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第一章『自分というもの、他人というもの』《姫様と騎士たち》

  3


 二日後、ついにその時は来た。

 ラウンドテーブルの騎士たちは、このティジュエルの街中の至る所に配置されている。その目的はもちろん、今日この国へ戻って来る姫様、クィナヴィア・カストゥスの護衛だ。


 俺はいつも通りキャロル・クーパーとのコンビで配置されていた。

 その場所は城内。場所としては一番楽な場所となれば、姫様が到着するまで時間がまだまだあって暇なんだよなぁ。

 キャロルはその暇つぶしにと、俺に話しかけてきた。


「結局アルトと一緒の班なのね」


 嫌味たっぷりに言ったその言葉は、俺の表情を変えるのに十分な破壊力を持っていた。

 良い度胸じゃねぇか。あんなにも俺にアピールしてきたアレは何だったんですかねぇ?


「なんだよ、なんで嫌そうなんだよ」

「いや、ちょっと前の私なら喜んでいたかもしれないけどさ、今となっては……ねぇ?」


 あれからほんのちょっとしか経っていないのに、あの頃は若かった、とも言えるほどに、なぜかは知らないけどキャロルが俺に露骨にアピールしてきた時期もあった。


 ナイトメアとの戦いの後、より本格的に騎士として働き始めた俺と共に行動していたのだけれど、一緒に居る時間が長すぎたのだろうな。お互いに慣れ親しみ過ぎてしまったために、友達という感覚の方が大きくなってしまったんだ。


 その結果、俺がキャロルの事を容赦なくイジるようになって、漫才コンビのような関係になってしまった。こうなったらもう、あの頃の関係には戻れない。


「あー、その、正直スマンかった」

「そう思うなら私の扱いどうにかならないの?」

「ならんな」

「即答かよッ!?」


 女の子らしからぬ表情でツッコむキャロルは、すでに俺の中でネタ要因となってしまっているのはもはや取り返しのつかない事柄だ。


 ここからキャロルが再びヒロインのような立場に舞い戻るには、とてつもない事が自分の身に起こり、カッコよく俺が助けるような、素敵な展開でもない限りはおそらく不可能だろう。ま、そんな事考えてる時点でありえないけど。


「ほら、そんな顔やめろよ。この国の姫様にそんな顔みせたら失礼に当たるだろ」

「ホント、アルトって容赦なくなってきてるよね」

「ほら、俺って不良だし?」

「こんなの不良とは言わないわよ! ただの意地悪な人ですぅー!!」


 頬を膨らませながらぷんすか怒るキャロルは、とても可愛いマスコットの様に見えた。

 思わず頭とか撫でたくなる衝動に駆られるが、その行為はとてつもなくハイリスクな行いだと、俺はギリギリのところで自分を抑制した。


「コラお前ら、雑談に(ふけ)っている場合ではないぞ。もう少しで姫様が到着なさる。そろそろ気を引き締めろ」


 そう喝をいれたのはクラウディア・フェイロン。騎士団ラウンドテーブルの象徴騎士シンボルナイトだ。その彼女は当然のごとく城で待機している。到着した姫をもてなすのは象徴として君臨している騎士の務めなんだろう。


「了解。……ところで一つ質問良いか、クラウディアさん」

「なんだ?」

「何で俺ってここで待機してんの? 俺みたいなひよっこは街中での護衛に回るのが普通じゃね?」

「アホか貴様は。先日のナイトメアを倒したのはどこの誰だ? 貴様だろう。そんな貴様が、姫様が到着なさった後に何もないと思っているのか?」

「おぅ……そりゃそうだ」


 この国の姫はこのドゥームニア王国という国の象徴であり、その人がナイトメアの騒動の後に帰還するとなれば、もちろんその騒動についての話をする事になるだろう。そして、そのナイトメアを倒した俺が姫の前で話さなくてはならないのは当然だ。

 クラウディアさんの隣に立っているラインスが続けて言う。


「ユクラシア様のときも結局自分の言葉になってしまっただろう? 今度こそは粗相(そそう)のないようにな。今度の相手は姫様なのだから」


 しかし、俺にはどうにもそういう関係性が分からないでいた。

 王とか、姫とか、俺にとってフィクションの世界でしかなかったこのような関係性の中に立たされるのは初めてで、どうしたらいいのかも分からない。仕事の上司と部下という関係とも違うし、敬う対象というのは意味が分からない。


 小学生の頃から天皇様はどうだとか習ってきたけど、聞くだけで実際にその人と対面した事もないからどういう気持ちで対面すればいいのだろうか?

 ただ単に言葉遣いをちゃんとする、という次元の話ではない。


 国の象徴。


 そういう存在の意味するところや、在り方など、俺は分からないでいる。

 いくら考えようと想像できない。


「なぁ、姫様は国の象徴なんだよな? それって、つまりどういう事なんだ?」


 俺はラインスに向かっていった。

 しかし、その意味が分からないラインスは首をかしげる。


「どういう事だ? 何が言いたい?」

「何て言うかな……。この国の人として、姫様はどういう存在なんだ?」


 しばらく考えるそぶりを見せるラインス。なぜか、隣に立っているキャロルまで腕を組んで考えていた。


「そうだな。アルトは元々この世界の住人じゃないから分からないかもしれないが、姫様はこの国の歴史、伝統や文化を見守ってこられた方々だ。そして、誰よりも平和を願っていらっしゃる方でもある。だから俺たちは姫様を敬っているんだよ」

「そうか、なるほどな」


 そう口では言っているものの、根本的なところまでは分からず仕舞いだった。

 とにかく、今は姫様に会って実際に話をする。そうすれば、クラウディアさんや、一昨日フェリスと話した内容も理解できるはずだ。そう思って、俺は再び姿勢を正して立つ。


 しばらくして、姫を乗せた馬車が城に到着した。

 ラインス、クラウディアさん、岸波歩斗、キャロル、そして俺の四人はその馬車の近くまで駆け寄り、(ひざまず)く。


 まず馬車の中から現れたのは赤毛の女騎士。そしてその後出てきたのは、それはもう美しく、きらびやかな金髪、整い過ぎている顔立ち、優しげな表情、馬車から降りて立つだけの動作だというのに、その動作一つひとつがとても上品に見える立ち振る舞い。


 一昨日フェリスが言ったオーラという意味が分かった気がする。


「クィナヴィア様、ご無事でなりよりでございます」


 ラインスの言葉に姫様はとても柔らかい口調で返す。


「ラインス様、頭をお上げなさい」

「はッ!!」


 その柔らかい言葉とは裏腹に、ラインスの言葉はシャキッとした強い口調だった。

「先の悪魔との戦い、とても大儀でありました。聞いた話によると、命を落とした騎士様が三名もいるだとか。その事にわたくしはとても心を痛めました。ですが、その命があってラウンドテーブルの皆様はこの国を救ってくれました。ラインス様、ラウンドテーブルの代表であるアナタにこの言葉を送ります。心から……感謝いたします」

「もったいなきお言葉です」


 ラインスに微笑むクィナヴィアはまるで女神のように、俺の目にはこの世の人間とは思えないほど美しく映った。


「時に、かの悪魔を討伐した騎士様と言うのはどなた様でしょうか?」


 そのクィナヴィアの言葉に俺は反応できなかった。まさかこのタイミングで指名されるとは思わなかったから。突然の出来事に頭の中が真っ白になる。

 隣にいるキャロルが小さく肘でツンツンしてきてようやく我を取り戻した俺は勢いよく立ち上がり、言い放った。


「俺――じゃなくて。自分、じゃなくて。拙者、でもなくて、えーっと……あー、私であります!!」


 その時、周りの空気が変わっていくのを感じた。空気がとても冷たくなったような気がして、鳥肌になってしまうような寒気に襲われた。

 や、やっちまったー!! 何で敬礼してんの!? この世界じゃこんな事しないっての!!

 この世界の人であるラインス達からしてみれば、不思議なポージングをしている人にしか見えないはずだ。


 ゆえに、俺は姫様の前で変な事を言い、変な格好をしている無礼な人にしか見えないだろうな。


「……ふふ」


 誰かが小さい笑い声を出した。その笑い声はとても上品で、そのような人物はここに一人しかいない。クィナヴィア・カストゥスだ。


「面白い騎士様ですね。お名前はアルト・キシナミ様、でよろしかったでしょうか?」

「は、はい。俺が、アルト・キシナミです」

「そんなに緊張されなくてもいいのですよ? あと、使い慣れない言葉も無理して使う事はありません。現に、ペディ様は言葉使いに気を使っていませんから」


 姫様はペディという赤毛の騎士の方を見て言った。

 そして、そのペディは俺の事を見てニヤつきやがった。その表情は嘲笑の意味が込められているのがよく分かる。それに加え、まるで同族を見ているような感覚にもなった。あの悪人のような表情は、自分に通ずるものがある。


「分かりました。努力します……」

「えぇ、そうしてください」


 微笑みを向けてくる姫様がそう言った後、表情を引き締めて更に言葉を続ける。


「この度の悪魔討伐、誠に大儀でありました。ラインス様にも言いましたが、あらためてこの言葉を送ります。心から感謝いたします、アルト様」

「は、い。ありがとう、ござます」


 途切れ途切れになりながらも、俺は返事を返した。

 姫様のその言葉がなぜだか心に響き渡り、耳には残響として残る感じがした。別にその声が大きかったわけじゃない。目の前の存在は、自分と変わりない人間だ。住む世界は違えど、根本的なところは全く同じなはずだ。


 彼女は人間。


 そして自分も人間。


 ではなぜ、その声が耳に残る感じがしたのだろう。


 彼女が姫という立場にあるからなのか? この国の象徴として君臨しているからか? それとも、それ以外の理由で彼女は特別な存在だから?


「いつまでもここで話すのも疲れるでしょう。城に入って座りながら話しましょうか」


 ふたたび微笑むクィナヴィアは俺たちに背を向けて、城の中へと入って行く。

 それに付き添う赤毛の女騎士……えっと、ペディ・ナイヴスだったか?

 それと子供みたいな奴。アイツも象徴騎士(シンボルナイト)なのか?

 そして、少々年老いている騎士は、それについて行かずにラインスの前に立った。


「久しぶりだなラインス。一か月振りか」


 その渋い声が、耳に響く。


「一か月経っても相変わらず渋い声してますねドレッドさん。どうでしたか、グウィンの政治家たちは」

「あぁ、ヤバいかもしれん。無能の金魚の糞がチラホラと見受けられたよ。本当に優秀な奴は埋もれてしまっているのが現状だ」

「だからこその協定か。ドゥームニアの戦力が欲しいだけというのが見え見えだな」

「あぁ。だからと言って、こちらがどうこうできるわけでもないのも現実だ。グウィンに助けられているわけだしな」

「何かあれば、存分に利用させてもらう、ってわけか」

「その通りだ。まぁ、長話をここでするのもなんだろう。もっと詳しい話は中に入ってからだ」


 鼻で笑ったイグニスとかいう奴は軽く手を振って城の中へと、クィナヴィアを追いかけるようにして入っていった。


 俺には、彼らが話している内容が理解できなかった。この国の情勢がまるっきり分からないし、他の六つの国についてもわけが分からない。

 この国に来てから一か月程度だけど、分からない事だらけだと痛感させられた。

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