夢泳睡魔(スイマー・スイマー) 白神ユウヤ
白神ユウヤは病院のベッドの上で
静かに眠っていた。
頭は 包帯で巻かれていて
口には呼吸器が当てられている。
学校に現れた道化師は
顔にメイクを施していたので素顔はわからない。
トールはベッドに近づき
ユウヤの顔の横まで来て その場でしゃがんだ。
「………白神君」
トールは ユウヤに聞こえる声で呼び掛けた。
返事はなく、呼吸器から漏れる音だけが響いた。
ふと、ベッドの横にあった棚に目が移った。
棚に新品のままの1学年の教科書が置いてあった。
トールがユウヤが使うはずだった教科書を見てるのに
気づいたユウヤの祖母が話し出した。
「入学の……直前で脳の腫瘍が再発してしまって……
手術は成功したんだけど、いつ目覚めるか
わからない状態になってしまってね」
祖母の声が少し震えていた。
「中学校もろくに通えなくて
高校に行く事を本当に楽しみにしていたんですよ……
それなのに…………」
祖母は 鼻をすすり、目頭を押さえた。
「ユウヤに学校の話をたくさん聞かせてやってください」
そう言うとユウヤの祖母はトールに背を向けて
泣き顔を隠すように部屋を出ていった。
ユウヤと 2人きりになった病室。
トールは ユウヤの方へ向き直って
右手に握っていた白いトランプのジョーカーを
ユウヤに見える位置に掲げた。
「……君なの?あの道化師は……」
トールが答えられるはずのないユウヤに
微かな希望を賭けて問いかけた。
「……!!」
白いトランプのジョーカーが
スーッと消えていった。
カードには『 H 』の文字だけ残った。
「白……神君……
やっぱり そうだったんだね……」
ジョーカーの絵が消えたのが答えだった。
「……見つけた………見つけたよ」
トールは ハァと長い息を吐いた。
学校に残って トールを待っている
ソウタやレミ、アキト達の顔を思い浮かべて安堵した。
「約束どおり、みんなを取り戻して君の事も見つけたよ。
ハルマは どこにいるの……?」
少し間があいた。
トールは 何か合図みたいなものがこないか静かに待った。
すると 消えたはずのトランプのカードに
何かが浮かび上がった。
ジョーカーの絵ではなく、『太陽』の絵が出てきた。
「………?」
トールは『太陽』の絵を見て
考えを巡らせた。
「………外……?
太陽のある場所………太陽の近く?
…………………………!!」
トールは ハッと気付いた。
この病院内で一番 太陽に近い場所。
病院の屋上。
トールは 立ち上がった。
すぐに屋上へ向かおうと踏み出したが
立ち止まってユウヤの方を見返した。
変わらず静かに眠っている。
『高校に行く事を楽しみにしていた』
ユウヤの祖母の言葉が胸に残り
トールはユウヤの立場になって考えた。
「……寂しかったんだね……白神君」
返事は呼吸器から漏れる音だけだった。
「また、会いにくるね。絶対!」
トールは 無言のユウヤに約束を交わして
病室を出て屋上を目指した。
病院の最上階まで 上がってきた。
屋上の扉を開け、外に出ると 夕焼け前の空色に
冷たい風が吹雪いていた。
トール以外に人影はなくなり
トールは周りをキョロキョロ見回した。
だが、ハルマの姿はない。
トールは後ろを振り返り
屋上の出入り口の上を見上げた。
屋上より一番太陽に近い場所がある。
トールは 備え付けられていた
小さい梯子に足をかけて登った。
「ハルマ!!」
登って見えたのは 学生服を着たまま
仰向けで眠っている男子の姿。
それは間違いなく ハルマだった。
トールは登りきって すぐにハルマの元に駆けつけた。
「ハルマ!起きて!!ハルマッ!!」
トールが必死で叫びハルマの体を揺らす。
ハルマは何食わぬ顔で
いつも旧校舎の屋上で寝転んでいるような顔つきで
スヤスヤ眠っている。
トールは 何も知らずに寝るハルマが
ちょっと小憎らしくなって
力をこめて ほっぺたをバチンッと叩いた。
「―――ッッタッ!!?」
ハルマが ほっぺたを押さえて飛び起きた。
「ハルマ!!」
「―――!? トール!?
あれ、どこだココ………?」
目が覚めて、訳がわからないハルマの
両肩をトールは掴んだ。
「な、なんだよ、お前!どうした!?」
「………馬鹿ッ」
「あっ!?」
「この馬鹿!!」
「てめっ、なんなんだよッ………!?」
トールの目が 少し潤んでいるのに
気付いたハルマは 言葉をつまらせた。
「よかった…………」
トールは 再び深呼吸をして安堵した。
――――――
ハルマが目を覚ました同時刻。
学校中の生徒と教員
そして人質にとられていた
ユエ、モモ、エイジ、イズミの全員が目を覚ました。
「会長!やりましたね、樋村くんが……!」
「ああ!」
―――12月中旬の午後4時過ぎ。
放課後の道化師による騒動は終結した。