第一章『君と会うために』《エリナ・スウェール》
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いつもの日課として、フェリスは教会に売れ残ったパンを提供している。それは、身寄りのいない子供たちに向けてのものだ。
俺が初めてこの地に降り立ったときにいた小さい子供たちは、全員両親を失い、教会の神父にお世話になっているという話だ。
フェリスとフローラもここの教会に一時期お世話になっていたらしい。
両親が死んで、パン屋を引き継がなければならなくなったフェリスとフローラが安定した仕事ができるまで、ずっとお世話になっていたと、フェリスは話してくれた。
日課となっているパンの無料配布は、その恩返しということになるのだろうか。
一日ぶりとなる始まりの場所。
俺は再びボロ布に剣を包んで持ってきていた。そして、元々刺さっていた岩の元へと近づく。剣の先が入りそうな小さな穴。試しにその穴に剣を刺してみると、剣先はピッタリとはまった。
「なぁフェリス。この剣を抜いてみてくれよ」
それはちょっとした好奇心だった。
フェリスはパンの入ったバスケットを地面に置き、剣の柄を握りしめて抜き取ろうとするも――。
「何よこれ! 抜けないじゃないっ!!」
見た目からして力いっぱいやっているのが分かる。
でも、それだけ力を込めても抜けないという事がはっきりと分かってしまった。
案の定、俺がその剣の柄を握って引き抜くと、まったく力を入れていないにも関わらず簡単に抜き取る事ができた。
「やっぱり、この剣はアンタにしか抜けないみたいね」
「あぁ……俺って一体何なんだろうな」
「やっぱり、神父様が言ったと通り何らかの天命を受けたんじゃない? もしかしたら、凄い強い人になるかもしれない」
「俺が? 魔法も奇跡も使えないよそ者だってのに?」
「だからこそじゃないの? この世界の人間じゃないからその剣を抜くことができた。そういう考え方もあるんじゃない?」
確かにそういう考え方もある。しかし、そうなると一体何が俺をこの世界に連れて来たんだ? それを判断するには情報が足りな過ぎる。
ただ、まだ焦る時間じゃない。まだこっちに来て一日しか経っていない。別に急を要する事じゃないんだから、焦らず、ゆっくり情報を掴んで行けばいい。
「おや、こんばんは。毎日すみませんねフェリス」
教会の扉を開けて出てきたのは昨日も会った神父のおっさんだ。
とても優しい表情をしていて、親切にしてくれたとても良い人。俺はこの神父のおっさんを結構信頼している。
「一日振りっす、神父のおっさん」
「今日も余り物ですけど、パンを持ってきたのでみんなで食べてください」
フェリスはパンが入ったバスケットを持ち上げながら言った。
「はい、分かりました。では、みんなを呼んできましょう。みなさんアルトさんに会いたがっているんですよ」
「はぁ!?」
「あらあら、人気者ねぇアルトぉ?」
神父のおっさんは一度教会の中へと戻り、子供たちを呼びに戻った。
何やらニヤニヤしながら見てくるフェリスに、俺はちょっとだけ苛立った。
くっそ、何気持ち悪い笑みで見てくんだよこのアマは!?
「アルトのおにーちゃんだぁ!」
扉を勢いよく開けて出てきたのは元気な子供たちだった。昨日と変わらず、元気な温かい笑顔がとても眩しく感じる。
俺を囲むように子供たちが群がり、あっちゃこっちゃに引っ張り回される。
「お、オイ! 引っ張んな、危ねーだろうが!」
「ハイハイいいかなー。今日もパンを持ってきたから、みんなで食べようねー」
『はーい!!』
フェリスのかけ声に、子供たちは元気よく返事をする。
すると今度は一斉にフェリスの下へと駆け寄り、パンを取り合う。
「ほら、ケンカしないの! 仲よく分け合いましょうね」
俺には、子供たちを相手にしているときのフェリスがとても大人びて見えた。まるで、お母さんのような雰囲気を醸し出していて、意外と母性を感じさせる人だと思った。
すると、俺の袖を誰かが引っ張った。
振り向くと、そこにいたのは小さな女の子。見た目は小学生か中学生くらいだろうか。金髪をポニーテールにした、青い瞳のとても可愛らしい女の子がパンを持ちながら俺を見ている。
「どうしたんだ?」
問いかけると、手に持ったパンをを差し出してきた。
「ん? え、えっとぉ……えぇ??」
どうしたらいいか分からずにあたふたしていると、青い瞳の女の子はこれでもかというほど手に持っているパンをアピールしてくる。
「ほらアルト、受け取ってあげなさいよ」
「あ、えっと、くれんの?」
「うん……。一緒に、食べよ?」
おどおどしながら小さな声でぎこちなく喋るその女の子。別に断る理由もないので一緒に食べる事にした。
フェリスとともに三人で湖がよく見える場所に腰を落とし、女の子二人はパンを千切って食べ、俺はパンにかじりついた。
夕日で赤く見える湖がとても綺麗で、食事を取るには最高にいい場所だ。
「なぁ、名前は何ていうんだ?」
その女の子に名前を聞いてみた。
しかし、その女の子はもじもじしながら俯き、一向に喋ってくれない。さっきからの様子からしてとても恥ずかしがり屋らしい。
「あー、おいフェリス。この子の名前は?」
「あはは……。もっと積極的にならないとね。この子の名前はエリナ。エリナ・スウェールっていうの。ほら、自分からもちゃんと言って」
「あの、え、エリナ、です……」
「おう! よろしくなエリナ」
不良の俺でも、さすがに小さい子供には優しいさ。自分でも気持ち悪いと思ってるけどな。まぁ、とにかく恥ずかしがって上手く喋れないエリナのためにも、俺は元気よく話かけてあげた。
「う、うん……。ありがと、アルトのおにーちゃん」
エリナはちょっと笑顔になり、先ほどまでの硬い表情が柔らかくなっていた。
その横で、ニヤニヤしながらフェリスは俺の事を見てくる。
「あらあらあら~? 子供には随分優しいのねアルトぉ。アンタ、キャラブレ過ぎよ?」
「うっせー! 気持ち悪いかもしれねーけどな、さすがの俺でも子供には優しくすんだよ悪いか!」
「ほほーう。意外とアンタはいいお父さんになるかもね」
「はぁ!? 俺が父親とかねーから!」
「ふふふ……フェリスおねーちゃんとアルトおにーちゃんが私のおとーさんとおかーさんだったら楽しそう」
『っ!?』
エリナが言った衝撃の言葉に思わず俺とフェリスの二人はパンを喉に詰まらせた。両者ともに思いっきり咳き込むと、エリナが二人の背中を小さな手でさすってくれた。
なんて優しい子なんだ。エリナは天使かよ。
「な、何を言ってるのかなぁエリナ? 私がコイツの妻ですってぇ!?」
「お前こそ落ち着けよ! エリナはだったらいいなーって言っただけだろうがよ!」
「うん……。フェリスおねーちゃんは優しいし、アルトおにーちゃんも優しいし、強いし。いいなーって思ったの」
エリナは不慣れな感じでちょっと大きめの声で言った。
それに、エリナが俺のことを“強い”と言ったのは、昨日のならず者撃退の件があるからだろうか。あれは火球を剣で打ち消せなかったら大火傷間違いなしな状況だったので、運が良かっただけだ。あれがなければ俺は負けていたに違いない。
落ち着きを取り戻したフェリスはふぅ、と溜息を吐く。
「……そう。ごめん、取り乱した。そうね、アルトのおにーちゃんは強いもんね」
「うん!」
フェリスはエリナの頭を撫でながら微笑する。それは今日まで見たことがなかった表情であった。彼女は本当に色んな表情する。この一日だけで十分過ぎるほどに彼女の表情を見て来たと思う。それはもう、前から一緒にいたような感覚に陥るくらいに。
「あのね、えっとね、その……」
エリナは最初こそは勢いよく言葉を吐いたものの、徐々に小さい声になってしまった。
俺はそんなエリナを見て、いつにもないくらいに珍しく優しい表情をしてあげた。
「なんだよエリナ。はっきり言ってみな?」
「明日も、一緒に、食べて……くれますか?」
エリナにとっては一生一代の告白だったからだろうか。ぎこちなく、言葉を途切れ途切れになりながら顔を真っ赤にして言った。
「おう、大丈夫だぞ。じゃぁ、また明日も一緒に食おうな」
「……うん!」
パァっと表情が明るくなって、眩しい笑顔を向けてくるエリナは子供らしくて、それにとても可愛らしくて、そんな彼女を見た俺は思わずエリナの頭を撫でてしまった。
あ、しまった。と思いながらも、エリナ本人は嬉しそうだったので良しとする。
「やっぱ、アンタはいい父親になるわ。割と本気で」
「あ……」
くっそぉ、弱みをフェリスに弱みを握られちまった……今後何言われるか分かんねぇ。
頭を抱えてガクガクと震えながら、そうして一日は過ぎていった。
それから更に三日ほど経ち、俺もここの生活に慣れて来た。
ご近所の人や、客に顔と名前を覚えられてきた今日この頃。
日用品なども買い揃えて、ようやくこの世界での生活があらためてスタートしたかと思った時だった。
奴らが現れた。
このドゥームニア王国を守護する、国王ユクラシア・カストゥスに仕える騎士団『ラウンドテーブル』が。
これで第一章は終わり。
第一章は岸波歩斗、フェリス・ラン、フローラ・ランの三人のキャラクター性を分かってもらうための章でした。
第二章から物語はようやく動き出します。
歩斗が引き抜いた剣についての言及があるかも!?