第二章『強さを求めた果てに』《王の言葉》
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正直、乗馬をナメていました。すみませんでした。足を引っかけるフックみたいなやつが結構高い位置にあるし、無理やり乗ろうとして力を加えたら馬が嫌がって振り落されるし。それを見たフェリスには笑われるしで最悪だった。
結局ラインスとクラウディアに助けてもらって乗ることができた。すげー情けなかったし、恥ずかしかった。あー死にたいって思っちまうよコレ。
クラウディアの前に乗った俺は、馬に揺られながらこの国の城に近づいていく。
なぜ後ろではなく前なのかと言うと、揺れが後ろの方が酷いそうだ。ずっと揺れ続けてもいいなら後ろに乗っても構わないと言われたが……想像しただけでゲロがこみ上げてきそうになったので言われた通りにした。
それにしても、フェリスのパン屋の近くからも確認する事ができたあの城に、まさか入る事になるとは思いもしなかった。
「もうすぐ到着する。もう少々の我慢だぞキシナミ」
「あ、はい」
どうでも良い事なんだが、前に乗っただけあって快適だ。揺れも少ないし。
でもさ、男の俺が前に乗って、女の人が後ろに乗って手綱を握っているって状況のせいで背中にさぁ、うん、何か当たってるんだよね。後ろのクラウディアは気にしてない様子だから俺からは何も言わないけどさぁ……。鼻を刺激する女性独特の匂いも俺の煩悩を騒ぎ立ててきやがる。
これが……フェロモンと言うものなのか!? おとなのじょせいってすげー!
先ほどは何やらフェリスたちに格好つけて出て来たはいいものの、これじゃ締らねぇよなぁ……フェリスに言われた通りだよ。俺は締らない男だ。
後ろのクラウディアの事を気にしないようにしようと、無心になって必死に自分を抑え込んでいると、気が付けば城の門をくぐっていた。
周りには門兵と思われる人たちが何人もいて、その他にもまるで俺のことを待っていたかのように歓迎する男女が沢山いた。
なんだよこれ……。俺、なんでこんなに歓迎されちまってんの!?
思わず目を疑った。軍服に身を包んだ者たちが、数えきれないほど左右に配置されている。どこかのアニメで見たような光景に、俺はただ口を開けて見ているだけだった。
「ははは! 驚いただろう? キシナミの世界ではこんな光景はないだろう?」
「え、ま、まぁ。まず、俺の住んでる世界は城っつーもんが昔のものなんで」
「なるほど、キシナミの世界は私たちの世界とは何から何まで違うのだな。こんどゆっくり話を聞きたいものだ」
「機会があれば、ぜひ」
いや、お前は誰だよ、って自分に言いたくなる。なにが「ぜひ」だよ。
何はともあれ、奥へと進んだ後、馬から降りて城の中へと入る。
「皆の者! アルト・キシナミが到着した。早急に仕度をせい!」
ラインスが叫ぶと、どこからともなくメイド服を着た召し使いが現れ、俺はとある一室へと連れ込まれた。
「ちょ、ちょっと! 一体何が始まるんです?」
「キシナミ様にはユクラシア様とお会いする前に正装に着替えてもらいます。よろしいですね?」
「ん、ま、ちょ、や、やめ……アッー!!」
それからはそれはとても早い作業だった。着替えに要した時間はたったの二分。
その時間で俺はこっちに来てから買った地味な普段着からローブのような衣装へと変わり、髪はビシッと整えられ、まるで俺じゃないような別人のような格好になっていた。もし、この姿をフェリスに見られたものなら、腹の底から笑われるに違いない。そして、ずっとそれをネタにしてバカにし続けるはず。
ぜってーにこの姿だけはフェリスに見せられねぇ……。これは今後の人生がかかっている。間違いない。
そう決心した俺は不慣れな服装に戸惑いながらも、召し使いたちの案内のもと、再びラインスとクラウディアと合流した。
二人がこの俺の姿を見た瞬間の事だ。
ラインスの身体か少々跳ねたのを俺は見逃さなかった。あの身体の跳ね方は間違いない。馬鹿にして笑う時のものだ。
「おい、ラインス……。今、笑ったよな?」
「いや、笑っていない」
「ぜってーに笑った。身体がヒクッってなったのを俺は見たんだよ!」
「うるさい! 笑っていないと言っているだろう。貴様の、見間違え、じゃないか?」
「今ぜってーに危なかったよな! 笑いかけたよな! 言葉の最後の方が途切れ途切れになってたぞ!」
ここで、横で見ていたクラウディアがようやく俺の事を落ち着かせようと口を挟んできたんだが。
「まー、落ち着けキシナミ。これから国王様と会うのだから、リラックスするんだ。い、いいねブフォ!」
『!?』
いきなり吹き出してしまったクラウディアに、俺のみならずラインスまで驚くこととなった。どうやら、彼女がここまで盛大に噴出したのを見るのは初めてらしい。それほどまでに俺はこの世界の正装が似合っていないということだろう。
絶対にフェリスには見せられない。騎士さんたちがここまでなんだから。
「すまない。取り乱した。さて、行こうか」
先ほどのことはなかったかのように振舞うクラウディア。切り替えすげーなオイ、尊敬しちまうよ。
このスイッチの切り替えの早さはさすがラウンドテーブルの騎士と言うものだな……かと思って横をあるくクラウディアを見たら顔が引きつっていやがった。まるで、笑うのを堪えているような。
「すんませーん。やっぱりこの衣装、俺に似合ってないそうなので違うものはないんですかー?」
これは絶対に国王のユクラシア・カストゥスでも笑う。絶対にそうだ。ラウンドテーブルで象徴騎士の騎士二人ですら耐えられなかったんだからな。
結局、元の服に戻してもらって、髪型も元通りにしてもらった。
やっぱ、俺には貴族の衣装よりも庶民の服の方が似合っているのかもしれないな。だけど、それはとどのつまり俺は強気の言葉を吐いている割には見た目は地味な奴だって事になるんですがそれは……。
とにかく落ち着いた雰囲気に戻った俺ら三人は、歩みを進める。
王の下へ近づくにつれて、先ほどとは違って緊張感が張り詰め、自然と無駄口が減り、ついには誰も何も喋らなくなる。
そして、とある扉の前へと立ち、ラインスが事前の注意を促してきた。
「いいか、キシナミ。失礼のないようにな。お前のその生意気な口調で喋った暁には、ユクラシア様がどんな気を起こすか分からん。下手でもいいから敬語でな」
「お、おう……わ、わ、分かった、ぜ?」
ラインスとクラウディアは頭を抱えた。あーそうだろうね、こんな様子じゃね。
お偉いさんの前に立った経験なんてあるわけがないじゃないか。ぶっちゃけ極限状態に緊張しているんだが。
「キシナミ。私とラインスが傍に居る。だから安心しろ。分かったか?」
「お、おう……。すまねーな」
少しだけど、クラウディアの言葉のおけがで気が楽になった。やっぱ、人が傍にいるってのは安心できるな。
二人は頷き、扉のを開けるように指示すると、扉が開かれる。
そこは、思ったより大きくはなく、こじんまりした空間だった。俺がイメージしていたのは、大きな空間の奥に王と妃が座っているイメージだったのだけど、どうやら違うらしい。
ここはよくある応接間のような場所で、そこに白髪をオールバックにした、ローブの様な服を着ているオジサンが椅子に腰かけていた。
「ユクラシア様、アルト・キシナミをお連れいたしました」
ラインスがその白髪の男性に報告する。つまり、その男こそ、この国の王であるユクラシア・カストゥスであるということになる。
「おお、やっと来ましたか。あなたが、アルト・キシナミですね?」
「は、はい! そうです」
「早速で申し訳ないのですが、あの剣を、見せてはくれませんか?」
「分かりました。しょ、少々お待ちください」
横にいるクラウディアが預かっていた例の剣を彼に渡す。
その剣は、特に目立った特徴はない。黄金でできているわけでもない。宝石が埋め込まれているわけでもない。特別強力な魔法が扱えるようになるわけでもない。奇跡を起こせるわけでもない。どこにでもある、銀に光る剣だ。
「おお、これが……。ちょっと、拝見してもよろしいかな」
「はい。どう、ぞ」
不慣れな敬語を頑張りながら、俺は王様に剣を渡す。
「ん? 別に何もないのですね。この剣からは何も感じ取れない」
ユクラシアという王様には何か分かるというのだろうか。仮に王様が言っている事が本当だとして、その剣は別に何もない普通の剣であるとい事に落胆するしかなかった。
「おかしいですね。この剣は私でも岩から抜けなかったというのに、何の変哲もない剣ということはないでしょう。それでは抜けないことの説明になっていない。アルト・キシナミ、あなたがこの剣を抜いた後、再びこの剣を岩に刺したりはしましたかな?」
「は、はい! 前に、一度だけ。もう一度刺して、他の人に抜いてもらおうとしたら再び抜けなくなり、俺、じゃなくて……自分が抜こうとしたら簡単に抜けたんです」
「ふむ……。それは妙ですね。この剣には魔力なんてものは感じられない。もしかしたら、あなたがこの剣を握ることによって、はじめてその力を発揮できるのかもしれませんね」
王様が言った通り、俺のみが引き抜くことのできるという不思議な現象を起こしているにも関わらず、何の変哲もない普通の剣であることは不自然だ。
俺が剣を引き抜いたことによって、抜く事のできない呪いのようなものがなくなったという線も考えられるけど、それは以前フェリスにもう一度抜かせようとして失敗したことにより、その線はないと思う。
じゃあ、王様が言った通り、引き抜く事のできる俺が剣を使う事によって何か特別な力が発揮するのだろうか。
そういえば。
「初めてこの剣を引き抜いたとき、ならず者と戦ったんですけど、その時に不思議な事が起こった、んです。ならず者たちが放った火球を切り裂いて、消し去った。そんなことは可能なの……なんでしょうか?」
「ほう、それは興味深い。通常、魔法を剣で切り裂くことは不可能なのです。剣で魔法や奇跡に対抗するには、こちらも魔法や奇跡を使って剣にエンチャント、つまり、強化する必要があるのです」
なのに、俺は何の変哲もない剣で火球を切り裂き、消滅させた。という事は、王様が唱えた説が濃厚になって来たじゃないか。本当に、あの神父が言ったことは正しかったのかもしれない。
俺が引き抜いた剣は、天命を受けた者のみが引き抜くことができる。とどのつまり、岸波歩斗――俺こそがその天命を受けた者だという事になっちまうぞこれ。
その事実に気付いた瞬間、俺の中で何かがふつふつと湧き上がるものを感じた。
今まで心の奥底で望んでいたもの。刺激が沢山ある毎日。そんな毎日が訪れたらいいなと思っていた。男は誰しも、いつまで経っても、少年の心を忘れない生き物だと言われているけど、どうやら俺はそれに当てハマるらしい。
この摩訶不思議な世界に迷い込んで、誰も使えない剣を手に入れた。まるで、絵にかいたようなこの現状に、違和感を抱きながらも受け入れようとしている俺がいる。
まるで夢のようだ。
またもそのワードを考えた瞬間に、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われる。
信じたくないのだろう。今、こうやってこの世界で生きているということがすべて幻で、またあの暗い日々に戻ることがとても怖いんだ。
この世界は、楽しすぎるから。
「どうしました?」
王様は表情が暗くなった俺を心配して声をかけてくれた。正直、ちょっと嬉しくなっちまった。だから、俺の気持ちを正直に。
「すんません。俺は、その……別の世界から来たんです。魔法も奇跡もない、ドラゴンもいない、そんな世界から」
「…………」
王様は黙ったままだ。とりあえず、俺の話を聞くつもりなのだろう。
「だから、この今が現実なのか夢なのか、分かんなくなってさ。それが不安なんだよ。怖いんだよ」
気付いたときには敬語なんてものを忘れていて、いつもの荒だたしい口調に戻っていた。だけど、これが俺の本当の言葉なのだから仕方がないじゃないか。今は、そんな事を気にしている場合じゃない。
「アルト・キシナミはこの世界が嫌いなのかな?」
王様はそう尋ねてきた。好きか嫌いか、そのような問いかけは無意味だ。だって、俺にとってこの世界は――。
「いや、むしろこの世界は楽しくていい。人は温かいし、とても居心地のいい場所だって感じてんだよ」
「だったら、それでいいじゃないですかアルト・キシナミ。とりあえず、あなたが思った事を成すべきです。夢と現実の境界線は、たかが人間の私に知る術はありません。なら、この目で見ている今こそが、あなたにとっては現実なのでしょう。なら、尻込みせずに物事にぶつかりなさい。何も考えず、行動もしない者は、これからずっと結果を出すことはないのです。分かりましたか?」
「は、はい!」
俺は、心に響く言葉を貰ったような気がした。涙腺が緩んで涙が出そうなほどだ。
国を持つ人の言葉はこれほどまでに重みを感じるものなのか?
こんな言葉、普通の人が言えば何もかもが嘘くさく聞こえてしまうだろうよ。
ましてや、俺のような人間なら、こんな言葉は真剣に受け取ることはない。それを説得力ある言葉として伝える事ができるってことは、どこまでも王様という存在はどこまでも凄くて、そして大きなものなんだろう。
「いい返事です。そこで私から提案を聞いてくれますかな、アルト・キシナミ?」
「なん、です?」
「私の騎士団、ラウンドテーブルに入る気はありませんか?」
俺は言葉が出なかった。それに、後ろに立っているラインスとクラウディアは驚きの声を上げていた。そりゃそうだ。ラウンドテーブルといったら、この国の騎士団の最高峰。入りたくても入れないのが普通だ。だけど、それに、剣の振り方ひとつも分からないような奴を入団させると王様は言った。
こんなことは常識外れだ。
いや、常識を外れた考え方ができるからこそ、ユクラシア・カストゥスという男はこの国の王として存在できているのかもしれない。
「えっと、あの、その、あー、俺なんかが入っても、いいのか?」
「本当なら問題です。常識外れの処遇です。ですが、あなたも常識から逸脱した存在なのをお忘れかな? この世界ではない場所から来たらしく、そして、誰も抜く事ができなかった剣を抜いた。それだけでもあなたは十分常識から外れた存在なのですよ。だからこそ、意味がある。アルト・キシナミをラウンドテーブルに入れ、育て上げれば、ラインスを超え、私をも超える存在になるのかもしれない」
何もかもがイレギュラーな俺には、常識は通用しないと思ったのだろうか。だから、俺をラウンドテーブルに入れた。そこで腕を磨けば、将来的にはダイヤモンドのように輝く存在になっているのかもしれないって事かよ。
これは先ほど彼が言った言葉通りだ。尻込みせずに物事にぶつかる。様々な理由をつけて行動しないんじゃ、一生結果を出す事すらできない。その言葉通りに王様は行動で示しただけだ。
なんだよ、この王様って奴はよ……。言葉の重みが全然違ぇ。何でこんなにもこの人が言う言葉は心に響くんだ?
気が付けば、俺は俺のことを尊敬の眼差しで見ていた。きっと、心に響く言葉を貰ったときからだろう。
そしてラウンドテーブルに入れば、これからどんなことが待ち受けているのか……俺は楽しみでしょうがねぇ。
きっと俺は、不良の仮面をかぶった子供なのかもしれないな。
返事はもうすでに決まっている。
「なら、俺をラウンドテーブルに入れてくれ!」
「うむ、いい返事だ。では、今日はこれでお開きとしましょう。必要書類は私の方で用意しますから、アルト・キシナミは自宅の方に帰っても結構ですよ。あらためて明日、迎えの者をよこしますから」
「分かりました。よろしくおねがいします!」
俺の願いを言うまでもなく、それが叶ってしまった。
俺が王様に言おうとしていた事は、騎士になりたいという事。ここに来るまでずっと無理だと決めつけていた。だけど、王様の言葉にシビれてそのことを伝えようとしたとき、向こうからその誘いが来た。
これは絶好のチャンスだった。
手放すわけにはいかなかった。
明日から、そのラウンドテーブルに入団する。
そのことに俺は胸のあたりを熱くしながら、クラウディアとともに馬に乗り、帰路に着いた。クラウディアの後ろに乗っていたときに思ったことが一つある。
おとなのじょせいってってすげー!
やっぱり、俺って締らない男だな。