第一話:別れと出会い
読者の皆様、この‡TRUE HAPPINESS‡を見つけてくださりありがとうございました。この小説を読むにあたり、登場人物鑑を先に見ることをオススメいたします。どうぞごゆっくり読み耽ってください。
この春、俺はやっと高校生になった。親父の仕事の都合で、俺以外の家族は皆アメリカに引っ越したが、俺は一人日本に残り、祖父母の家に厄介になることになった。
碧山町。読んで字のごとく、山と海に面した街。兵庫県にあり、急な丘に幾つもの住宅が建ち並んでいる。俺はこの街の高校に通う事になった。別に心配事はなかった。自ら残る事を決めたわけだし、快く居候させてくれる祖父母にも感謝しなければならない。ただ、丘の一番上にある祖父母の家から麓の学校まで毎日通う事ができるかどうかは心配だった。なにせ長く急だ。
もう四月なのに少し冷たい浜風が季節外れの風鈴を鳴らす音で目が覚めた。時計を見ると、まだ6時だ。二度寝を試みたが失敗し、仕方なく階段を降りた。
一階では祖母が釜でご飯を炊いている。正直、ここに来てもう1週間経つが、この光景にはまだ慣れない。今時釜でご飯を炊いている家などそう見ない。この碧山町でも多くはないだろう。
ばぁちゃんは俺に気付いたのか、持っていた小枝を置き、こちらに来た。
「今日は随分と早起きなんだね」
白髪混じりの髪に手ぬぐいを被り、シワの多い顔の、正に日本を代表するおばぁちゃんスタイルだ。
「目が覚めて、あんま寝れんかった」
ばぁちゃんはまた微笑み、
「じいさんが畑に朝の野菜を取りに行っとるから手伝ってやってくれんかの?」
俺はそれを聞き、家を出てじいちゃんの所へ向かった。いつ見てもこの景色は素晴らしい。碧山の街を一望できる。
俺はこの景色を堪能しながら家の前の坂を降り畑へ向かった。畑につくと、じいちゃんがタオルを首にかけ、麦わら帽子を被り野菜を採ってる。
「じいちゃん、運ぶの手伝うよ」
俺は野菜の入ってる籠を持ちじいちゃんに言った。
「おお、助かるわい。ワシもすぐ行くからばあさんに美味い飯作ってくれと頼んでこい」
じいちゃんは笑いながら言った。
俺はまた坂を上り家に戻った。帰る途中にジャージ姿の女の子が上から降りて来た。彼女は軽く会釈をして走り去った。
ここに来て一週間経ったが、あんな子を見たのは初めてだ。ジャージ姿で、長い黒髪のポニーテールの女の子だった。歳は同じ位だろうか。大和撫子って言葉が似合いそうな感じだ。
釜戸に行くとばぁちゃんが野菜を待ち切れんばかりにまな板と包丁を持っていた。俺は籠ごと野菜を渡し、汚れた手を水で洗い流した。ばぁちゃんは採れたての野菜をいつもと変わらないと思われる手際で調理していた。俺は靴を脱ぎ囲炉裏のある居間に座りばぁちゃんにさっきの子の事を聞いてみた。
「なぁ、ばぁちゃん。近所に俺くらいの歳の女の子っている?」
ばぁちゃんは野菜を切りながら、
「お隣の美穂ちゃんか?確かお前と同じ今年から高校生だったかのぉ。べっぴんさんじゃぞ」
ばぁちゃんは笑いながらこちらをちらりと見た。
確信はないが恐らくその美穂ちゃんとやらで間違いないだろう。まさかお隣さんだったとは。
隣りは、片山さんちだ。確かここに来た時挨拶をしにいったから覚えてる。お隣にあんな可愛い子がいるのは悪い気はしない。
そんな事を考えていたら外から声がした。
「門おばぁちゃん〜玉子持って来たよ〜」
元気のいい女の子の声だ。門おばぁちゃん。多分ばぁちゃんの苗字、門倉だからだろう。
俺は縁側に出た。そこにいたのは紛れも無くあのジャージの子だった。
玉子の入った籠を持ち立っている。美穂は俺に気付いたらしくこちらに歩いて来た。
「あ、初めまして。隣りの片山美穂です。え〜と…」
可愛らしい声だった。少しイメージとは違ったが、自己紹介をされたのでこちらも返すのが礼儀だろう。
「先週ここに越して来た、橘仁です。よろしく」
美穂は少し不思議そうな顔をしていた。恐らく門倉という苗字じゃない事に疑問を持っただろうか。しかし数秒後には納得したような顔をして、
「仁君だね、よろしく。あ、これウチで育ててる鶏の玉子だから」
美穂は微笑み、玉子の入った籠を俺に手渡した。そしてニコッと笑い、
「先週ここに来たって事はもしかして私が仁君の初めての友達かな?これからもよろしくね」
そういい美穂は去って行った。
俺はしばらくそこにボーッと立っていた。
畑から帰って来たじいちゃんに声をかけられるまでずっと。
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