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第一章『自分というもの、他人というもの』《人の考え方》

  2


 その晩、二日後に向けたお姫様の護衛についての会議を終えた俺はフェリスが運営しているパン屋、ブロード・ホームズ・ベーカリーに帰って来た。


 俺はここに住まわせてもらっている。きっかけは、この世界に来た時に偶然そこにフェリスがいたからってだけ。まさに運命的な出会いだ。


 最初はここで働いていたけど、騎士になると決めた俺はやむなく仕事をやめた。


 一応、暇なときはお手伝いしているものの、仕事の手伝いを条件に住まわせてもらっていたので俺は申し訳なさでいっぱいだった。

 フェリスはこの事を許しているから、そのご厚意に甘えている。


「ただいまー。フェリスー、風呂湧いてるか?」


 そう言うと、パン工房の方から彼女が現れた。

 茶髪をツインテールにし、頭にバンダナをかぶっている女の子、フェリス・ランだ。

 その体は起伏が少なく女性らしいとは言えないが、その顔は可愛い部類だろう。


「おかえりアルト。お風呂は沸いてるからいつでも入っていいわよ」

「おう、さんきゅー。でさ、聞きたい事があるんだがいいか?」

「聞きたい事?」

「あぁ、この国のお姫様、クィナヴィア・カストゥスの事だよ」


 今日の会議で、俺はその姫の護衛任務について聞かされたが、その人についてまでは詳しくは聞いていない。

 その場の騎士たちに聞こうと思ったのだが、会議の後はそれぞれやらなくてはいけない事に追われる事になったので聞く事は叶わなかった。


「クィナヴィア様? あー、そうねぇ……。とてもカッコいい印象はあるわね」

「カッコいい?」

「うん。クィナヴィア様はこの国の象徴。姫としての風格はマネしようとしてもマネできない。いいとこ育ちのわがまま姫とかじゃなくて……本当に見てるだけで凄いと思ってしまうようなオーラがあるの」


 この国の象徴――俺が真っ先に思い浮かんだのは天皇だった。日本における天皇はその国の象徴として存在しており、敬いの対象とされている。


 この国の姫君、クィナヴィア・カストゥスも同じような感じなのだろうか?


 話を聞く限り、それは天皇と何ら変わりないみたいだ。国民から敬われ、国の象徴としている。


 俺としては、元の世界の天皇についてはよく分からない。そもそも知ろうとしていないのだから当たり前だ。天皇の概念は何となく分かっていても、その歴史など、詳しい事はまったく分からないのが正直なところ。

 学校教育では意図的に避けられている部分でもある。現代社会においては結構デリケートな問題でもあるのだ。したがって、そういう教育を受けてきた俺は天皇について何も学んでいないも同然なのかもしれない。


 俺はこの国のお姫様なんだなー、としか思っていなかった。あまりにも軽いこの考え方は、元の世界の住人だからなのかな。そういう国や政治に関しては無関心な若者。その体現者みたいだなまったく。


「オーラねぇ……。俺にはよく分からねーや」

「まぁ、アンタは違う世界から来たんだし、しょうがないんじゃないかな。そもそも姫様を見た事すらもないんだから。アンタも一度見れば色々と分かるんじゃない?」

「そうだといいんだけどな」


 やはり、どうしても興味が湧かない。

 フェリスがせっかく説明してくれたのにこの様だ。ただ軽い返事だけで終わらせてしまうのは、無関心である証拠。特に思う事もなく、ただ聞き流すだけ。


 いや、無関心と言うよりは、分からない事ばかりで自分の中でどういう考えに至ればいいのかが分からないとも言える。


「てか、そもそもなんで姫様の話になったの?」

「その姫様が明後日帰ってくるんだよ。それで俺たち騎士がドゥームニアの警備をするってわけさ」

「明後日!? 急ねぇ……それはもしかして、この前の悪魔騒動のせい?」


 やはり、フェリスは急な情報に驚きを隠せれない。


「その通り。あの騒動で予定してた日に帰ってこれなかったんだと。で、騒動が収まって、安全が確認できたから帰ってくるってわけさ」

「ほえー。なら、明後日は忙しくなるわね」

「なんでだ?」

「姫様が帰ってくるのよ? そしたら、一目見るためにみんな外出するでしょ? つまり、私の店で買い物してくれる人が増えるって事でしょ? ふふふ……売り上げを上げるチャンス、それを活かせずに営業者は語れないわね」


 今でも十分に儲けているというのに、これ以上儲けようとするとはフェリスは経営者の鑑なのだろう。いや、確かにマトモに動けないフローラを養うためにも五体満足、いたって健康体のフェリスが頑張って稼ぐしかない。


 でもちょっと頑張りすぎでじゃないか?


 だけど、俺はそれを言う資格はない。だって、この仕事を辞めてしまったのだから。

 俺はこう言うしかない。


「まぁ、なんだ、体壊さない程度に頑張れよ。それと、お店の方、全然手伝えなくてゴメンな」

「何言ってんのよ、そんなの今更じゃない。アルトはさ、こうやって騎士としてこの国を、そして私たちを守ってくれてるんでしょ?」


 フェリスは俺に近づいて手を握りしめる。そして、目と目が、視線が重なった。フェリスの瞳は吸い込まれそうなほど黒く、そして潤んでいる。視線を外せない。


 そんな中、俺は「ああ」としか言えなかった。


 そして訪れる沈黙。二人ともそろって見つめ合う姿は、傍から見れば恋人の様にも見えただろう。

 しかしここには俺とフェリスの二人しかいない。だから俺らのこの空間を遮る者はなく、この沈黙を打ち破る事はなかった。


 しばしの間の後、階段から降りてきた女の子によって、この沈黙は破られる事になった。


「あ、アルトさん。帰ってたんですね、おかえりなさい」


 パッと慌てて手を離し、不自然なほどに二人そろってその女の子の方を見る。

 その女の子はフェリスの妹のフローラ。姉と同じ茶髪だが、体の起伏は姉と違ってある。


 しかし、その手や足などは病的に細い彼女は、体が少々不自由だ。自分の部屋から階段を下りて一階に降りるだけでも壁を支えにしないといけないくらいに。


 なぜ、フローラがこのように体が弱くなってしまったのかは分かっていない。


「あれ? 二人して何してたの?」

「え? いやー、なんていうかー、なぁフェリス!」


 思わず見つめ合ってしまっていただなんて口が裂けても言えない。言えば、フローラからゴミを見るような目で見られてしまうからだ。少し前に似たような事があったが、フローラのご機嫌を取るのにだいぶ苦労した覚えがある。


「なぁ!? 私に振るの!? えと、お風呂湧いてるよって話をしてただけだよ」

「ふ~ん、そうなんだ。あ、アルトさん、一緒にお風呂入りましょうか?」

「何言ってんのフローラ!? 年頃の女の子がそんな事言っちゃいけません!!」


 フローラの突然の提案に言葉がしどろもどろになってしまう。そんな俺の様子を見て、フローラは小悪魔的な表情になりながら、


「冗談ですよ~。ふふ、面白いですねアルトさん」


 くっそぉ。なんだか、段々肩身が狭くなってるような気がする。

 男より女の方が強いのはどこに行っても一緒なのか?


「……アルトさん、変わりましたね。もうすっかり丸くなった気がします」

「そう、かな?」


 フローラにそう言われても、いまいちピンとこない。俺は変わった気はする。

 あのナイトメアとの戦いの最中(さなか)、奴が見せた夢の中から脱出するために、自分の中に存在する悪意をあの剣で断ち切った――はずだ。なら、自分は変わっているはずなんだ。


 だけど、いまいち俺がどう変わったのかが分からない。これから自分がやらなくて行けない事は、あの戦いで命を落とした仲間のためにも、その人たちの代わりに国を守る事だ。


 それは分かってる。


 目標は分かっているのに、周りが変わったと称してくれている意味が俺は分からない。


 俺はどう変わったのだろう?


 本当に、自分の中の悪意を消し去る事ができたのだろうか。

 分からない。分からないが、フローラはとにかく明るい笑顔を向けてくれていた。


「はい、とっても!」


 その笑顔はまぶしくて、自分の悩みが吹き飛んでいくように感じた。

 そんなものは些細な事でしかないと、その笑顔でそう思ってしまう。

 とにかく俺はこの世界で生きている。そして目標を持って行動している。

 まずはそれでいいのかもしれない。

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