scene5 ― 桐谷アキト ― 暴走
怪物化した鬼人・アキトと
道化師少年が『一文字誉』で生み出した
表情のない、全体真っ白の「アキト」が ぶつかりあう。
背中から生えた大きい翼の形をした刃が 激しく衝突しあい、
とても人の体から出ないはずの打撃音が響く。
アキトの顔は ずっとニヤけたままで
「己」と戦いあう事に
快感を得ているように見えた。
鍔迫り合う姿を
離れて見ているトールは道化師少年へ視線を移した。
道化師少年は アキトが戦う姿を凝視している。
どうやら『一文字誉』で出した「アキト」に
力を注ぐので精一杯のように見えた。
トールは道化師少年の目を盗んで
テニス部の部室に近付こうと走り出した。
『!!』
道化師少年がトールの行動に気付く。
すると道化師少年が操っている「アキト」が
目の前のアキトから向きを変えて
トールの方へ攻撃を仕掛けに迫った。
トールに「アキト」の刃が落ちようとした時
本物のアキトが2人の間に入ってトールを庇った。
「桐谷君!!」
「アキト」の刃を全身にくらったアキトは
「アキト」ではなく、トールを睨んだ。
「余計な事すんじゃねえッ!!」
「………!?」
アキトの体は全身硬化により
斬り傷はつかなかったが、くらった衝撃は体に響いた。
顔を歪ませるアキトに、さらに追い討ちがかかる。
相手の攻撃の手や背の刃が次々と降り下ろされる。
アキトの背後にいるトールをも巻き込む勢いだった。
アキトはトールを庇ったままの姿勢で
相手の攻撃を受け止める。
勢いが強すぎて反撃の手が出せない。
「くっ…………くそっ……!!」
イラつき始めたアキトの
翼の刃が 震えだした。
バキバキッと鈍い音ともに
さらに翼の刃が広く成長した。
両手の爪も変形しだして、腕の方まで裂けて刃化していく。
アキトの怒りや殺意に呼応して
肉体は変形していく。
怒れば怒るほど、殺意が強まるほど
アキトの体は人間から遠退いていく。
道化師少年の「アキト」よりも
体積が広がり、強化したアキトは反撃に出た。
「アキト」の翼の刃を砕き
地面に倒れた「アキト」に容赦なく
刃が突き刺さっていく。
砕けたところから「アキト」は白い粉塵になり
風に乗って消えていった。
『ああっ……!!』
『一文字誉』で造り出した「アキト」が消えて
道化師少年がショックを受ける。
ショックの声をあげた瞬間に
アキトの 腕の刃がヒュッと伸び
道化師少年の顔面を貫通した。
頭を貫通された道化師少年は
右手に掴んでいたチョークを落とした。
そして、そのまま力なくスゥっと薄くなって消えていった。
「あっ…………勝っ………た」
トールが 道化師少年の姿を消えたのを確認すると
アキトに向かって叫んだ。
「桐谷君!勝ったよ!!
もう戦わなくていいんだ!!
―――――――――――ッ!?」
アキトはトールに なんの合図を見せることなく襲いかかった。
刃がトールの体にいくつか
斬り込みを入れていく。
トールは自分の身を屈めて
アキトから距離を取って離れた。
斬り込まれたところから血がにじみ出す。
「桐谷君!!?」
トールはアキトの目を見た。
アキトは何にも視点を合わせず
虚ろな目になっている。
怒りに身を任せたアキトは
理性を失い、目の前にいる生物を
攻撃対象としかとらえられなくなっていた。
「桐谷君!!」
トールは ジリジリ迫るアキトに恐怖を感じるしかなかった。