消えた二人
ユエとサラのバトルがあった次の日、
ユエは学校を休んだ。
「俺が寝込んでた間にそんな事が…………嗚呼」
誰もいない教室にツカサとトールとレミがいて
ツカサに昨日の対決の結果とユエの様子を話した。
「てか、ツカサ兄、どこに住んでるのよ。
伊丹村先生のとこ?」
「違うさ。でも実家には帰りづらくてね」
「ふーん……それはお家の問題だから口出ししないけど……。
ツカサ兄、しばらく会ってなかったうえに
いきなり留学生との対決なんてさせるから
ユエちゃんの心境 ゴチャゴチャになってるのよ……。
しばらく何もしないで放っておいてあげてよ」
「う、うん………」
ツカサは レミに言われてシュンと落ち込んだ。
トールは なんだか子供っぽいツカサを見て
本当に『スクリーマー』の一員なのかと疑ってしまった。
話によれば伊丹村サキとツカサは同僚らしく
組織の中でもサキと同じ幹部的な存在らしい。
それが一回り歳の離れた妹を溺愛し
グダグダで頼りなく、どうしようもない人間に見えて仕方ない。
だが、能力者は見た目や性格だけでは計れないものだと
トールは思うことにした。
「あの、武藤さんのお兄さん……」
「ツカサでいいよ、樋村くん」
「はぁ……じゃあツカサさん、あの……
クリフ君達には『スクリーマー』や『ウォンバッド』のお話を
しているんですか?」
「いや、していない。
彼らは自分達が抱える異能力を日本で役立ててみないか、と
話したところまでだ。
彼らの能力と性格を判断して、組織にとって
有益な人材になり得そうならば仲間に入れたいと思っているんだが」
「でも、もう僕らの事もハルマの事も知られてます。
もし、組織に入れずに留学期間が終わって国へ帰る時には
記憶を消させるって事ですか?」
「いや、それには及ばない。
実は6年間、世界中を回ってわかった事があるんだ」
ツカサはいつもと違う表情になり
目をキリッとさせ真剣な顔をしてトールとレミに話した。
「俺が世界中を旅していたのは『ウォンバッド』が
どこまで根を張っているか調べるためだったんだ。
結果的にわかったのは、『ウォンバッド』の拠点は日本だけ。
だから、クリフ君達の留学期間が終わって
自分達の国へ帰す時が来ても、無闇に記憶の操作はしなくていいんだ。
何より、さっちゃんの手を煩わせたくないしね。
留学生は俺が旅してた時に偶然出会っただけなんだよ」
「そ……そうだったんですか」
「それと、もうひとつ……。
『ウォンバッド』が自分達の仲間を増やすのに
期待して目をつけていた施設が存在していたこともわかった」
「『ウォンバッド』が目をつけていた施設?」
「今はもうその施設はないんだが……。
表向きは製薬工場で10年ほど前に
事故を起こしてそのまま潰れたらしい」
「製薬工場………?」
トールはツカサの話を聞いて胸をざわめかせた。
同じ話を聞いた事があったから。
「薬を使って『能力者』を生み出す人体実験をやってたんだ。
事故っていうのも、実験が失敗した証拠を消すために
わざと施設を潰したんじゃないかって話だよ」
「ツカサさん、その話はどこで?」
「その施設の人体実験にされた子からさ。
6年間の旅の中で一番の収穫だったよ。
『ウォンバッド』の足取りが掴めるかもしれないから
是非にと思って連れてきたんだ」
「連れてきたって、それじゃ……!」
「ああ、留学生のテッド・フォスカー君。
彼は人体実験にされた人の中の生き残りなんだ。
彼だけには組織の話もしてある。
今後は仲間になる手筈さ」
「…………トール君、どうしたの?」
ツカサの話を聞いていたトールは目を見開かせたまま固まっていたので
レミが顔をのぞき込むようにして様子を伺ってくる。
トールは今の話に間違いがなければ
テッド・フォスカーはアキトと全く同じ人間だとわかり驚いていた。
以前、トールはハルマと一緒にアキトの生い立ちを聞いていた。
内容はツカサが言っていたとおり。
表向きは薬を造る工場で
裏で薬を使った人体実験を行い、人体兵器を造っていた。
アキトはそこで生まれ人体兵器として育てられた
『人造の能力者』であること。
トールはこの事をツカサに言うべきだと思ったが
まずはアキトを連れてきて今の話を教えなきゃと
教室を飛び出そうとした。
「トール君!?どこ行くの!?」
「桐谷君を連れてくるんだ!」
「なんでよ!?てか、今日アッキー学校休みよ?」
「えっ!?」
トールは立ち止まった。
「なんで……?」
「さぁ?風邪かしら?」
アキトは病気を持たない体に造られている。
それを知ってるトールは、アキトが学校を休む理由がわからなかった。
変な胸騒ぎがする。
トールはアキトの姿を思い浮かべ
不安な顔を隠せないでいた。
―――――――――
市街を離れ、都内を飛び出し、人が寄り付きそうもない
鬱蒼とした山奥の中腹。
何かの建物が建てられていた廃墟。
地面には廃墟になる前の建物で使われていたであろう
ホコリを被った備品の残骸で埋め尽くされていた。
踏み込みたびにバキバキと音が立つ。
誰もいなくなった亡骸の建物に
2人の人間が足を踏み入れていた。
「覚えていないか?」
「……全く」
「もうひとりのお前は?」
「………『胸クソ悪い』」
「そうだろうな」
流暢な日本語で話しかけるテッドと
テッドに連れられ後ろを歩くアキトは
廃墟の奥へと進んでいった。