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第一章『自分というもの、他人というもの』《象徴って?》

  5


 俺は休日を利用して教会に来た。今日はフェリスと一緒ではなく、一人でここまで来た。 なぜかって言えば、とてもじゃないがフェリスに相談できる内容じゃないからだ。


「神父のおっさん。久しぶりっす」


 今日はこの教会の神父に用事があって来た。それは、この世界の事をより深く知るために。そして、自分を理解し、これからどうすればいいのか、その道を示してくれるのはここの神父のおっさんしかいないと思ったからだ。


「おや、珍しいですね。あなたがここで一人でやってくるとは。子供たちを呼んできましょうか?」

「いえ、今日は神父のおっさんに用事があって来たんです」

「私に? とは言っても私がアルトさんにお役に立てるかどうか……」

「神父のおっさんじゃないとダメなんですよ。客観的に判断できる人じゃないと、ダメな事なんですよ」


 騎士でなく、そして人生経験豊富な人ではないとダメなんだ。

 俺の悩みはこの世界を理解する事と、倫理観など自分の見方に関する事を聞きたい。なら、これに対応できる人物と言えば、俺の人脈からは一人しかいない。


「ちょっとしたお悩み相談の相手でもしてくださいよ」


 神父のおっさんは少し驚いたような顔をすると、すぐに微笑みへと変わった。それはもう、大切な子供を見るかのような雰囲気で、とても嬉しそうなものだった。

 そんな神父のおっさんを見た俺は、ズキリと、胸が痛んだ。この世界に来て――いや、ここに来る前からずっと会っていない両親の事を思い出してしまったからだ。

 その優しい微笑みはまるで親のようで、何かがこみ上げてくるのを感じた。

 それを、必死で抑え込む。

 そんな様子を見た神父は心配してくれた。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」

「そうですか。では、立ち話もなんですし、中に入って座りながら話しましょうか」


 俺と神父のおっさんは教会の中に入って適当なところに座る。子供たちはここにはおらず、どうやら奥の部屋の中にいるようだ。


「では、その悩みとは何でしょう?」


 俺は話した。ここ最近の悩みを。この国の事が全然分からず、姫であるクィナヴィアについても全く分からない。そして、国民が抱いているクィナヴィアに対しての感情について、俺は理解できないでいる事を。


「アルトさんはこの世界の人ではないですから、分からないのも納得できます。アルトさんが暮らしていた世界では姫様のような国の象徴たる人物はいなかったのですか?」

「いや、いるんだよ。天皇っつー、国の象徴となる人物が。でも、その人に関する事は基本的な事だけしか学ばなかったし、どういう風にその人を見ればいいのかも詳しくは教えてくれなかったんだ。日本の象徴である事、そして敬う対象である事。この二点だけは教わった。でも、具体的にはどういう風に敬えばいいのかが分からねーんだ」


 俺は今まで天皇に関する知識をまったく身に着けれていない。だから、俺はこの世界のドゥームニアの象徴、クィナヴィア・カストゥスの関して理解する事が難しいのである。


「それじゃあ……まずですね。象徴、と言う言葉の意味を説明できますか?」


 神父のおっさんはそんな質問をしてくる。しかし、今までマトモに勉強してこなかった俺は答えに詰まってしまった。何となく、概念的なものは分かってはいるが、それを言葉にして、説明するとなると話は別である。


「よく分かんねーや」


 頭をかきむしる。すると神父は微笑んだ。


「例えば、アルトさん。あなたが入団しているラウンドテーブルの象徴騎士シンボルナイト。彼らは騎士の象徴として存在していますが、それはどういったものかは分かっていますか?」


 この質問に対して腕を組みながら、うーん、と唸りながら考えた。この質問なら少なからず分かる気がした。


「象徴騎士シンボルナイト……そうだな。騎士の中でも最強である連中だって事かな」

「そうです。象徴騎士シンボルナイトは最強の騎士の集団だという認識のもとに成っています。騎士に限った話ではなく、アルトさんの世界にも何かありませんか? あなたの住んでいる国を象徴する何か」


 日本といえば、富士山や桜、日の丸といったものがある。しかしそれは、一介の山でしかないし、花でしかない、ましてや日の丸は赤くて丸いマークでしかない。


 深く考えれば考えるほどに分からなくなっていく。頭を悩ませる俺に神父は答えた。


「象徴というものは異質なもの同士なのですよ。何かを見たときに、違う別のものをイメージできる。姫様を見るだけで、このドゥームニアという国を感じられる。象徴とはそういうものなのです」


 なるほど、そういう事か。富士山を見れば、桜を見れば、日の丸を見れば、日本という国をイメージできる。同じく、とてつもなく強い奇跡使いの騎士を見れば象徴騎士シンボルナイトを、最強の騎士団を、またドゥームニアの国自体をイメージする。


 象徴というのは抽象的な概念を何らかの形として表現される事を言うんだ。


「でもさ、何がどうしたら象徴とされるんだ? 俺は姫様を見てもこの国の象徴とは思えないんだよ。目の前にいる姫様は普通の女の子にしか見えなかったしさ、それは俺が変なのか?」

「それはですね。歴史や神話等を知らないとどうしようもない事なんですよ。何かしらの取っ掛かりがあれば、アルトさんも姫様がこの国を象徴する人なのだと実感できるでしょう」


 要は、この国をもっと知り、姫様その人をもっと知る事によってその認識を変えられるという事だ。何も知らない俺にとって、この感覚は極当然だという事を、神父は話してくれた。


「もしかすると、アルトさんは周りとは違う疎外感を感じてしまうかもしれません。ですが、焦らずに、この国の事をゆっくりで良いですから分かっていく事が大事だと、私は思いますがね」


 そう神父は言ってくれた。その言葉で歩斗は体が軽くなったような気がしてくる。

 優しい声でそう話してくれた神父に感謝し、この場を立ち去ろうとしたが、その時ある女の子に発見されてしまった。


「アルトのおにーちゃん?」

「ん? エリナか」


 金髪をポニーテールにした、少し小柄の女の子。エリナ・スウェールが物陰から顔をちょこっと出していた。恥ずかしがり屋な彼女は顔を赤く染めながら、顔を覗かせるだけでこちらに来ようとはしなかった。


「帰っちゃうの?」

「え? あー、本当は神父のおっさんと話しするだけだったけど、ま、せっかく来たんだからお話しようか」

「うん!」


 俺の提案に、人が変わったように目を輝かせて駆け寄ってくる。その小さな身体が体にぶつかってくるが、エリナの事をしっかりと受け止める。そのはしゃぎっぷりに俺は似合わず顔を綻ばせた。


「おいおい、そんなに嬉しいか?」

「だってだって、最近アルトのおにーちゃんとお話してなかったから……」

「そうか、そういえば最近あまり来れてなかったな。じゃ、外に出てお話でもしようか」


 最初に出会ったときに比べてエリナは明るい子になったと思う。名前すら恥ずかしがって教えれなかったエリナが今や満面の笑みを向けてくる。まぁ、その恥ずかしがり屋な気質は完全になくなったわけではないのだけれど。


 エリナと手をつなぎ、外に出るために扉を開けた瞬間、


「はぇ?」


 思わず俺は変な声を上げてしまった。なぜなら、教会の扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、この国の最強の騎士軍団、ラウンドテーブルの象徴騎士シンボルナイトの一人、ブルース・オブリージュだったのだから。


「キシナミさん……!?」

「お前は確か……ブルース・オブリージュ、だったよな?」

「はい、そうです! っていうか、なぜキシナミさんがここに?」

「いやー、ここの神父のおっさんには色々とお世話になってて。で、今日は相談に来たってとこかな」

「そういえば、キシナミさんが使っている剣って、ここにあった誰にも抜けなかったっていう岩に刺さっていた剣ですよね? そうか、ならここの神父さんと知り合いなのも頷けます」


 そしてブルースは目線を落とし、エリナの顔を確認するなり笑顔になると、頭を撫でてあげながら言った。


「久しぶりだねエリナちゃん。少しは恥ずかしがり屋なとこ、直ったみたいだね。うん、よかったよかった」

「ひ、久しぶり、です。ブルースおにーちゃん……」


 俺のときと違って、まるで初めてエリナと会った時を思い出される。恥ずかしがっている彼女を見るのは久しぶりかもしれない。


 エリナは教会のみんなと積極的に一緒に遊ぶようになったし、恥ずかしがり屋な気質は直ってきた。なのに、ブルースと対面するとこうなってしまった。あまり会えていない事が原因なのか?


「ブルース、お前はこことどういう関係なんだ?」

「そういえば言っていませんでしたね。ボクは元々この教会でお世話になっていた孤児だったんです。でも、今はこうやって騎士やってて、しかも象徴騎士シンボルナイトという肩書まで貰っちゃって。ここの神父さんにはお世話になりっぱなしなんですよ」


 へぇー、そうだったのか!

 フェリスとフローラもこの教会に孤児としてお世話になっていたという話で、今や国を代表するパン屋を営んでいる。そして今度は象徴騎士シンボルナイトときた。この教会は優秀な人を育成する施設か何かなのかよ。


「おやおや、随分と久しい顔を見ましたね。ブルースさん、元気でやっていましたか?」


 後ろからブルースの事を確認した神父のおっさんがこちらへと寄って来た。


「お久しぶりです神父さん。もう元気いっぱいでやってますよ!」

「それはよかった。ブルースさん、せっかくの機会です。アルトさんとゆっくりお話をしてみてはどうでしょう?」


 突然の提案だった。しかし、俺にとっても、ブルースにとっても、これは神父の言う通り良い機会だと思った。


 これから騎士として生きていく上で、相談したい事がある。色々と考えなくてはいけない時期に来ている事は昨日、ペディにボコボコにされた事で大いに思い知った。


 俺はナイトメアを倒し、ある程度の名声を得る事ができた。奇跡と魔法は使えずとも、持ち前の腕力でそれをある程度はカバーできている。つまりは、それなりに騎士としての立場を確立する事ができたんだ。

 なら、今度は騎士としてこの国を守っていく上で、どういう想いで、気持ちで、色んな考え方を聞いて、それをまとめて自分で考えなくてはならない。


「ブルース、後輩として色々聞きたい事があるんだが、いいか?」

「えぇ!? ボクに……ですか? えっと、い、いいですよ!」


 俺はエリナと手をつなぎ、ブルースと共に外に出た。湖のほとりにある木の下、日陰となっているところに腰を下ろし、エリナはあぐらをかく俺の足の上にちょこんと座った。


 なんだよエリナ、甘えん坊さんだな。


「キシナミさん、ボクに聞きたい事って、な、なんでしょうか?」


 緊張しているのか、妙に言葉に詰まってしまっているブルースであったが、俺は特に気にせずに話す。


「この前、姫様に色々言われて思った事があるんだよ。何をすべきかは分かった。でも、それをするには何が必要なんだ、って。俺に足りないものって、何なんだ?」

「足りないものですか? ボクとキシナミさんはこの前会ったばかりだから、大した事は言えませんけど……クィナヴィア様と話してるキシナミさんを見て、ボクは土台がないのかな~って思いました」

「土台?」

「自分と言うものの理解、いわゆる自己というものが確立していないって事です」


 なんか可愛い顔してる割にはトゲのある言い方するじゃん……。

 まぁ仕方がないか。俺はまだまだひよっこなんだから。


 それにしても、自己……自分というもの、か。

 確かに、俺は自分というものが未だ確立されていないのかもしれない。目標はできたけど、それ止まり。未だ自分を理解できていないらしい。。


「参考にさ、ブルースは自分の事、どういう風に理解してんのか教えてくれよ」

「ボクはガタイもよくないし、力もあまりありません。この女顔と小さな体にコンプレックスを抱いています」


 その自分の嫌な部分をどういう風に捉えるのかが問題って事か。


「でも、この小さな体は視点を変えれば強大な武器にもなるんです。大柄な人とは違って素早い動きができる。複雑な動きができる。それを理解して、磨けば、誰よりも上に行く事ができる――いや、できたんです」


 そうか、自分の短所を、いかに見方を変えて長所に変えるのか、って事だな。

 悲観的じゃなくて、それをポジティブな方向性で考えるのが大事なんだ。


「だから自分の長所と短所、それを自分で理解してあげる事。それが自分を理解する第一歩だとボクは考えています」


 けど、それって――


「何だか簡単そうで難しいな」


 自分の長所というものは中々理解しにくいものだ。短所はいくらでも出てくるのに、なぜか長所があまり出てこない。聞いた話だけど、これは日本人特有の考え方みたいだし、この世界の人物には中々理解し難い部分なのかもしれないな。


「難しくても何とかしないといけませんよ。ボクはペディさんにこの事で怒られた事がありますから」


 何かを思い出すかのように、大切な言葉を思い返すように、ブルースには幼さが残る顔にも、少し大人っぽい表情が出てきた。

 それは何か大切な事が反映されたかのようだった。


「自己が確立されていない奴は騎士としての国民を守るっていう責務を負う立場になるのは許されねー事なんだ、って。自分で思い知った事だから、これは間違いないって。そう言っていました」


 俺は黙り込んだ。返事も返せなかった。今までの想いは、全て中身が空っぽの妄言でしかなかったという事になってしまったから。

 何が『この国を守る』だ。何が『死んでいった仲間の分まで』だ。自分の事すらままならないのに、そんな事ができるはずがないじゃないか!!


「お、お前から見て、さ。俺って、どこが長所なんだろうか?」


 不安に駆られながら、俺はブルースに問う。


「そうですね。本当なら、自分で見つけて、理解しなくちゃいけないんですけど、キシナミさんが悩んでいるみたいですから、ボクの個人的な意見を言いますね。それが答えになっちゃうかもしれませんけど」


 ブルースはそう前置き、


「ボクから見て、キシナミさんのそのガタイと力はうらやましいと思いますよ。先ほども言いましたけど、ボクは体が小さくて、力もあまりないですから。だからその代わりに違う部分を鍛えたんですけどね」


 その言葉を受けて考え込む。脚の上に乗っているエリナは考え込んでいる俺の事をじっと見つめるが、気にせず思考に耽る。


 そんな俺に嫌気が刺したのか、エリナは頬を膨らませながらトントンと胸を叩く。彼女の力では痛くないのだが、思考の中に閉じこもってしまっていた俺を現実に戻す事くらいはできた。


「エリナ? どうしたんだ?」

「えと、あの、なんでも、あり、ません……」


 自分の気持ちを正直に伝えられないエリナは、そのまま俯いてしまった。しょぼんとした表情になったエリナの頭を撫でてあげ、俺はとりあえず謝った。


「構ってあげれなくてゴメンな。せっかく久しぶりに会ったってのに」


 顔を赤くしながら、エリナはチラリと俺の顔を見ながら言う。


「アルトのおにーちゃんは、誰よりも強くてカッコいい騎士なの。悪い奴をやっつけてくれる、正義の味方なんだからね」

「エリナ……」


 俺は思った。エリナがそう言ってくれたように、フローラが言ってくれたように、フェリスが言ってくれたように、俺はみんなにとって正義の味方であるらしい。みんなが抱えるヒーロー像は人それぞれかもしれないが、一つだけ言える事がある。


「俺のこの剣が切り裂くのは悪意。俺は、悪意を切り裂く騎士なんだ。……なら目指すのは一つじゃねーか」


 俺はエリナの頭をポンポンと優しく叩き「ありがとな」と慣れない笑顔でお礼を言った。


 エリナのおかげで自分が目指すべき姿を見据える事ができたんだ。

 ブルースみたいに小難しい事を考えるのは自分らしくないと思った。クヨクヨしたって始まらないし、正直頭はそこまで良くないんだ。なら、まず行動した方が、よっぽど性に合ってる。


「ありがとうブルース。色々と参考になったよ、お礼と言っちゃなんだが、俺に頼みたい事とかないか? 協力してやるぜ?」


 ブルースは目を見開いた。どんどん顔を赤らめていくその顔を左右に振りつつ、何やら一人でぶつぶつ言い出す。こんな事頼むなんて、とか、恥ずかしい、とか、でも自分一人では、とか。


「お~い、どうしたんだ~? そんなに恥ずかしがるとか、もしかして……愛の告白に関してのお悩みですか~?」


 そう言った瞬間の事だった。ブルースの頭が茹でタコのように真っ赤になって、湯気まで出てきたんですけど……え、何これ、図星だったの!?


 そしてブルースは目を回しながらその場に倒れ込む。

 びっくりした歩俺とエリナは急いでブルースの様子を見るが、ただ単に気絶しているだけだった。


「エリナ、これってもしかして……」

「うん。アルトのおにーちゃんが思った通りだと、思うよ?」

「だよなぁ……。うっし、ならいっちょ協力してやろうじゃないか。エリナも協力してくれるか?」

「え、私も……?」

「嫌か?」

「ううん!! 私も協力する!」


 こんなにも嬉しそうにするエリナは初めて見たかもしれない。こんなにも喜んでくれるなら、誘った甲斐があったというものだ。


 そして俺はニヤリと笑った。その笑みは、悪人面も相まってより悪そうな人になっていたのだが、それはエリナも同じだった。可愛らしい顔をしているエリナもニヤリと、嬉しそうに、悪い顔をしていた。


 エリナマジ小悪魔だわぁ。

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