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第一章『君と会うために』《城下町テジュエル》

  2


 教会から離れた俺とフェリスは、どんどん街の中へと入っていく。

 ちなみに岩に刺さっていた謎の剣は、ぼろ布に巻いて隠しているので、見つからない限りは問題にはならないはずだ。つーか見つからないでくれ。


「ここがフェリスが住んでる街か?」

「そうよ。ドゥームニア王国の中心、ティジュエル。城下町のここは一番栄えている場所と言っても過言ではないわ」

「ふーん、そんなところでパン屋やってるのか。さぞ儲かってんだろーな」

「儲かってるっていうか……うん儲かってるわね」

「じゃあ、忙しい仕事になるな」

「そうよ。覚悟しておくことね!」

「へいへい」


 周りを見渡せばレンガや石、木で造られた家ばかりで、鉄筋コンクリートで建てられた建物は見つからない。本当に小説の中にでも入ったかのような光景に、俺はなぜか心を躍らせた。


 街の中心部へと近づくにつれて人が多くなっていく中、何かとあいさつされるフェリス。隣に男を引き連れて歩いているせいか「おや、フェリスちゃんのボーイフレンドかい?」と言われる始末である。そのたびに、フェリスは顔を真っ赤にして否定し続けた。


「まったく、どう見たら私たちがカップルに見えるのかしら? どう考えたって、こんな悪人面した男が私の恋人になるはずないのに。ね?」

「いや、ね? って言われてもなぁ……。一応俺は男だし、そんな風に否定されると悲しくなるんだっての。俺だって、好きでこんな顔してるわけじゃねーんだよ」

「おやおや~? なに、もしかしてその年になって恋人とかできたことないの? うわー、可愛そうな人生だねぇ。同情するよ、うん」

「そういうお前はどうなんだよ? そんな貧相な体つきでカレシができるだなんて思えねーんだよなぁ。しかも、お前の性格はたちが悪い。そうやって、男を煽る時点でモテる可能性はゼロだな」

「あ、アンタに何が分かるってんのよ!? ほ、ほら、私はこの街で人気のパン屋さんなんだから、告白の一つや二つ……三つ? くらいあるわよ!」


 フェリスの反応は実に分かりやすかった。俺の言葉に動揺しまくり。声が震え過ぎて、半分くらいまともに聞き取れない状態だった。どうやら、俺の言ったことのほとんどが図星だったのかもしれない。


「あー、はいはい分かったての。この街でフェリス・ランさんは人気者で男性からも一つや二つ、たぶん三つほど告白されたんですね。分かりました分かりました」

「ぐぬぬ……ほ、本当なんだから! これからお世話になる人に向かってなんて態度なのよ!? もういい、さっさと行くわよ!」


 ぷんすか怒りながらフェリスは一人でどんどん前へと進んでいく。置いていかれると迷子確定なので、俺は慌てて彼女を追いかける。


「お、おい、待ってくれよ! 土地勘ない奴置いていくなんてひでーぞ!」


 それからお店につくまでの間、フェリスは一言も喋ってくれなかった。

 しかし彼女が営むパン屋の目の前に立つなり、誇らしげにない胸を張って言い放つ。


「さて、着いたわよ。ここが私のパン屋さん。ようこそ、ブロード・ホームズ・ベーカリーへ!」


 ショーウインドーの向こうに様々な種類のパンがたくさんそこに並んでいて、店の外でもバターの良い香りが漂ってくる。すげーお腹が空く匂いだからまた腹が鳴りそうだが、フェリスに何言われるか分かったもんじゃないので、ここはぐっと堪えた。


「ふふーん、驚いた? いいお店でしょ? お父さんとお母さんから引き継いだ由緒正しきパン屋なんだから! ここで働けるだなんてよかったわね?」


 その言葉を聞いて、フェリスがモテるだなんて嘘だと俺は確信した。こんな嫌味たっぷりな女が男に好かれるだなんてありえないことだと思う。


「はいはい、俺は幸せ者ですなー。ということで、さっさと案内してくれよ」

「そうね。もう辺りも暗いし、中に入りましょうか。あなたが使うことになる部屋は何にもない空き部屋だけど、ベッド位はあるから安心してね」

「りょーかい」


 正面のドアから中に入っていく二人。工房の方とは別の所にある階段を上っていくと、部屋がいくつかあった。

 フェリスはその一つを指さし、言った。


「ここがあなたの部屋ね。それと、ここで暮らすにあたって紹介したい人がいるの。私の妹よ」

「妹? お前、妹がいたのかよ。じゃぁ、部屋は後でいいからさ、すぐ妹さんに俺のことを紹介してくれよ。これからここに住むことになるんだから、早く挨拶しないとな」

「あんた、生意気な態度と口調なくせに、そういうことはしっかりしてるのね。ちょっと驚いたわ」

「べ、別にいいだろ! いいから早くしろよ」

「はいはい」


 何かを悟ったかのように笑うフェリスに、俺は恥ずかしくてたまらなかった。

 笑い合いながら人と話す。そんな風に人と関わったのは、一体いつ振りなのか分からない。少なくとも二年ぶりではあるはずだ。そう考えると、相当ひん曲がった人間関係を結んでいたのだと、俺はあらためて思う。


 この今の状況を心地よく感じてしまっているのは、自分でも嫌気が差していたあのどうしようもない不良生活から離れることができたからなのだろうか。だが、だからといって、俺の人間性まで変わることはないはずだ。暴力的で、面倒くさがり屋な気質は、根強く残ると思う。


「フローラ、起きてる? 入るわよー」


 フェリスはノックをしてから中に入る。

 その部屋にあったのは、たくさんの本棚と、ベッドだけ。


「なに、お姉ちゃん。どうしたの――」


 ベッドで寝ていた女の子は、むくりと起き上がり、こちらを見るなり驚きの表情に変わった。


 一体何に驚いているんだ? もしかして悪人面の俺がフェリスと一緒に居るということを誤解して、何かいけない事でも起こったのではないか、とか思われているのだろうか?


 冗談じゃない。これから一つ屋根の下で一緒に暮らすってのにそんな誤解を招くとか嫌なんだけど。てか、女の子二人の家に転がり込むって、よくよく考えたらとんでもない事なんじゃ……いや、今はそんな(よこしま)な考えを持つのはやめよう。


「あ、えっと紹介するわね。コイツは今日からこの家に住むことになったアルト・キシナミよ。明日からこのパン屋を手伝う事になったから、よろしく。ほら、アンタからも挨拶しなさい!」

「え、ああ、その、えっと、歩斗(アルト)、だ。よろしく」


 フローラは俺と目を合わして外さない。

 なんだ、何を思って俺の目を見つめているのだろう。恐れとは違うし、疑いとも違う。もっと別の、何らかの感情が、その視線にあった気がする。


「その、どうした? もしかして顔が怖い? それだったら悪いが諦めてくれ。これは俺の生まれつきの顔なんで――」

「アルトさん……アルトさんですね!!」

「お、おう……」

「はぁ、そっか、アルトさんかぁ。あ、私はフローラ・ランです。アルトさん、これからよろしくお願いします。色々とお話しましょうね」


 俺の悪人面を見ると、大抵の人は一歩引き気味になる。そのせいで女は寄ってこなかったし、ましてや男友達も中々できなかった。俺に近づいてくるのは、この悪人面のせいで同類だと思っている悪い奴らだけ。


 だけど、フローラにはそんな感情は一切見られない。

 むしろ歓喜といった感情が見えるのだ。

 なんでフローラは俺をそんな目で見ている? 初対面の俺に、どうしてそんな感情を向けられるんだ?

 でも、考えたってその答えは分かるはずがない。


 とにかく今日だけで様々な体験をしてしまったし、まずはゆっくり休んで頭の中を整理させてやる時間が必要だ。


「じゃあ、また明日、な。俺もう疲れて眠てーんだよ。なんだかまともに寝てない感じでさ。じゃ、そういうことで」

「はい。おやすみなさい、アルトさん」


 笑顔で挨拶をするフローラ。彼女の笑顔は、まるで天使のように柔らかかった。どこかの誰かと違って。

 部屋を出た俺は、隣にいるフェリスという少女を見て、


「はぁ……」

「なによその溜息は! 分かってるわよ……もうなんでアンタが溜息をしたのか察してるわよ。そうよね、フローラの方が可愛いわよね! もう怒った! 明日から扱き使ってやるから覚悟しなさいよ!」

「へーい」

「あと、私たちに、えと、へ、変なことしたら、お前の身ぐるみ全部はがして追い出すからね!」

「分かってるっての。俺だって、せっかく手にした寝床を溝に捨てたくないからな」


 じゃあ、おやすみー、と歩斗は手を軽く振って自分の部屋に入る。

 確かに、フェリスが言った通りベッドしかない殺風景極まりない部屋だ。

 しかし、ここで過ごす分には十分すぎる。毛布も何もないところで野宿するよりは何倍もマシだ。今、この世界に迷い込んだ俺にとって、最高と言ってもいいほどの運であろう。こうやって家の中で過ごせるのだから。


 それにしても、どうやって帰ればいいのかねぇ……。

 先ほどから布に包まった剣を握っているが、特にこれといった変化や魔法的なものは感じられない。本当にこれが、岩に刺さって抜けなかった剣なのだろうか。


 俺は今頃になって不安になってくる。抜けないと聞くから、どれだけ抜けないのかと思えば、大して力を入れていないのにその剣が岩から抜けた。正直、呆気なさ過ぎて本当に特別な剣なのかどうかすら不安になるほどだった。


 本当にこの剣が特別な存在だとしたら、この俺は何なんだ?

 別に、あのときのならず者のように火球を出せるわけでもない。凄まじい剣さばきができるわけでもない。ただ単にちょっとケンカに馴れているだけなのに。


 あの神父のおっさんが言った通り、俺が天命によって選ばれた人物なら、特別な力があっても不思議じゃないだろう。だが、俺にはそんな力があるはずがない。今までそんな人間離れしたような力を発揮した事なんてないんだ。

 だとしたら、俺には魔法も奇跡もつかえなかったり? だったら――


「やべぇ、俺帰れないんじゃね!?」


 だが、それも俺の勝手な予想に過ぎない。俺はただただ、願うだけだった。

 いつか、自分のいた世界に帰る方法が見つかりますように。

 おそらく、明日の朝は早い。俺は早々に目を瞑り、夢の中へとダイブした

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