知らされた事実
トールは衝撃的な事実を聞いた。
言葉を失い、思考も止まる。
静かな間があく。
その間にも、伊丹村サキは トールから
目線を外さなかった。
「ウォン……バッドって何ですか……?」
トールが 思考を取り戻した。
前回訪れた時にも この言葉が出たのを思い出した。
「桐谷君の体の事にも……その『ウォンバッド』が
絡んでるって おっしゃってましたよね」
「………そうか、言ってしまってたな」
サキは ため息をついた。
「聞きたい事がたくさん出てくると思うが
まずは私の話を よく聞け」
「………はい」
トールは 口元をキュッとさせた。
「お前たちのように一般的には持ちえない
尋常離れした力を持つ人間が、この世の中に まだ存在している。
それは想像できるな?
『ウォンバッド』ってのは能力を利用して
「裏」の世界を統括している組織の名だ。
ハルマは……5才の時に『ウォンバッド』に拾われて
10才まで その組織の中に身を置いていたのだ。
だがハルマは、その組織を逃げ出してきた。
行く宛のなかったハルマを見つけて保護したのが我々だ。
「裏」の世界の事や『ウォンバッド』について
聞き出そうとしたのだが、その部分の記憶が何故か ない。
『ウォンバッド』は逃げ出したハルマから
自分達の情報を世間に漏らされる事を恐れて探している。
ハルマが狙われている理由は このせいだ。
我々がハルマの身を匿っているが いつ襲ってくるかわからん。
その時、自分で自分の身を守れるようにと『戦闘訓練』をさせた。
高校に通わせたのも 上からの意向だったのだが………。
どうも あいつはトラブルに巻き込まれる
才能だけはあるみたいだな」
ここでサキの話が途切れた。
トールは聞きたい事が山程あった。
だが、聞きたい事がありすぎて整理がつかなかった。
とりあえず わかったのは
『ウォンバッド』という裏の世界を統括する組織がある事。
そして それに対立している組織もある事。
ハルマは『ウォンバッド』から逃げ出し
『ウォンバッド』に対立している組織に
身を匿ってもらっている事。
どちらの組織もハルマの消えた記憶に振り回されている。
ひとつだけ腑に落ちない疑問が出てきた。
「『戦闘訓練』の事を『ケンカに明け暮れてた』って
ハルマは言ってましたけど……
そこの記憶は なんで無いんですか?」
「高校の入学前に私があいつの記憶をいじった。
『ウォンバッド』から狙われている事や
我々の組織の事も一度 忘れさせて
普通の生活を送らせてみようとしたんだが………。
どうやら甘かったようだな。
私の能力じゃ完全に記憶は消せなかった。
脳の記憶はいじれても、体に染み付いた『戦闘訓練』の記憶が
少しずつ思い出させてしまってた」
サキは立ち上がってトールの目の前に来る。
トールは思わずビクっとして身をすくめた。
「お前達に出会った事で事態が変わった」
「えっ?」
「ハルマを連れてこい」
サキはトールに命令すると
トールは サキの部屋を出ていき
ハルマを探しに行った。
―――――――――
入れ替わるように
今度はハルマがサキの部屋で2人きりになった。
「ハルマ」
サキはハルマの名前を呼ぶ。
その声は重たかった。
「私がいじっていたお前の記憶を返す」
「………やっぱそうだったのか」
「いつから気付いていた?」
「夏休みの終わりぐらいから。ずっとモヤモヤしてた」
「悪かったな」
サキは胸ポケットから
銀色の細い棒を取りだし、ハルマの頭に先を向けた。
「お前の親友がお節介だからな。全部話したぞ」
「んな事言われても、何を話したか思い出せないんだから
早く返せよ オレの記憶」
「………巻き込ませた事を後悔するぞ?いいな」
「…………あぁ」
銀の細い棒が少しずつ
ハルマの頭に入っていく。
「それと、あいつは親友じゃねーよ」
「………じゃあ なんだ?」
「戦友だ」
ハルマは 笑って目を閉じた。
――――――
ハルマはサキの部屋を出た。
出た先の目の前にトールが待っていた。
事実を知ったトールと
真実を思い出したハルマが向かい合う。
「ハルマ………」
「…………おう」
ハルマは 深刻な顔をするトールを見て
ハーッと息を吐いた。
「とりあえず………屋上行こうぜ」