雪の記憶
~ 火曜日・放課後 ~
この日は その年 初めての雪が降った。
雪は一日中降り続け 地面を真っ白に染め上げる。
火曜日の放課後は バトル倶楽部のある日だが
屋上は雪で積もり、戦えるような足場がない。
それでも一応来てみたトールは
ハルマが 黙々と雪かきをしてるのを見て呆れた。
「馬鹿じゃないの」
「あん!?んだとコラ。来たなら手伝え」
「そこまでして戦いたいの?雪 やまないし今日は中止」
「なんでだよ!!じゃあ、なんで来たんだよ!!」
「来なかったら来なかったで 怒るからだろ!!
ほんっとに面倒だな、お前は!!」
「言ったなこの野郎!!」
ハルマは地面の雪を 掴み取ってトールに投げつけた。
「何すんだよ この馬鹿!!」
トールも雪を掴み取ってハルマに投げ返す。
気が付けば 2人は雪合戦をしていた。
ハルマとの雪合戦に 一息つく。
トールは空を見上げた。
トールは 灰色の空から ヒラヒラ落ちてくる雪を眺めて
過去の記憶を思い出した。
ずっとずっと昔の自分を。
――――――――
11年前の真冬の雪の日。
雪が降り積もる神社の前に 車が停まった。
その車の運転席から 一人の男性が降りる。
後部座席のドアを開くと
風呂敷のような布で 体を巻かれ身動きが取れない幼い少年と
その少年の母親らしき女性が座っていた。
少年は 全身を布でくるまれているので動けず
代わりに男性が少年を抱えて車から降ろした。
女性は降りずに車のイスに座ったまま涙を流していた。
少年が母親の姿を見たのは この日が最後になってしまった。
少年は男性に抱えられ神社の中に入る。
そこには一人の住職が厳しそうな顔付きで待っていた。
男性は そのまま少年の身を住職に任せると
立ち去っていった。
少年は 孤独になる。
だが泣く事はなかった。
もう泣き疲れていた。
住職の宗寛が少年の頭を撫でる。
「君は、これからここで その体にいるモノと戦うことになる」
宗寛は 幼い少年に正直に話を始める。
「痛い思いをたくさんするだろう。
だが、君は強い。きっと大丈夫だ」
――――――――
それから およそ10年間に渡り
世間から かけ離れた生活を送る事になったトールは
自分の人生を狂わせた体と共に 世間へ戻ってきた。
普通の生活をしたい。
普通の学校生活を送りたい。
普通の友達を作りたい。
その時トールにとって「普通」は憧れだった。
傷だらけの体と、あり得ない能力を隠して
これから平穏な世間の生活を送るんだ、と
喜びを感じていた。
だが、その喜びはあっという間に終った。
原因のひとつは両親。
トールは自分の体の自由を得ても
両親はトールを引き取りに来なかった。
そして、本当の自分を 隠して生きていかねばならない現実。
最初の内は「大丈夫だ」と
ありもしない自信に任せて学校に通い始めた。
クラスメートとも仲良くなった。
普通に会話も出来る。
なのに、常に後ろめたい気持ちが付きまとって離れなかった。
憧れていた「普通」は
自分には苦痛でしかない。
そんな気持ちが 薄々と生まれはじめていた矢先。
トールは ハルマに出会う。
自分と似たような生き方をしてきて
自分と同じような悩みを抱えていた。
ただ、その悩みをトールよりも先にハルマが打開案を見つけていた。
『能力に振り回されるぐらいなら逆に利用してやる』
もし、自分がハルマの打開案に乗っていなければ
今の自分はここにいなかった。
屋上から空を眺め、降り落ちる雪を眺め、
雪の落ちる屋上にいる友を眺めている自分は
存在していなかった。
悲しい過去に繋がる真冬の雪の日を
楽しい思い出に変えてくれていた。
「おりゃ」
ハルマが トールの顔面に雪を当てる。
「なに辛気臭ぇ顔してんだよ」
ハルマは イタズラっぽく笑った。
「……………………やったな」
トールは ハルマを睨んで
再び雪を掴み投げ始めた。
能力が無ければ出会えなかった友だけど
出来ることなら能力を使うことのない日常を過ごしたい。
今日みたいな雪の日のように
能力者であることを忘れて無邪気に遊びたい。
背負った使命を果たし終えた後でも。