第二章『強大な力の果てに』《レールの上を進む者》
第二章です。
何かが動き出すこの世界の秘密とは――?
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どこかで何かしらの力が働いた。その存在は不明。だがとても強力で、しかしどこかしらの脆さが垣間見れるそれの影響力は計り知れなかった。
どこかで巨大な力が動き出した。それは人間ではない。人間よりも強力で、たちの悪い存在が今、動き出してしまったのだ。
しかし、その力の動きを見る事ができる者はおらず、ミシミシと、着実に近づいているのに気付く者は当然誰もいない。
この力に気が付いていれば、もしかしたら対処ができたかもしれない。悲しむ者はいなかったかもしれない。
無意識下の悪意はすぐそばにあるというのに……。
◆
「お、イグニスのおっさんじゃねーか」
声がした方を向くと、そこにいたのはペディ・ナイヴスだった。
「なんだい、今日も小難しい話を繰り広げているのか?」
「まぁそうだな、お前さんが聞いても分からないような話をしているよ」
「ふーん……。そうだ、一つ気になる事があるんだけど……聞いてもいいかい?」
「なんだ、思い立ったかのように」
「これは前から気になっていた事だよ」
一呼吸の間を空けてからペディはは話し出す。
「ナイトメアの襲撃からのこの国、なんだかおかしくないか?」
その言葉の意味を、私はすぐに悟った。
そう、今のこの国の現状について、分かる人ならば気付いているはずだ。
先日のナイトメアの騒動。あれはアルト・キシナミの活躍によって幕を閉じた。
それによってもたらされたのは、彼の名前が広く知れ渡ったという事である。彼は誰しもが抜けなかった謎の剣を引き抜き、そして強くなっていった。最終的にはナイトメアの討伐までもやり遂げたんだ。
もはやそれは――。
「例の男、政治のおもちゃにするには優良物件すぎるよなぁ」
「…………」
私は黙り込んだ。しかしその目に宿る感情までは隠し通す事はできなかったらしい。ペディと目と目が合った瞬間、で笑いだしたのだから。
「まぁいいさ。政治に関しちゃあ、アタイはド素人だしな。アイツがどうなろうとアタイの知ったこっちゃあない。でも、キシナミの野郎なら、どんな事になっても大丈夫だろうさ」
「ゴロツキ出身同士、何か分かる事があるのか?」
その質問に、ペディは再び鼻で笑った。
「知らねー。でも、アイツの目はこの前とは違うものになっていたのをアタイは見たぜ。なんなら話してみればいいんじゃねーの? アイツは中庭で訓練中だぞ」
「ふん、そうだな。ナイヴスの言う通りキシナミという少年と話をしてこようと思う」
「そうかい。ならいってらっしゃいイグニスのおっさん」
手を軽く振りながらペディは去って行った。
そして訓練が行われている中庭まで来た私は、ひとまず何が行われているのかを見る事にした。
今は教官を務めているクラウディア・フェイロンとその他騎士たちが各々組手を取っているところみたいだな。騎士には、剣術だけではなく体術も求められる。剣や馬が使えない状況になった時、頼れるのはその自分の身体のみだからだ。
「それでも先輩なのかよ? ちょっと弱すぎるっての!」
おうおう、威勢の良い男だな。先輩を躊躇なく投げ飛ばすとは。
だがそれでいい。誰かが最強であろうとすれば、それに対抗しようと皆は努力するからな。今のラウンドテーブルには良い刺激になっているのだろう。
さて、久しぶりに暴れてやるとするか。アルト・キシナミ、その力を私に見せてくれ。
「アルト・キシナミ!」
訓練中の騎士たちは、一斉にこちらを向いた。クラウディアの嬢ちゃんも、私を見て驚いとる。まぁ、歳も歳だし、今や外交が主な仕事になっているからここにあまり顔を出さんからな。
「ドレッドさん!? いったいどうして……」
「いやぁ、私も気になっていてね。アルト・キシナミという新入りの騎士殿が、どれだけ強いかをな」
「へぇ……おっさん、俺と組手でもする気か?」
「あぁ、そのつもりだ。では、早速行くぞぉ!!」
私は勢いよく飛び出す。
まだまだ私は戦えるようだな。自分の体の衰えを感じさせないほど、この足取りは軽かった。それは、キシナミがどのような男なのか胸を躍らせているからなのか?
「っ!?」
彼はこの突進を避けるだけで精いっぱいの様だった。しかし、これでは終わらんよ!
私はそこから急に動きを止め、足を後ろに上げて蹴りを入れる。
「ちょ!?」
彼はそれを手で受け止めるが、その衝撃までは受け止めきれずに、体が吹き飛んだ。
「どうしたどうした? こんなにも若いお前さんは、こんな年老いたおっさんに負けちまうほど弱っちいのか?」
「うっせえ! 俺が一方的に勝っちまったらただの弱い者いじめみてーになっちまうだろうが!」
ふん、顔が真っ赤だぞ少年。だが、それだけ軽口を叩けるなら心配いらんな。
これからコイツは成長し続ける。叩けば叩くほど、強靭な剣ができる様に。
「わはははははは!! そうかそうか。しかし遠慮はいらん、どーんとかかって来い。私はこれでも象徴騎士の称号を持っているからな。お前さんが私を殴っても弱い者いじめにはならんから安心せい!」
「ぐっ……じゃあ、本気で行かせてもらうぜ!」
体全体を大きく使い、キシナミは私との距離を一気に詰めて来る。
なんと、そこまで大きく動けるのか。
大胆でシンプルな動き。だからこそ、そこには大きく力が籠められる。
大きく引く腕。体を捻りながら、より強力な拳を叩きだすために特化させたその動きは、少々単調過ぎた。容易く私はそれを避けた。そう、避けてしまったのだ。
私はあの力を受け止めきれるとは思えなかった。
そう――キシナミは私に避ける選択肢をさせたのである。
なるほど。君はそういうスタイルなのか!
なんとも真っ直ぐだが、しかしシンプルに強い。攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。彼は相手との距離を常に詰める事によって、自分の間合いにずっと居続ける事が目的であろう。そして、一方的に攻撃を仕掛ける。
彼の大きめの身体と、ケンカ慣れした身のこなし方があってこそのスタイルだ。
普通の騎士ならば、上手く立ち回ろうとして一定の距離を常に開けたがるもの。
しかし、キシナミにはその考えはない。
魔法や奇跡といった遠距離から攻撃する術を持たない彼は、距離を無理やり縮める事によって弱点を埋めようとしているのだ。相手に魔法や奇跡を使わせないように、その隙を与えまいとする。
それが彼の戦い方。
「さすがは悪魔を倒しただけはある。その身のこなし、戦い方、本当に強い。しかし、それでも勝つのは私だがな」
キシナミの猛攻を避け続ける。その攻撃を避けるのは容易かった。
確かに彼は私に避ける選択肢を取らせた。だが、それだけだ。そこから私を追いつめるには至っていない。
余裕な表情の私を見て段々と焦りを見せ始めるキシナミ。
焦りは迷いを生む、ムダを生み出し、それによって隙を見せる事に繋がる。
そして一瞬、彼の体がブレたように見えた。それは気のせいなどではなく、確かにキシナミは身体のバランスを少しだけ崩したのである。
あれだけダイナミックな動きを続けてきたのだ、それでボロを出さないわけがない。
これをチャンスだと思った私はすかさずキシナミの腕を取るなり、彼の体を攻撃時の勢いを利用して吹き飛ばす。その体は宙を舞い、彼は背中から芝の上に叩き付けられる結果となった。
「ぐふぅ!? ま、負けた……?」
「ははは!! まだまだ甘いのぅ。だが、悪くはない。悔しかったら鍛錬に励むんだな若いの」
キシナミは芝生に寝っ転がったまま動かなかった。
これは落ち込んでいるわけじゃないはずだ。
その証拠にキシナミは静かに、その拳を力強く握りしめた。
その様子を見て私は微笑むが、しかし、すぐにその表情を変える。
これでは政治家どもの思うつぼだ。
アルト・キシナミ、お前は着実に政治家どもが敷いた道を歩んでいる。だがそれは、彼にとって必要不可欠な事でもある……。くっ……!!
私は軽く手を振り、クラウディアに後を任せて去った。




