scene5 ― 桐谷アキト ― 帰還
上半身を激しく横に振り
頭を抱えながら苦しむアキトを
トールとレミは 見守るしかなかった。
2人の呼びかけに気付いたアキトが
意識の中から別人格を抑え込んで
体の主導権を取り返そうと もがいている。
それを別人格のアキトが振り払おうとしているように見える。
アキトの体が徐々に 元の状態へと戻っていく。
背中から生えていた翼は 体の中へ戻っていき
腕まで裂けていた刃も 手の形へと戻りつつある。
額から生えていた角も引っ込みはじめた。
「桐谷君!!」
トールがアキトの名前を叫ぶ。
「…―――……ッ―…………―ッッ――」
アキトが微かに言葉を口にした。
「………ぉ…―…し―……ぃ……―ッ」
「え ?」
「あ…………――ッ……――いッ―――ッッ」
どっちのアキトが言ってるのかわからないが
何かを言いたげにしてるのは感じた。
「…―――……――――ッて」
「……!?」
トールがアキトの口にした言葉に集中していた時だった。
アキトが再び咆哮をあげ
そして両手で自分の両目を突き刺した。
地面に血が飛び散り
アキトの指先が真っ赤になる。
惨状を見たレミは絶句して顔をそむけ
トールは慌ててアキトに近寄った。
アキトの手が目から離れると
アキトはそのまま前屈みに崩れて倒れた。
「桐谷君!!」
トールが駆け寄り、アキトの体を仰向けにして
抱えるように起こした。
目の損傷が酷かった。
トールが目の傷を気にしているとアキトの口が動いた。
「……樋村……」
「!!」
確かにトールの名前を言った。
アキトが主導権を取り戻した証しだった。
「桐谷君!!よかった……!!
待ってて、すぐ目を治すから!!」
トールは 左手にいる「青龍」を召喚しようと
封印札をほどこうとした。
「いいんだ………このままにしてくれ……」
「!? 何言ってるの!?」
「迷惑………かけた……」
「そんなの気にしてないよ!!罪滅ぼしのつもり!?」
アキトが 両目の痛みをこらえて
口角を上げて微かに笑った。
「アイツの……腹いせに付き合ってやんないと……」
「!?」
「だからいいんだ……
それよりも………先輩を頼むよ、樋村」
「え……っ」
「頼む」
トールは アキトの両目を治したかった。
だが、なぜかアキトは目の修復を拒んだ。
「腹いせに付き合う」の意味がわからない。
だが、アキトの願いを尊重しようという気持ちになった。
「頼む」の言葉がトールをそう思わせた。
上半身の衣服がないアキトに
トールは自分のブレザーを脱いでアキトの背中に被せた。
アキトの様子をレミに見てもらい
トールはテニス部の部室へと急いで走っていく。
部室の扉を開け、モモを見つけると
トールはモモを抱え上げて
校庭にいるアキト達の元へと戻った。
トールは座っているアキトの隣に
眠っているモモを近づけた。
「桐谷君、若林先輩は無事だよ」
「………あぁ」
アキトが右手をモモの方へ伸ばした。
目が見えてないアキトの代わりに
トールがアキトの右手を掴んで
モモの左手を上に置いた。
アキトが右手を握るとモモの小さな手が
あっという間に隠れた。
そして、アキトはモモの指先をなぞった。
園芸をするモモの爪は、いつも短かった。
指先の爪を確認するとアキトは
さっきよりも口角を上げて笑った。
「そうか………」
アキトは モモの無事を確かに感じると
納得したかのように呟いた。
慕う者を失った時。
慕う者が無事だった時。
慕う者が自分の元へと戻ってきた時。
殺意を抱くほど、怒ったのも
全部ひとつの感情が絡んで
アキトの心を様々に動かせていた。
モモの手を握って、アキトは気付いた。
「これが………そうなのか……」
アキトは両目の痛みよりも ようやく理解できた感情を
噛み締めている。
「樋村………清水………ありがとう」
トールもレミも アキトが微笑んでいるの見て嬉しかったが
両目の傷が痛々しく見えて複雑な気持ちになった。
「――――樋村くん!!」
トールの元へ 薄野ソウタが駆け足で近寄ってきた。
「薄野会長!」
ソウタは右手に一枚のメモ用紙を持っていて
それをトールに手渡した。
「白神ユウヤのいる病院だ」
「!!」
トールはメモを見ると そこには
道化師の正体である白神ユウヤのいる病院の名前と住所が
書き記されていた。
「みんな無事に戻ってきた。
あとは、この子とハルマ君を見つけるだけだ」
ソウタは 学校に『空間』を張ることで
外部に今の学校の状況を漏らさないようにする使命がある。
学校から離れられない。
ソウタはトールに白神ユウヤの事を託した。
「この病院に行けばいいんですね!?」
ハルマを見つけるのは自分の役目。
トールは手に力を込めた。