アキトとテッド
時は少し遡る。
ユエとサラのバトルが終わった その日の夕方。
ユエはレミとトールに支えられ学校を後にし
留学生達も屋上から立ち去り、ハルマとアキトは
倒れたツカサを適当に運んで
旧校舎から普段の学校生活を送っている校舎へと戻っていた。
他の生徒の気配はなく、やたら静かに感じる夕方の校舎内。
ハルマが先に校舎を後にする。
残ったアキトも自宅へ帰ろうとカバンをしょいこんだ。
「――――!」
アキトの前にひとりの生徒が立ちはだかる。
「………テッド……?」
アキトの帰路を塞いだのは留学生のひとり、テッド・フォスカー。
アキトはテッドと握手をかわした時以来、一度も接触をしていない。
ただ、自分の対戦相手がテッドである事しか思っていなかった。
突然なんの予兆もなく、自分の前にテッドが現れたので
アキトは内心、驚いていた。
「あー………えーと………」
黙って立ちはだかるテッドに
アキトは 何て声をかけたらいいか迷う。
英語の成績はそこそこだが、英会話はできない。
頭を回転させて、言葉を出そうとした時だった。
「大丈夫だ。日本語は話せる」
「えっ!!!?」
テッドがいきなり日本語を普通にしゃべりだしたので
アキトはビックリした。
「ど、どういう事だ?日本語わかるって……。
みんなに内緒で今まで過ごしてたって事か?」
「ツカサは知っている。訳あって隠していた」
「訳って……。それで 俺の所に来て日本語話せる事ばらしてまで何の用だ?」
「…………………お前の正体を知った」
アキトは ユエの戦いの際、別人格に入れ替わり
手を凶器に変形させる姿を全員の目の前でさらした。
当然、その姿をテッドも見ていた。
「お前もあの中にいた人間なんだろう?」
「……!?」
アキトは驚かされてばかりで
頭の整理がつかなくなっていた。
それと同時にアキトの意識の内側から
別人格が呼びかけてきた。
「替わった方が話が早いな」
アキトは別人格に体をゆずる。
「………で、てめぇは何なんだ?」
「ここでそんな殺気を出すな、アキト」
「事によっちゃ俺はお前を殺す」
「…………」
テッドは別人格のアキトが
本気で迫ろうとして、殺気を放っているのに気づく。
大気からアキトの殺気が伝わってビリビリと響く。
「……勘違いするなよ。俺はあの施設の研究員でも
あの組織の人間でもない。お前と一緒だ」
「一緒……………『失敗作』か?」
「その言い方で返すなら『検体中』だ。
実験の途中であの施設は滅んだ。
俺はそこからなんとかして逃げ出して生き延びただけだ」
「………生き残り」
「『失敗作』は殺処分だろ?よく生きてたな、お前」
「それでなんだ?俺を奇跡的に出会えた仲間だとでも思ってんのか」
「そうだな」
「はっ!それで!?
一緒に逃げた施設の研究員どもを捕まえて
復讐しようって話なら断るぜ!」
「………まだ俺は何も言ってないんだが、
お前 復讐したいと思ってるのか」
「―――ッ、そんなのどっちでもいい!
とにかく、俺に関わりを持つな!」
「なぜ避ける?」
「俺の勝手だろ!」
「もうひとりのお前のためか?」
「―――!」
「お前はあの施設で造られた人格なんだろ。
けど、もうひとりのお前は違う。
本来の性格からして血や争いを好まない優しい奴なんだな……。
だから自分達の生い立ちに関わる人間やモノとの接触を避けさせたい。
もうひとりのお前が心を乱せば、お前が暴走してしまうから」
「……………すげえ洞察力」
驚くアキトにテッドはフッと笑った。
だが、アキトはテッドに悪態をつく。
「わかってんならほっといてくれよ」
「それで俺の話なんだが……」
「聞いてなかったのか てめぇは!ほっとけよ!!」
アキトは爪を鋭く伸ばして
その手をテッドの喉元に突き立てた。
テッドはアキトに刃を向けられ、ひとまず黙った。
「次の勝負の星ならくれてやる。代わりに俺達に関わるな」
「………お前はまだ本当の自分を知らないでいる」
「はっ?」
「知りたくないか?本当の自分と本当の『能力』を」
「…………なぜ、お前が俺を知ってるんだ」
「暴走をさせない方法が見つかると思う」
「!!?」
「お前の事を教えてやりたい。それが俺の話だ」
テッドはアキトに刃を向けられながらも穏やかな口調で言った。
アキトは殺気も手の刃もテッドに向けているのに
全く動じることなく立っているテッドに対して
自然と戦意を失っていった。
「本当の俺の……能力?」
アキトは自分の能力は
体を自在に変形させる事が出来るモノだと思っていた。
だが、今のテッドの話を聞いてアキトは少し混乱した。
「本当の能力を知れば お前は暴走しない。
それは、もうひとりのお前のためになると思わないか?」
テッドは後押しするように言う。
「明日……俺と一緒に来てくれ」
「………………!!」
アキトは黙ったまま考えた。
たった今、テッドは自分と同じ境遇の人間であることを明かし、
自分の『本当の能力』をなぜが知っている。
悩みの暴走をさせない方法まで見付かるかもしれないとさえ言う。
ここまで上手い話があるものなのか?
テッドの言葉を信じるべきなのか。
アキトはテッドの目を睨みながら
頭の中でどうすべきか迷っていた。
『行こう』
「――!」
迷っていたアキトに主人格のアキトが
意識の内側から声をかける。
「この男を信じるのか?」
『ああ』
「……………わかった」
――――――――――
そして現在、アキトはテッドに連れられ
廃墟と化したある研究施設の中へ入っていた。
建物の一部は崩れ、そこから太陽の光や風が入ってくる。
焼け焦げた跡や何かに破壊された跡などが次々と目に入る。
ここが――――――自分の生まれた所。
多少、記憶に残っていたがその記憶の跡形は全く残っていない。
しばらく中へと進むと、アキトとテッドは歩き疲れた足を休めるため
施設の一部の部屋に入り
ホコリを被ったソファに腰をかけた。
しばらく黙っていると
アキトは ふと思い出したようにテッドに話しかけた。
「そういえば、なんでそんなに日本語話せるんだ?」
「俺はもともと日本で生まれたんだよ。
親の仕事の関係でな。
日本の幼稚園まで通ってた。
けど、交通事故に巻き込まれて……」
「交通事故?」
「ああ、ここから先の話は全部お前の本題につながる。
心の準備はいいか?」
「………………ああ」
アキトは高鳴る鼓動を抑えながらテッドの話に集中する。
「この………元・研究施設で行われていた人体実験は二種類あった。
ひとつはお前の持つ体で、もうひとつは俺の持つ体だ」
「!?」
「お前のその体、施設ではこう呼ばれていたんだ」