いとけば良かったな。碧山高校しかまだわからないが、しかしあのパス・・・。60Yのパスを素人が・・・面白い」
雛形は商店街へ消えていった。