scene5 ― 桐谷アキト ― ハートの道化師・一文字誉(ワード・アワード)
トールは 動けないアキトの代わりに構えて
右腕の封印札をほどき始めた。
白い気が上がり、『白虎の手』に変わった。
「樋村……!」
「大丈夫、桐谷君。僕が戦う」
トールは アキトの事を思っての判断だった。
別人格に乗っ取られてしまうかもしれないアキトを
このまま戦わせるより
自分が道化師少年と戦って
アキトには気持ちを落ち着けてもらう事に
専念してもらおうと考えた。
アキトも トールが そのつもりで
交代してくれたのだと理解した。
理解していたが、アキトの心の中では
自分の 不甲斐なさが
ジワジワと広がっていく………
別人格を抑えられず、戦う事もできず、モモを救う事もできない。
挙げ句に 仲間に代わってもらって守られる自分。
これが、後に この戦局を変える事になるなど
2人は思ってもみなかった。
『良かったー、遊んでくれる人が来てくれて♪』
道化師少年は 手にしている白い棒を
クルクルっと宙に投げて 遊んでいる。
その棒を よく見ると 片方の先端だけ
鉛筆のように尖っている。
『いっくよー!』
白い棒を右手にパシッと持つと
道化師少年は空中で 文字を書き始めた。
その文字は 空中に関わらず
そこにまるで壁が存在しているかのように
白い文字が刻まれていく。
トールから見たら左右逆の文字だが
何が書かれたか すぐにわかった。
【 虎 】
道化師少年が文字を書き終わると
白い棒を 振り上げた。
すると 文字の中から 白い「虎」が出現してきた。
「!!」
「虎」は周囲を確認することなく
トールを敵と認識して
猛りながら駆け出し、トールに襲いかかった。
すぐ後ろには アキトがいる。
避けられないトールは 右手の「白虎」で「虎」を抑えた。
本物の「虎」ではないが
まるで本物と同じような感触がする。
トールは抑えた「虎」を凪ぎ払い
体勢を崩した「虎」の体に
爪を立てて引き裂いた。
引き裂かれた「虎」は白い粉になり
風に乗って消えた。
トールが道化師少年の方を見ると
少年は また空中に文字を書いていた。
しかも今度は一つだけではなかった。
【 弾 】の文字が
道化師少年の手によって素早く
いくつも宙に書かれ、白い文字で埋め尽くされた。
トールは すぐに気付いて
「白虎」を消し、左手の「玄武」を出した。
トールが防御技の「玄武」を出したのと同時くらいに
道化師少年も「弾」を発射させる。
爆竹が弾けるような音と共に「弾」がトール達を襲った。
「玄武の甲羅」を正面に出して
「弾」から自分とアキトを守る。
「あのチョークみたいなので
書いた文字が形になって襲ってくるのか……っ!」
『そのとおり~♪』
道化師少年が また空中に文字を書いた。
【 風 】
書き終わった瞬間、文字から「風」
ゴオッと吹き出し
風圧に耐えられずトールは後ろに飛ばされた。
敷地を囲んでいるネットの壁まで飛ばされ、
ネットのクッションで怪我はしなかったが
アキトから離れてしまった。
道化師少年は 無防備なアキトを狙うかと思ったが
トールの方へ体を向けて近づいてきた。
トールは急いで立ち上がって右手を「白虎」に変える。
『「一文字誉」』
道化師少年は また空中に文字を書き始める。
トールは書き終える前に少年の
チョークを奪おうと 飛び出した。
だが、少年の方が早く書き終えてしまった。
【 炎 】
トールは道化師少年に触れる寸でのところで
「白い炎」に包まれた。
「!?」
本物の炎ではないが、熱いうえに服や髪も焦げていく。
「うぅッ!」
トールは すぐに「炎」の中から飛び出した。
道化師少年は トールの行動を読んで
トールが飛び出た先で待ち構えていた。
「……ッ!?」
『熱かったでしょ?』
【 氷 】
待ち構えていた道化師少年は
「氷」の文字をすでに書いていた。
トールが気づいた時には、体勢を変えられず
そのまま「氷」の攻撃をくらうことになった。
トールの体 全体に「白い氷」がまとわりつく。
「うわぁあッ!!………ッ!!」
一気にトールの顔まで
「氷」が覆っていき、トールは「氷」の中に
閉じ込められた。
「樋村ッ!!!」
右手を押さえつけながら
戦局を見ていたアキトが叫んだ。
トールは 真っ白な氷山に 身を固められ動けなくなった。
『もうちょっと手加減すれば良かったかな』
道化師少年が 意地悪くクスクスと笑う。
トールが戦闘不能になったのを見て
抱えていた責が アキトの理性を壊し始めた。
戦えず、守れず、守られて
今、目の前で仲間が やられた。
――――――自分のせいで。
自分は何をしに来たのか。
不甲斐なさがアキトの心を弱くした。
右手を抑えていた左手が離れる。
右手の震えは止まっていた。
右手は完全に別人格に支配され 左手にも侵食していく。
アキトの両手が ゆっくりと自分の顔に近づいていく。
精神を弱くした主人格のアキトを
別人格のアキトが 押し潰す。
アキトは何も言えず
深い淵へと消えていった。