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第二章『強さを求めた果てに』《これからの道》

第二章スタート。

ここから物語は大きく動き出すと思います。

様々な変化がもたらされたことによって、歩斗は何を考えるのでしょうか?

  1


 俺こと岸波歩斗(キシナミアルト)は今日もパン屋の手伝いをしている。

 店主のフェリスは現在、お得意先である宿屋にパンの配達をしている最中。

 だから俺に店番の仕事を任された。

 以前ならいったん店を閉めなくてはならなかったのも、俺が来たことによって店を開けたままでいられる。これは大きな変化だと思う。まぁ、俺はすげー大変なんだけど。


「すまない、ブロード・ホームズ・ベーカリーというのはここなのかな?」


 店内に入ってきた奴は、それはものすごい美男だった。しかし、その姿は見慣れないもので、白地に青いラインが入った軍服のようなものを着ており、さらには腰に剣をぶら下げている。

 なんだよ、物騒だな……誰だよコイツ。


「ええ、そうですが」


 俺はこの三日間、フェリスに怒鳴られながら言葉使いを直された。やはりフェリス一人だけに接客をやらせるのには限界があったみたいで、結局俺にも接客をやらされた。

 最初は乱暴な言葉使いで客を怒らせてしまうわ、フェリスに迷惑をかけちまうわで散々だった。


 俺はともかく、お世話になっているフェリスに迷惑をかけてしまったのは、さすがの俺でも悪い事をしたと反省し、出来る限りの丁寧語を意識して話すようにした。けど、すぐに直せるわけもなく、結局フェリスに怒られながら指導を受けることになった。

 そして、今の俺がある。最低限の礼儀くらいは出来るようになっていた。


「そうか。ならもうひとつ問おう。アルト・キシナミというのは……お前か?」

「そうですが、何か?」

「ふむ、なら剣を持っているのだろう? 岩に刺さったあの剣を」


 ちょっと待て、なんでそんなことを目の前の美男は知っているんだ?

 それに、なんでそんなことを聞いてくるんだ?


「なぜ知っている、という顔をしているな。だが当たり前のことだ。突如として現れた男性で、ここでは珍しい名前をしている。更に、お前が働いているこのパン屋はこのドゥームニアでは有名で人気のある店だ。噂が凄いスピードで広まっていくのは世の(ことわり)というものだろう。そして、お前が現れた時期と、教会の前にあった剣がなくなった時期が一致する。確信を得るにはそう長い時間はかからないさ」

「はぁ、長々と説明ありがとよイケメン君。それで、俺に何の用だ?」


 美男の口調がいけ好かない俺は丁寧な対応をやめて、挑発の意味を込めていつもの喋り方に戻す。


「本当に剣を抜いたようだな。どうやった?」


 しかし、美男は気にしない。あからさまな挑発には乗らなかった。

 いけ好かねぇ野郎だ。めっちゃムカつく。


「どうやったって……俺は別に何もしてねーよ! 引き抜いたらそのまま抜けた。それだけだ」

「ただ引き抜いただけ……? まさか、本当にお前が選ばれし者だというのか!?」

「どうやらそのようだな。あの神父の証言は本当の様だ」


 いつの間にか店内に剣を引っ下げた新たな人物が現れていた。

 今度は女性で、先ほどの美男と同じように軍服のようなものを着ている。よく見れば、彼女の軍服の様な服のラインの色が、先ほどの美男と違い赤色だった。あの色分けには何の意味があるんだ? いや、そんなことよりも、この女は何なんだよ。

 姿格好はとても大人っぽく、口調は固いものの表情には柔らかさを残している。

 茶髪を背中の中間まで伸ばしている長髪で、黒い瞳がラインスと呼ばれた美男のことを見ていた。


「はじめまして、アルト・キシナミ。私の名前はクラウディア・フェイロン。以後、よろしくたのむ」

「は、はぁ……。で、何の様っすか?」

「それなんだがな、岩に刺さっていた剣について聞きたいんだ。君が持っているのではないのか、ということになってな。間違いなら間違い。持っているなら見せて欲しいんだ。持っていようが持ってなかろうが、君に危害を与える気はない。どうだ?」

「はぁ、そういうことなら……」


 俺は一度自分の部屋に戻って、ボロ布に巻いてある剣を持ってくる。その剣は、特別な装飾があるわけでもない。黄金でできているわけでもない。何の変哲もない銀色に輝く剣だった。


「確かに、あの岩に刺さっていた剣だな。もう一度問うが、アルトはこの剣を引き抜くことができたのだな?」

「じゃねーと俺が持ってるわけがねーよ」

「それもそうだな。実は、ユクラシア・カストゥス様がこの剣の持ち主に会いたいと仰ってな。どうだ、来てくれるか?」

「ちょっと、そんな急に言われても困るんっすけど。俺はこの世界に来たばかりで――」


 自分が愚かな発言をしてしまったことに気付いた時にはもう遅かった。言うにしても、もう少し言葉を選ぶべきだった。この世界に来たばかり? この言葉をどう誤魔化せと? 俺のアホ!!

 案の定、目の前の男女の騎士は俺に疑問の眼差しを向けてくる。

 やはりと言うべきか、ツッコまずにはいられないらしい。ラインスという騎士は俺に詰め寄ってきた。


「お前、今何と言った? この世界に来たばかりだと……どういうことだ!?」

「あー、えっと、それはだなぁ……。俺って、この世界の住人じゃないんっすよねー。元々俺は魔法も奇跡もない世界の人なんで、あは、あははは」


 こんなすっとんきょうな話、信じてもらえるだなんて思っていない。

 だけど、これが真実なのだから、ありのままを話すだけ。そうじゃなければ、これ以外になんて言えばいいんだよ。

 少しの間の後、クラウディアとかいう女の騎士が口を開いた。


「それが(まこと)ならば、ただ事ではない。もし元の世界への帰還を望むのなら、きっとユクラシア様が協力してくれるだろう」


 女騎士の口から出た話は意外なものだった。異世界から来た、という現実味のない話が通ってしまった。これも、奇跡や魔法がごく身近にある世界だからこそだろうか。

 本当なら、こんな話をした時点で狂人だと思われても仕方がないはずだけどな。

 そんなことよりも、女騎士は重要なことを言った。

 元の世界への帰還を望むのなら、協力してくれるという話だ。


「それが本当なら、俺はそこに行かせてもら――」


 言葉が途切れる。

 それがなぜかは俺には分からないが、実のところ素直に喜べなかった。

 俺の心の奥底に帰りたくないという気持ちがあって、どっちが俺の本当の気持ちなのかが分からなくなっている。俺は、いったい、何を考えているんだ?

 なんでだよ? 元の世界に戻れるかもしんねーんだぞ!? どうして躊躇なんかしてんだよ俺は!!

 心の中で叫ぶしかない。心の奥底で渦巻く何かに俺は困惑している。

 その正体も分からないまま、容赦なく話は進んでしまう。


「どうした? 来てくれるのだろう?」

「あ、あぁ……。俺は、えっと、その――」


 そのときだった。


「ごめんね、アルト。一人で店番任せちゃって――」


 このパン屋の店主であるフェリス・ランが帰ってきた。

 そして、フェリスはこの光景に唖然とする。俺と違ってフェリスはこの世界の住人であり、目の前の二人の騎士のことを彼女は良く知っているはずだ。


「ラウンドテーブルの象徴騎士(シンボルナイト)の二人が、何でこんなところに?」

「アナタが店主のフェリス・ランさんですか。私はラウンドテーブル団長、ラインス・ロックです」

「同じくラウンドテーブルのクラウディア・フェイロンです」

「ラウンドテーブル? なんじゃそりゃ?」


 象徴騎士(シンボルナイト)だとかいう奴は神父のおっさんから聞いているから分かる。神様の力を借りて奇跡を起こす騎士の事だ。だけどラウンドテーブルっていう言葉は初めて聞いた。


「そうか、こことは違う世界から来たのだから、私たちの事が分からないのか。簡単に教えましょう」


 クラウディアとかいう女騎士がわざわざご丁寧にラウンドテーブルってものを説明してくれるらしい。ありがたいな。


「ラウンドテーブルというものはこの国、ドゥームニア王国の国王ユクラシア・カストゥス直属の騎士団の名前だ。君は象徴騎士(シンボルナイト)という言葉も聞いた事はないか?」

「いや、それは神父のおっさんに聞いた。神様の力を借りて奇跡を起こす騎士、だよな」

「その通り。一二名の象徴騎士(シンボルナイト)を中心とするラウンドテーブルは、国王に認められた強者でなくてはならない。そしてその長を務めるのが――」


 美男は一歩前に出て言う。その行動ひとつひとつが鼻につくのはなんでだろう。


「ラインス・ロックだ。ラウンドテーブルの団長を務めている」


 イケメンで最強の騎士団の団長だって? そりゃ、そんな態度を取ってられるわな。とてもいけ好かない野郎だ。さぞモテモテなんだろうさ、ケッ。


「そして彼女はクラウディア・フェイロン。弱冠一七歳でラウンドテーブルに所属。そしてその一年後には奇跡を使えるようになり象徴騎士(シンボルナイト)の称号を得た」


 頼んでもいないのにクラウディアという女騎士についても教えてくれるイケメン野郎にしたくもない心の中で感謝をした。ありがとよ、ふん。


「結局のところ、何でラウンドテーブルが来てるの……? ご用件は、何ですか?」


 フェリスからしたら当然の疑問だ。何かを伺うように、ゆっくりと、声を震わせながらフェリスは問う。それに、クラウディアが答えた。


「この、アルト・キシナミが抜いたという例の岩に刺さった剣について聞きに来たんだ。それで、彼を国王に紹介することになってな。もし不都合がなければ、今すぐにでも彼を連れていきたいのだがよろしいか?」

「え!? あ、あの! なにか、マズいことにでもなったんですか!? もしかしてアルトは捕えられて拷問されたり……? ちょっと、どうにかならないんですか!? ねぇ!!」


 何を早とちりしたのか、フェリスは一人で取り乱してクラウディアの肩を掴んで激しく揺さぶる。それを見たラインスは慌てて止めに入った。


「おい、落ち着くんだ! 別にそんなことにはならん。言っただろう、紹介すると。彼をユクラシア様に紹介するだけだから安心しろ」

「は、はい……」

「落ち着いたところでもう一度問おう、彼を連れて行ってもよろしいか?」


 ラインスはフェリスに再確認する。一応、俺は現在仕事中で雇われの身であるため、勝手に連れて行くわけにはいかないはずだ。

 こういう対応をするのは結構。

 俺の雇主にまず確認を取るのはとても丁寧な対応とも言えよう。


 だが、事前に連絡も入れず、いきなり押しかけるという対応はどうなんでしょうねぇ。

 いくら国王直属の組織だからといって、ここまで好き勝手が通る道理などないはずだ。


「ちょっと待てよ。よくよく考えてみりゃ、アンタらが事前に連絡していればこんな混乱を招く事なんてなかったんじゃないのか? どうなんだよ、いきなり押しかけた()()()()()騎士団さん?」

「それは私から弁明させくれ」


 クラウディアはそう言って一歩前に出た。


「まずは、こちらの無礼に対して詫びよう。いきなり押しかける形となってしまい申し訳ない。彼が剣を持っていると発覚し、ユクラシア様へと報告したところ、すぐにでもコンタクトを取れと言う命令を下されてな。本当ならあなたの言う通り文書か何かで事前に事情を報告するべきなのだが、国王の命令となれば事は急を要するので手荒なマネをしてしまった。改めて言う、申し訳ない」

「事情は分かりました。後は本人の意思に任せます。アンタはどうするの?」


 フェリスは返事を返して俺の目を見つめる。そして、クラウディア、ラインスの二人も俺の事を見てきた。

 俺は先ほど行くと言いかけた。だけど、また心の中で渦巻く何かによって、行く、という結論がなかなか出てこない。この二人に着いていったら、この三日間のような生活がなくなってしまうと感じたからだ。


「フェリス、俺は……」

「どうしたの? 行くの? 行かないの? はっきりしなさいよみっともない!」


 フェリスから喝が入る。

 そうだ、今の俺は男らしくない。ほんと、どうしちまったんだろうな……。

 どうもこの三日間で俺という人間は何から何まで変わってしまっていたみたいだ。とても居心地の良い場所に酔っていただけで、ずいぶんと柔らかい人間になってしまっていた。それは悪いことじゃない。きっと、良い方向に俺は変化したはずだ。


 でも、その小さな空間だけで満足していいのか?

 この世界にはまだまだ知らないことで溢れているはずだ。忘れかけていた少年の心を、冒険心を、そんな感情を駆り立てられるようなことがまだまだあるはずだ。

 人は常に視野を広げていなければならない。そうしなければいつまでも無知なままだ。何の成長もしないあまちゃんのままだ。

 それでいいのか?

 何も知らなければ楽だろう。嫌なことから目を背けて、目先の楽しいことだけを見て生きていけばその人の中では幸せだろう。


 でも、それでは悪いことをしなくなっただけで、今までの生き方と何も変わっちゃいない。何も考えないで、惰性で生きてきた今までと同じ、目標もなければ生きがいもない。

 そんな生き方をしていて楽しいのか?

 違う。それだけは絶対に違う。俺はこの世界に来て色んな初めてを経験した。素直に楽しいって思ったんだ。こんな、クズな俺でも変われるはずなんだよ!


 もう、大きな流れに身を任せて惰性に生きるのはこれでやめだ。これからは俺が俺の為に考えながら生きていく。そう決めたんだ……!

 だから、俺は変わってみせると決意した。

 これまでの自分を捨てて、新しい自分を作り出して歩みだす。……いや、これまでの自分は捨てるべきじゃない。背負っていかなければならないのだ。今までの自分とこれからの自分。その二つとともに歩んでいかなくてはならないのだ。


 前を向いて突き進む。それは結構。だが、後ろにあるものはどうでもいいのだろうか。

 それは断じて違う。今までの過ちまでを捨ててしまったら、それこそ新たにスタートラインを切ったとしても同じ過ちを繰り返すかもしれない。

 だからこそ、すべてを抱え込むのだ。

 これからの新しい自分の為に。


「フェリス、腹をくくった。行くぜ、俺は。ラインスとクラウディアつったか? 俺をその国王様の下へと連れて行ってくれよ。俺も会いたくなっちまったからな」


 もう流されたりはしない。

 これからは自分で考えて、自分で行動すると決めた。


「了解した。ラインス、出発の準備だ」

「分かったよクラウディア。アルト、その剣を持ち、彼女と共に馬に乗れ。城へと向かうぞ。いいな?」

「ああ、分かったよ。よろしく頼むな」


 フェリスは、彼の背中を見つめる。これまでのようなゆったりとした時間がなくなってしまうような気がして、それはちょっと寂しい事だと思った。

 俺は振り向いて、フェリスを見据える。


「ちゃんと伝えないとな。ちょっと待っててくれるか?」

「構わない」

「どーも」


 ラインスの許可をもらった俺はフェリスに近づく。


「とりあえず、二階に行ってフローラのところに行こう」


 フェリスは頷き、俺と共に二階に上がりフローラの部屋へ。

 いつも通り、本を読んでいる彼女。先ほどまであれだけ大声で話していたというのに、なぜこんなにも集中していられるのだろうか。彼女は本当に本の世界にトリップしているかのようだった。


「フローラ。ちょっと話がある」

「え? あぁ、なんですかアルトさん」

「俺な、決めたんだよ。ここでうだうだしていても何も始まらない。だからさ、もっと色んなことを知るためにちゃんと自分で考えることにした」


 正直、俺の言っていることは俺の心の中にある気持ちを鑑みないと理解できないだろう。だけど、何も知らないはずのフローラは何かを察したのか、ただ頷いてくれた。


「……そうですか、分かりました。頑張ってくださいねアルトさん。応援してますよ!」

「おう! じゃあ、フェリス、フローラ、行ってくるよ」

「……なんか寂しい感じがするけど、別に永遠のお別れってわけじゃないのよね。アンタ、何か決心したみたいだから引き止めることもしないし安心しなよ。頑張りなさい!」


 これから、歩斗は国王の下へと向かう。そこで何が起こるのかは誰にも予想できない。

 でも、俺には確かな想いがあった。

 まずは、それを国王ユクラシア・カストゥスに伝える。

 それによってどう話が転がろうが関係ない。その場に応じたことを考えて行動するのみだ。俺がやりたいことの実現のために、努力すると決心したのだから。


「じゃ、行ってくるよ」


 俺は、フェリスとフローラの二人を残し部屋から出ていった。

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