ハルマの過去
6年前の真冬の夜。
「―――――何?」
伊丹村サキは 大学の帰り道で
ある一報を受け取った。
携帯を片耳に付けたまま立ち止まった。
「すぐ行く」
携帯をバッグにしまう事も忘れて
握ったまま走り出した。
―――――――――――
サキは 大きなビルの中へ入り
地下の階段を駆け足で下っていく。
降りた先に扉があり、それを勢いよく開けた。
「さっちゃん!待ってたよ!」
「さっちゃんと呼ぶな!!
それより 電話で言ってた事は本当か、ツカサ!」
サキは 地下室の部屋をカツカツと足音を立てて
奥へと進んでいく。それに付いていくように
武藤ツカサも 歩きだす。
「本当だけど………それどころじゃないんだ。
誰も手がつけられなくて………」
「どこにいるんだ、そいつは?」
「地下 5階に………」
サキとツカサは その部屋から
さらに階下につながる階段を降りていく。
そして地下 5階に着き、重厚な扉の手前で2人は立ち止まった。
「連れてくる時は眠ってたんだ。
だから誰も被害がなかったんだけど
目を覚まして、話を聞こうとしたら…………」
「何人やられた?」
「8人。みんな気絶で済んでるけど………」
「わかった」
サキは ツカサの話を聴くなり すぐ扉を開けた。
広くて薄暗い、壁は一面コンクリートで
塗り固められた無機質な部屋。
壁や床を見ると 何かが炸裂して
焼け焦げたような跡が あちらこちらにある。
サキは それを確認して部屋の奥の片隅に目を向けた。
何者かが うずくまって座っている。
顔を隠し 身体を震わせている。
寒いからなのか、何かに脅えているからなのか判断できない。
「子ども!?」
「さっちゃん、油断しないで」
サキは うずくまる者の姿を確認した。
手足や全体の大きさから
成長期の最中にいる少年とわかった。
サキが 一歩踏み出して近づこうとした時だった。
少年は突然 奇声を上げて立ち上がりサキに襲いかかった。
体から赤色の電流を放ち、無我夢中でサキを襲う。
サキは 少年の体から出る電流に気を付けながら
その攻撃をかわしていく。
「さっちゃん!!」
ツカサは サキに加勢しようと攻撃体勢を取った。
「構うな!」
サキは ツカサを抑えて一人で少年と戦う。
少年がサキに攻撃が当たらないのを自棄に思うと
さらに電流を放出させた。
バチバチと赤い火花が飛び散る。
それと同時に少年の顔色が悪くなっていくのを
サキは見逃さなかった。
「このままじゃ危ないな」
サキは呟くと 衣服の袖から
銀色の細い棒を取り出し
それを自分の頭に刺して奥まで入れる。
少年が再び奇声を上げて サキに飛びかかった。
サキは 避けずに少年の身体をそのまま逃がさないように抱き締める。
少年の体からはまだ 電流が放たれていて
少年の体に触れてるサキも すでに感電している状態だった。
「さっちゃん!!」
「大丈夫だ、『痛み』はない」
少年はサキに体を締め付けられて身動きが取れず
唯一動く頭を 左右に激しく揺れ動かしている。
話し合おうにも 話が出来るような状態ではなかった。
サキは少年を抱き締めたままで両手が塞がっているので
口で衣服の袖口から銀色の細い棒を取り出す。
そしてそのまま少年の頭に棒を突き刺した。
すると少年は突然大人しくなり
まるで脱け殻のようにグタリと動かなくたった。
体だけが動かなくなっただけで
目や耳などは使える状態にさせられた少年の顔には
まるで自分がこれから死に逝くかのような
絶望的な顔をして青ざめていた。
「聞こえるか、クソガキ」
サキは動かなくなった少年を抱き締めたまま話を続けた。
「ここにはお前を傷付ける奴はいない」
「――――――――――!」
「驚かせて悪かったな。
だが、誰も皆、お前を傷付けるつもりはなかったんだ。
お前が何に脅えて、逃げてきたのか知りたかったんだ。
守ってやりたかったんだよ」
サキの言葉を聞いた少年の 目の色が変わった。
絶望に満ちていた目から光が甦る。
「戦ってきたんだろ?偉かったな」
「―――――――!!」
少年の目から涙がこぼれ落ちた。
その涙は次々と流れ落ちて
あっという間に少年の顔を濡らした。
泣き声を上げて サキの胸元で何度も鼻をすすり上げた。
ツカサは 薄着だった少年に
自分が着ていたダウンコートをかけようと近づいた。
その前にサキが「待て」と手を出す。
少年の肩越しに背中を確認した。
黒い刺青が見える。
間違いなく あの組織の印を表す刺青だった。
「…………こんな少年にまで……」
サキは少年を抱き締めたまま
強い怒りを目に宿した。
――――――――
「えっ!?さっちゃんが面倒見るの!?」
「ああ、連れて帰る」
「大丈夫?」
「さあな。まぁ、好きにはさせん」
ツカサは心配そうな顔をしてサキを見た。
「まともに 話も出来なさそうだけど………」
「あぁ、さっき名前は聞いたぞ」
「ほんと?なんて名前?」
「名前は――――――――――――」
―――――――――――
――――5年後。
「ハルマ」
「んー?」
「来年から高校に行け」
「はぁ?なんで」
「命令だ。行け」
「行く意味ねーだろ。それに勝手に出歩いたら………」
「大丈夫だ。サポートがある。ちょっと頭を貸せ」
サキは 銀色の細い棒を手にした。
「………………マジかよ」
翌年の春、ハルマは一時的に記憶を無くし
戦うことを忘れ、普通の学校生活を送るはずだった。
樋村トールに出会うまでは。