第一章『自分というもの、他人というもの』《勉強中の出来事》
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「この国のお姫様ぁ!?」
悪人面の男、岸波歩斗こと俺は叫んだ。
ナイトメアの戦いから二週間ほど経ち、このドゥームニアの首都ティジュエルの復興も完全に終わろうとしていた今日この頃、ある情報が俺の耳に入って来た。
「そうそう、ようやく帰ってくるのよ。先日のナイトメア騒動のせいで帰国が遅れちゃって。で、明後日帰ってくるってわけ」
人差し指をピンと立て、なんだか得意げそうに話すキャロル。
さて、ここはドゥームニア王国、ドゥームニア城の図書室。
そこで俺は黒髪ショートの元気一杯な女の子、キャロル・クーパーにこの世界の文字を教えてもらっている。なぜ、キャロルが俺にそんな事を教えているのか、と言うと、ナイトメア戦のときに約束したからだ。
無事生き残って帰ってきたら、この世界の文字を教えるという事を。
そして、その勉強の最中にキャロルはその情報を口にした。
「また急な話だな。そういうのって、ちゃんと事前に連絡を入れるもんじゃねーの?」
「あちらも頃合いを見て行動に移したんでしょ? だから急な連絡になったんだと思う」
「そういうものなのかね?」
「そういうものなんじゃない? あ、そこ違う。ちゃんと主語は最初に持ってこないと」
俺が書き取っているこの世界の言語の間違いを指摘するキャロル。
くっそぉ、何だよこれ!!
「……だぁー!! わっかんねぇよ! なんで聞く言葉と書く文字が違うんだよ! 俺をこの世界に召喚した人はなんなの? なんでこんなに中途半端にしちゃったの?」
「知らないわよそんなの。あれじゃない? アルトを召喚した人が天然ドジっ娘だったとかじゃない?」
「じゃあ、俺をこの世界に呼んだのはお前じゃねーか!」
「誰が天然ドジっ娘だ!? これでもアルトの先輩なんだよ私。なんだか最初に会った時よりも扱いが酷くなってない?」
目を丸くしながら訴えるキャロルに対し、妙に落ち着いた雰囲気で俺はキャロルの肩をポンと叩く。そして、意味ありげに目を瞑り、言った。
「時間というのは、残酷なものだね、キャロル……」
「…………」
キャロルは何も言えなかった。
最初こそは先輩として俺に尊敬されていた彼女だが、一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、互いの関係は砕けたものになっていった。
そしてその結果がコレである。
俺はキャロルに対し、遠慮なく酷い事も言うようになってしまったのでした。
キャロルは言わなくてもいい事を口走り、それをネタにいじられ、笑われ、もはやそこにあの先輩面したキャロル・クーパーは存在していなかった。そこに存在しているのはお笑い要因となった女の子だけ。あぁ、なんと悲しい事か。
「なんで……なんでそんな事言うのさぁぁぁぁぁぁ!! 私はアルトの先輩だもん! だからアルトより私の方が偉いんだもん!!」
幼児退行でもしたのではないかと思うほどに子供っぽい言葉を使い、俺の事をポカポカと殴ろうとする。
しかし岸波歩斗、こやつに殴られるほど甘くはない!
ここは身長差を活かして向かってくるキャロルの頭を押さえつける。すると、手が俺の体まで届かないのだ。
キャロルもどうにかして殴ろうと頑張るが、一向に手は届かない。これでも今ではラウンドテーブルの騎士だ。毎日のトレーニングは欠かさず行ったおかげか、この世界に来た頃と比べると、体の作りがだいぶ変わっている。
それはもう、キャロル・クーパーの突進を、右手一本で受け止められるほどまでにな。
「う、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。気が付けば色々とアルトに追い抜かれている気がするよぉ……」
「だけど未だに魔法は使えないしなぁ。奇跡も起こせやしない」
魔法というのはこの世界ではポピュラーな代物で、それは近所の子供たちにだって扱える。この世界の人々の暮らしを支えている存在だ。しかし、それを俺は使う事ができない。
その原因は未だ不明だ。
そして奇跡というものは、神を信仰し、その力を借りて行使する事を言う。これは魔法と違い、限られた人にしか使う事ができない。神に選ばれた者のみが扱え、人を超えた領域を体験する事ができる。やはりこれも俺は使う事ができない。
この世界において、この両方の力を使う事ができない騎士は存在しない。したがって、騎士の生命線がないという状態に他ならない。
しかし俺は先日、この国を襲ったナイトメアという悪魔を倒した事によって、その名声をあげた。
なぜ、魔法も奇跡も使う事ができない俺がそんな成績を収める事ができたのか。
それは俺が持っている剣に秘密がある。
俺の持っている剣はこの国に突如として現れ、それは岩に刺さっていた。その剣はどんな人でも抜く事は叶わなかったのだけれど……それを抜いたのはこの俺、岸波歩斗という、この異世界に召喚された普通の不良男子だったのだ! いや、普通の不良って何だよ。
そんな謎の剣はなんだかよく分からない能力があり、それによって倒すに至った。
その能力は正確な事が分かっていないが、この国の騎士団、ラウンドテーブルのトップ、ラインス・ロックによると『悪意を切り裂く刃』との事。
「コイツが、俺を呼んだ……のか?」
俺は横の椅子に置いてある自分の剣を見つめ、そうつぶやいた。
そのとき、図書室の扉が開く。そこに立っていたのはクラウディア・フェイロン。ウェーブがかった栗色の長髪。そして、とても女性らしい身体でみんなの母親のような人だ。
「ここにいたのかキシナミ。どうだ、この国の文字は覚えられそうか?」
そう言いながら近づいてくるクラウディアさんは俺のノートを覗き込んだ。
「いや、苦労してるよ。聞いてる言葉と文字がちげーから何が何だかさっぱりだ」
「そうか。まぁ、会話はできるんだ。そこは時間をかけて覚えていけばいい。それより、これから会議を始める。貴様らも会議室に集まれ。明後日に控えた姫様のご帰還についての話をする」




