scene5 ― 桐谷アキト ― 怪物
『………………??』
道化師少年は
アキトに視線を向けて頭をかしげた。
両手で顔を覆い、髪を後ろに流すようにかきあげたアキトは
ダランと前屈みの姿勢で立ち尽くしていた。
アキトは 目だけを動かして
トールが閉じ込められている真っ白の氷山を見た。
道化師少年には見向きもせず
フラリと氷山の方へ歩いていく。
道化師少年は アキトの様子が変わり
謎の空気が包んでいるのを感じて
何も手を出さず、アキトの様子を伺った。
氷山の前に着くと 右手の指を鋭く尖らせ
氷山の氷を 斬っていった。
中心にいるトールの姿が見えてくる。
氷が薄くなったところで、トールは自力で腕と顔を動かして
氷を払い除けた。
「―――はあッ!!はっ!……はぁ!!」
閉じ込めれていた間に息が出来なかったトールは
大きく息を吸った。
そして 別人格のアキトに気付いた。
本当なら お礼の言葉が出るはずなのに
トールは複雑な感情になった。
トールを氷から救ったアキトは
口角を上げて ニヤッと笑った。
「よう、お気に入り」
トールは アキトを警戒するような目で見る。
そして、一番気になる事を聞いた。
「…………もう一人の桐谷君は?」
トールの問いに 静かな間が空く。
アキトが小刻みに体を揺らしたかと思った瞬間
狂喜に満ちた高らかな笑い声を上げ
声は空気に乗って響き渡り
その場の 全てを支配した。
トールは 背筋に怖気を感じて竦み上がる。
この笑い声が何を意味しているのか理解してしまった。
トールは アキトの胸の辺りの
シャツを掴んで叫んだ。
「戻して!!桐谷君を戻して!!」
「ハッ、何言ってんだ。
もともと俺の体になるモノだったんだぜ?
ようやく取り戻せたんだ……」
アキトはトールを見下して笑った。
「始めっから 大人しく替わってりゃ
俺も穏便に済ますつもりだったんだがな。
コイツが頑なに拒むからよ」
「当たり前だ!!
桐谷君は人殺しなんて望んでない!!」
「もう遅ぇよ」
「!?」
「コイツは 怒りに狂って「殺意」を生み出した。
俺の本質を呼び覚ましたのはコイツだぜ?
俺が主導権を握って何が悪い」
アキトは トールの手を払って蹴り飛ばした。
「どいてろよ。
先にあのガキから始末してくるからよ 」
お腹を蹴られて地面に倒れたトールに 背を向けて
アキトは道化師少年の方へ歩いていく。
先程、アキトの狂喜を浴びた道化師少年は
少し警戒する仕草を見せながらも
右手に持っているチョークを クルクル回してニカッと笑った。
『さっきの人より、マシになったみたいだね』
「……思念体……とか言ってたな」
『それがなに?』
「斬っても血が出ねえ奴に興味はねぇんだよ!!」
アキトが声を張り上げると
アキトの上半身が みるみる変形していく。
服を突き破り、背中の肩甲骨から
翼のような形成をした骨や皮膚が現れた。
ゴキゴキッと 嫌な音が響き、両手の指も鋭く変形していく。
額から角のような
突起物が左右に生えている。
明らかに 元の体積よりも
大きな骨格と皮膚がアキトの体から生まれた。
トールは初めて見る アキトの異常体形変形を見て驚愕した。
人の形を留めておきながら
そこには 映画や漫画で描かれるような
『怪物』が薄気味悪い 微笑みを浮かべながら誕生した。
道化師少年は チョークをしっかり持って
空中に文字を書き始めた。
アキトは道化師少年に向かって走り出す。
背中の翼は飛ぶためではなく
対象物を斬り裂くためのもの。
大きな背中の刃が空を斬る。
道化師少年はギリギリで
【 雷 】の文字を完成させ、アキトの真上から
白い稲妻を落とした。
激しい衝撃と光が辺りを包む。
トールは 目を閉じて眩むのを防いだ。
アキトの様子が気になり、ゆっくり目を開ける。
――――アキトは無事だった。
上半身の制服は焼け焦げ、下にバラバラ落ちていったが
アキトの体は 傷も焼け焦げた跡もついていない。
笑みを浮かべたまま
目の前の道化師少年に斬りかかった。
道化師少年は アキトの攻撃を左脚にくらい
左脚の膝から下が消滅した。
『くっ!!』
道化師少年は右の脚だけでバランスを取って立つ。
アキトが再び道化師少年に迫る。
片足を失った道化師少年は
力を込めて ある文字を急いで書き上げた。
【 己 】
「――ッ!!」
道化師少年が書いた【 己 】の文字から
白い人間が出てくる。
表情のない のっぺらぼうの白い人間は
目の前のアキトと同じ形を型どって「アキト」に変形した。
手先が鋭く、背中から刃の翼が生えた「怪物」が対峙しあう。
「……面白れぇ」
アキトは目の前の「自分」を見て
愉快そうに笑った。