ハルマの主治医
「トール?」
火曜日の放課後。
いつもなら旧校舎の屋上に来るはずのトールが姿を見せないので
気になったハルマがトールのいるクラスを覗きに来た。
教室にはトールが一人残って、机にノートを2冊広げて
黙々とペンを走らせている。
ハルマの声に気付いたトールは顔を上げてハルマの方を見た。
「あ、ごめん。これ終わったら屋上行くよ」
「何してんの?」
ハルマが近付いてノートを見た。
「今まで授業で取ってきたノートを書き写してるの」
「はあ!?なんでわざわざ!?」
「白神君にあげようと思って」
トールは 白神ユウヤの事を思い
復学した時に役に立てるよう自分のノートを
白神ユウヤ用に書き写していた。
「え………じゃあ 1学期のから全教科全部!?」
「そうだよ」
「お、お前…………ヘンタイだな」
「なんでだよ」
勉学に興味のないハルマにとって
トールの行動は信じられないくらい
気の狂った行動に見えた。
「さすが優等生サマ」
「そんなんじゃないよ」
「ついでにオレの分も…………」
「死ね」
「冷たいッ!!」
「黙れ」
トールはハルマに呆れながら
ノートを書き写している。
切りのいいところでペンを置き、ノートを閉じた。
「これが出来上がったら病院に行くんだけどさ………
ハルマ、僕、肝心な事聞いてなかった」
「なんだよ」
「なんで、あの病院に行ってたの?」
事の始まりはここからだった。
ハルマは白神ユウヤの入院している病院に
定期的に通っていたのだ。
ハルマは誰にもこの事を話していなかった。
ハルマが病院で能力に目覚めた白神ユウヤと会わなければ
今回の騒動は起きなかった。
ハルマは少し視線を横にそらせて
頭をガジガジと掻き、
ジッと見つめてくるトールに根負けして ため息をついた。
「………オレの主治医がいんだよ、あそこに」
「主治医?」
「ああ。俺の記憶傷害を診てくれてるセンセー」
「やっぱり………ハルマ、記憶傷害だったんだね」
「……言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ」
以前から薄々と感じていたが
ハルマの口から記憶傷害である事実を聞いたのは初めてだった。
「だからこの間、定期検診に来いって連絡きたから行ったのに
出張でいなかったんだよ!
んで帰ろうとしたら 白神ってヤツに呼ばれたんだ」
「その主治医って普通の人?」
「普通じゃねーよ、あの女」
「女の人!?」
「なんかおかしいか?」
「い、いや、別に………。
それより普通じゃないってことは やっぱり能力者?」
「あ~………うん、アレも能力かな。
あ、そうだ。あの女なら 桐谷の目、元に戻せるかも」
「え!?」
――――――――――
~ 翌日 ~
トールとハルマは アキトを連れて
例の病院へ訪れた。
トールがアキトの目の代わりになり
アキトはトールの右肩に手を置いて なんとか歩いている。
「ほっといても その内に返してくれると思うんだが……」
「でも、ずっと学校休みっぱなしでしょ?
生活だって大変じゃないか」
別人格に視力を捕られたままなので
ろくな生活が出来ないアキトをなんとかしたくて
トールはアキトを病院へ連れてきた。
ハルマの主治医に診てもらえば
視力を取り戻せるかもしれない。
3人は 病院へ入ると ハルマが先頭になり
馴れた足取りで主治医の部屋へと進んでいった。
主治医の部屋の階は
不思議な事に人影がなく、看護師や他の医師の姿もなかった。
静かな廊下を歩き、大きな両扉の前でハルマが止まった。
「ここだ」
トールは案内された部屋の扉を見て
ゴクリと喉を動かした。
会った事などない人物なのだが
なぜか扉を開ける前から威圧感を感じる。
そんな気がしてトールは扉の前で固まった。
「行くぞ」
「え、あっ………うん!」
ハルマが 扉をグッと押した。
扉が半分まで開いた瞬間
ハルマが後ろに 吹っ飛んだ。
何が起きたかわからずトールは ただその場に立ち尽くした。
「いっっっってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「え!?ハルマ!?」
後ろに吹っ飛ばされたハルマを見て
トールは ようやく思考が追い付いた。
ハルマが頭を押さえて倒れ
ジタバタしている。
ハルマの倒れた近くにボールペンらしき物が転がっていた。
起き上がったハルマの顔を見ると
額のど真ん中が赤くなっていた。
「てんめぇぇッ!!このヤロ!!!」
「部屋を開けるときはノックをしろと
何度言えばわかるのだ、貴様は」
部屋の中から女性の声がした。
声は女性だが口調が男性のような
変わった人物がいる。
「入れ、3人とも」
有無を言わさぬ圧倒的な言葉に
トールとアキト、そしてハルマが部屋に入った。
白衣を身にまとい
イスに掛けて膝を組んでいる女医がいる。
「『傷痕』に『薬中』か。
変わったトモダチだな、ハルマ」
女医はトールとアキトを見て
『傷痕』と『薬中』と言い放った。
何か嫌な予感がする……………
トールは そんな気がして
恐る恐る女医を見る。
「神経内科医の伊丹村だ。とっとと服を脱げ」