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放課後バトル倶楽部  作者: 斉藤玲子
◆異文化バトルコミュニケーション編◆
188/228

アキトの涙

「―――――2人の容態は?」


「今は安定してます。引き続き葉山様が付き添われています」


「影井はどうした?」


能力(チカラ)のオーバーワークが(たた)ったようで

別室で休まれています。

影の中での超長距離は初めてだったようで

精神的な疲労によるものかと」


「そうか、ありがとう。少し席を外す」




――――――――




トールは伊丹村(いたむら)サキのいる病院の待合室で

ひとり そわそわとしていた。


ガチャッと待合室の扉が開き サキが入ってきた。


「伊丹村先生!みんなは……!?」


「全員 命に別状はない」


トールは 全員の無事を確認できて一息ついた。


アキトとテッドが 皆に内緒で向かった場所で

『ウォンバッド』の人間と遭遇してしまい、2人は追い詰められた。


ギリギリで トールとアツシが間に合い、2人のピンチを救ったが

テッドの両腕を失うという大きな損失を招いてしまう。


影井イズミの能力(チカラ)のおかげで

全員、生き延びる事ができたが

サキの病院に着いた途端、アキト、テッド、イズミが気絶してしまい

直ぐに 特別病棟へと運ばれた。


テッドは サキによる緊急手術を受け、

アキトとイズミは 精神的な疲労によるものだと診断され

それぞれに処置が施された。


その間、トールは何も出来ず 待合室に通され

ただただ3人の回復を祈っていた。


長い時間を待合室で過ごし

ようやくサキと会話をする事ができた。


「命に別状はない」と言ったサキだったが表情は暗かった。


「テッド・フォスカー………

あいつの腕だけは もうどうしようもない」


「………………」


「まさか………桐谷と共通していたとは」


サキが 悔やむような言い方をする。


「もっと早くわかっていれば

このような事にならなかった……」


「先生……」


いつもは気丈すぎるくらいのサキが

悔やみきれない思いを打ち明ける。


2人が内緒で勝手に取った行動に対して

激しく怒っているのではないかと思っていたが

傷付いて帰ってきた2人を見るなり

泣きそうな顔をしていたのをトールは見ていた。


それだけにサキの言葉が重く感じて

トールは うちひしがれる。


少しの沈黙が続いたが

サキはすぐに気を持ち直した。


「確認したい事が山程ある。まだ居てくれるな?」


「はい。…………あの、桐谷君の所に行ってきてもいいですか?」


「まだ寝てるかもしれんが構わん、好きにしろ」


トールは礼を言うと待合室から出て

アキトのいる病棟の部屋へと向かった。


特別病棟のさらに特別な仕切りで造られた病棟は

病院関係者の中でサキ以外 知る者はいない。

外部からは ただの物置にしか見えないが

隠された所に暗証番号装置があり

トールはサキから聞いた番号を入力して

静かに中へと入った。


『スクリーマー』専用の病棟にトールは初めて訪れる。

病棟と言っても隠れた所に造られているので広くはなかった。


10室ほどの個室が並び

アキトとテッドは 奥から4部屋目の所にいると言われ

その部屋の扉をノックした。


最初に出てきたのは アツシだった。


「ビックリしたぁ。樋村くんか」


「え……なんか、すみません。あの、桐谷君は…………」


「さっき目を覚まして……ここを出ていったよ」


「えぇっ!?出ていった!!?」


「ちょ、声デカイよ。

出ていったって、病院内にはいるってば。

まだ(あね)さんの問診が終わるまでは帰れないって言ってあるし。

『独りになりたい』って言うからさ」


「そうですか………」


トールはアツシの肩越しに

ベッドで横になっているテッドを見た。

手術の後のせいか、まだ眠っている。

首から下は上掛け布団が被されていたが

その下のテッドの腕は存在しないのだと思いトールは悲しくなる。

自分よりも アキトの方が辛かっただろうと感じた。


部屋にアキトがいないことを告げられると

トールは特別病棟を出て病院内を探すことにした。


だが、なんとなく行き先はわかっていた。

トールは探し回ることなく

真っ直ぐにその場所へと向かう。




トールは病院の屋上の扉の前までたどり着いた。

扉を開け、外の様子を伺う。


ちらほらと一般の患者や 付き添いの人などの姿が見える。


一番奥の方を見渡すと

ベンチに腰を掛け、下を向いているアキトを見つけた。


トールは静かにアキトの元へと近寄る。

距離が2メートルほどまで狭まってきた所で

アキトがトールに気が付く。


「樋村……」


影の中を移動しているまでの間は別人格のアキトだった。

目を覚まして、今、トールの目の前にいるのは主人格のアキトだった。


アキトの目から涙がこぼれ落ちていた。

トールは初めて見るアキトの涙を見てギョッとする。


「ああ、ごめん、これ 俺が泣いてるんじゃないんだ」


アキトは笑いながら涙を拭いた。

拭いた側から すぐに新しい涙がこぼれ落ちる。

よくわからない状況になっていた。


ただ本人が泣いてないと言うのなら、泣いているのは別にいる。


「こんなの初めてでさ………まぁ、体はひとつだから

こーゆー事になるんだなって」


「………もうひとりの君が泣いてるの?」


アキトは黙って(うなず)く。

そしてトールの知らないところで交わされたテッドとの話を

アキトは話し出した。


「病院に着いて……俺達が倒れる前に

テッドが耳元でささやいたんだ。

『仮物の腕だったけど、もう一度お前と握手がしたかった』って。

俺にも聞こえてた。

………初めての顔合わせの日に握手をしたのは()だった。

だから……コイツはテッドと握手はしてないんだ…………」


そう言うなりアキトの目からは

涙がボロボロ落ちる。


「させてやりたかったし、したかったと思うんだ……

だけど…………もう…………」


アキトの涙は止まることがなかった。

どっちが流している涙なのかさえ わからなくなっていた。

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