レベルアップ(?) その2
3学期に入って3日目の事。
「だから……もう少しわかりやすく…………
あーもう、それは仕方ないだろ?
悪かったって言ってるじゃんか……」
アキトが 学校の校門の外で自分の携帯電話を片手に持ち
誰かと会話をしている。
そんな姿をトールは偶然見てしまった。
トールはアキトに気づかれていない距離の所から
思わず隠れて聞き耳を立てていた。
本当は隠れて人の話を盗み聴くなどしたくなかったが
会話の内容や アキトの口調が 気になってしまい
確認するために身を潜めていた。
「せっかくこうして解り合えたんだ、もっと…………
ひねくれないでくれよ………あー、なんでそうなるんだ」
傍目から見れば
電話越しにケンカをしているカップルの会話に聞こえる。
「………わかったよ、お前の好きなようにさせてやるから
俺の言うことも聞いてくれって」
だが、アキトが想いを寄せている相手の女子生徒、
若林モモとの会話とは 到底思えない。
そもそも、モモと会話するなら携帯電話を使う意味はない。
学校で直接会話ができる。
それに、いつものアキトと口調が違う。
こんな会話を交わす相手がいる事にトールは驚いた。
思わず物陰に隠れていた所から顔を覗かせてしまい
アキトと目が合った。
「あ、樋村」
「あっ………」
トールは 気まずく思いながらも
アキトの近くに寄って 聞き耳を立てていた事を謝った。
「で……電話の相手………誰?」
まさか モモ以外の女性なのか?
そんな事であってほしくない、とトールは思った。
「電話?……あ、これか。誰とも電話してないよ。
コイツと話してたんだ」
アキトは自分の胸を指差した。
別人格の自分を言うときの仕草である。
「家の中でなら気にしないけど
外でコイツと話をすると、俺の一人言みたいに見えるだろ?
だから携帯持って誰かと会話するフリしなくちゃいけなくて」
「じゃあ、今の会話も全部……?」
「ああ、コイツとだよ」
「な、なんだぁ、びっくりしたー」
トールは胸を撫で下ろした。
その横でアキトは不満そうに ため息をつく。
「自分の体の事だから、コイツにいろいろ教えてもらおうと思って
話をしてるんだけど………
『お前じゃ無理だ』とか『弱いからダメだ』とか
『お前のアタマじゃ理解できない』とか
けなされてばっかりで………」
「そ……そうなんだ」
「冬休み中、ずっとコイツと論争ばっかだったよ……。
樋村や みんなみたいに能力を磨くのが出来なかった」
アキトは 再び ため息をついた。
「……気にすることないよ。
それより、もうひとりの自分と そーやって
コミュニケーション取れてる事の方が大事なんじゃない?」
「…………そうかな」
アキトは思い返した。
ハルマやトール達に出会うまで もうひとりの自分と
今のような会話のやりとりをする事がほとんどなかった。
それが今、お互いに歩み寄ろうとしている。
きっかけは 別人格の暴走。
過度な体形変形を行うと力は増すが
我を失い、仲間をも巻き込みかねない状態になる。
二人のアキトは話し合い
そして、別人格の体形変形による「外側」の力の制御を
主人格の意識による「内側」からの力で行い
『我を保たせながら体形変形を維持させる』方法という
結論を出した。
結論を出したのは良かったが
その方法を どうやって身に付けるかで論争している最中だった。
「コイツがさ『俺をもっと外に出せ』って言うんだよ。
体形変形させまくって体に馴染ませるとかいうんだ。
ダメに決まってるだろ?」
「うん……それはちょっと困るね」
「だから俺が『体形変形のやり方と体構造について教えてくれ』って
頼んだんだ。それなら コイツに入れ替わらなくても済むだろ?」
「………でも、今の桐谷君のままだと体形変形に成功しても
『斬る』事は出来ないんだよね……?」
「………いや、敵だと思える奴らなら
斬れる……かもしれない」
「う、うーん…………」
トールは腕組みをして 頭をかしげた。
「別に、コイツに入れ替わらせるのが嫌なんじゃないんだ。
なのに勘違いしやがっ……痛ッ!
耳鳴りやめろって お前!!」
別人格の方が
アキトの体に嫌がらせを始めた。
「だから、入れ替わっても良いけど絶対に先輩の前に行くなよ!
お前の殺気浴びたら先輩が死んじゃうって………
だから意地悪で言ってるんじゃないってば!!」
気の弱い 若林モモは 別人格のアキトの殺気だけで
ビビッて気を失いかねない。
だから別人格の状態で会わせたくないのだが
別人格のアキトも モモが好きだからモモに会いたい。
だが、主人格のアキトがそれを許さないので もめている。
………と、会話の端でトールは推測した。
アキトの論争はまだ続く。
「じゃあ樋村で許す?何言ってんだ、お前は……
ダメに決まってんだろ!」
「ちょっ………何言ってるの、もうひとりの君は……」
「樋村は俺のだからダメだ!!」
「君も何言ってるの!!?」
ひとりの人間なのに
ふたりの変態がいる…………と、トールは思った。