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第四章『悪意を切り裂く刃』《俺の手にある力》

  5


 再びその場は閃光に包まれる。

 リーダーの事を取り込んでいたナイトメアは、その閃光によって吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。まさか悪魔が地べたを這いずる事になろうとは、私は驚きを隠せない。これが象徴騎士(シンボルナイト)。神の力を借り、その力を行使する事ができる反則級の存在……。


「くぅ……! アルトは!? アルトはどうなった!?」


 リーダーは辺りを見回して私たちの事を見つけると、ナイトメアそっちのけでこっちに駆け寄ってきた。


「くそっ! なんだよ、なんで俺だけ立っているんだよ! 立ち上がれよアルト。お前は、お前はその身に宿る悪意を断ち切ったはずだ!」


 そう叫ぶリーダー。でも、私はリーダーの言っている事が理解できない。

 きっとナイトメアに攻撃されて悪夢を見せられているときに何かあったんだろうけど、私たちにとっては、リーダーがナイトメアに取り込まれて、閃光によって追い払うまでの時間は三秒にも満たない本当に一瞬の出来事だったから。


 たった一人、私たちの知らない出来事を知るラインス・ロックという騎士団のリーダーは、ナイトメアの事など目にもくれずキシナミ君の事を見つめる。そして、立ってくれ、とラインスは叫び続けていた。


「ラインス、何を言っているんだ!? 今はナイトメアの事だけを――」


 クラウディア教官の叱責が飛ぶ。


 もはや勝利は目と鼻の先。弱りに弱っているナイトメアを仕留めるには動きが止まっている今がチャンス。それなのに、リーダーはひたすらキシナミ君の名前を叫び続けている。

 そのとき、私の目の前で何かが動いた気がした。


「お前みてーな野郎によ、そんな熱烈に名前呼ばれても嬉しくねーんだよ……。くぅ、自分で自分の心臓貫くなんて、とんでもねぇ事したもんだよ、まったく」


 少しかすれた弱々しい声が聞こえてきた。

 私がキシナミ君を必死に治癒魔法で治療している最中に声が聞こえてきて、思わず驚きの顔を見せてしまった。いくら治癒魔法といっても、ナイトメアによる精神的ダメージまでは回復する事はできない。あくまで軽い外傷を治す事が魔法の限界。


 だから、キシナミ君が目を覚ますにはナイトメアを倒すしかないと思っていた。


 だけど目を覚ました。キシナミ君は自分の力でナイトメアの悪夢から抜け出したんだ!



   ◆



「あれ、この俺が復活したってのに、なんだよその反応は」


 俺は剣を支えにしてその身を立ち上がらせる。正直、心的ダメージが肉体へと浸食していて、体力がもう限界に近かった。しかし、俺はこのままでは終われまいと、その体にムチを打つかのごとく無理やり体を起こす。

 そこに、馬のラムレイが歩斗の下へ寄って来てくれた。


「ラムレイ、お前は俺の復活を喜んでくれるんだな。嬉しいよ。ちょっと待ってろ。俺は今から奴を倒しに行くからさ」

「ちょっと無茶しないでよ! キシナミ君の身体はナイトメアの攻撃でもう限界なんだから!」


 キャロルの言う通り、俺の身体は先ほどのナイトメアによる精神的ダメージと落馬によって流血や打撲でできた痣などもある。本当ならば戦う事も、そもそも立って歩く事すらもままならない状態だ。


 だが、キャロルによる静止の要求も聞き入れるつもりなんてない。

 よろよろと剣を杖のように使い、その身を前進させる。


「ちょっと聞いているの!?」

「待てキャロル」


 クラウディアは彼の事を止めようとしているキャロルの手を引っ張った。


「ここは彼の意志を尊重しよう。私たちの知らないところで何かがあったみたいだしな」

「え、でも……」

「彼は一端の男だ。それに、アイツの真っ直ぐな所は貴様も知っているだろう?」

「あ……。はい!」


 まったく、俺がいる所でそんなこっぱずかしい事言えるよな。こっちが恥ずかしくなる。


 まぁ、俺は目標に真っ直ぐに立ち向かい、そして様々な経験をして、色々と変わっていったさ。自分を変えようと努力して、そして、心が折られるような事があったとしても、俺は立ち止まらなかった。


 一体どうしたらいいのかと悩みながらも、すぐに行動に移してきた。

 それを実現した原動力とは何だ?


 きっとそれは『意地』だと思う。


 意地があるからこそ、俺は走り続ける事ができた。常に周りに見られているから格好悪い事はしたくないという、そんな単純な感情が無自覚ながらもあったはずだ。

 そして、俺は戦う事によって格好を付けようとしている。

 いつでも見栄を張って格好いいところを見せたいと思うのは、男の良い所でもあり悪い所でもある。


 クラウディアさんが言った「彼は一端の男だ」という言葉の意味はそういう事なんだろう。


「さて、ラインス、やろうぜ。ナイトメアを倒すんだ」


 力の入っていない声でそう言う俺に、ラインスは馬に乗ったままいつも通りにすかした感じで言い返してきた。


「何を言っているんだアルト。見ろ、お前がぐっすり眠っている間にナイトメアは虫の息だぞ。だが、そうだな。最後の一撃はアルト、お前に譲ってやろう。さあアルト、やってやれ!」


 俺の剣は悪意を断ち切る正義の剣。

 悪意に満ちているナイトメアには天敵というわけか。そう考えれば、なぜ俺がピンポイントで狙われ、攻撃されたのか。それは、このナイトメアという悪魔が俺の持っている岩に刺さっていた剣の事を知っていたからじゃないか?


 まったく、神様は俺にとんでもない天命を授けたもんだよ。もしかして、俺を更生させるために与えられた試練なのかもな。

 俺はよろよろと倒れているナイトメアに近づいていく。

 その身はボロボロで至る所がひび割れ、そこから黒い霧のようなものが漏れ出している。


 でも、悪魔と言ってもこれじゃあ大した事はないように思える。ラインスが神の力を借りて戦闘したと言っても、こんなにあっさり勝ってしまって良いんだろうか。


 何かが引っかかる。


 たしかに今までラウンドテーブルの多くの騎士たちは負傷している。多大な被害者を出したのは間違いないのだ。

 奇跡というのはそこまで反則じみた存在なのだろうか。


 やっぱり何かが引っかかる。


「おい、ナイトメアとやら。テメーに話がある。お前、絶対このままではやられないだろ。悪魔がこんなに弱いわけないはずだ。神の力を借りたと言っても、たった一人にやられるほど悪魔ってのは弱いのか?」


 ふざけんな。


「そんなわけないだろ。ほら、今からお前の事をこの剣で刺すからさ、早くしねーと手遅れになるぞ……!!」


 俺は剣を両手で握り、思いっきり下へと振り落した。


 これでナイトメアは倒される。


 めでたし、めでたし、……ってなるはずだ。


 しかし、どうやらこの戦いはそう簡単には終わらないみたいだな。


「やっぱり、そうなると思ったよ。もはやこれは様式美ってやつだな」


 剣はナイトメアの身体ではなく、地面に突き刺さっていた。



   ◆



 ナイトメア。


 その名の通り、(ナイト)雌馬・魔物(メア)という二種類の意味を持っている名前だ。


 (ナイト)が指すのは黒い影。歩斗たちを苦しめたあの黒い霧のようなものがその影であり、その身体が影でできていると言ってもいいだろう。


 それゆえ、その身に実体を持たない。通常の物理的な攻撃が効かず、光による攻撃が通るのはそういう理由なのだ。影を照らすのはいつも光なのだから。


 では、雌馬・魔物(メア)が指すものは何なのだろう。


 馬の姿は影、つまり闇で作られているフェイクだ。たとえフェイクでも十分な強さを持っているのは間違いないのだが、神の力を前に簡単にやられてしまったのはそれが偽物だからだろう。


 本体は別の場所にいて、先ほどまで戦っていた馬は人々から精神エネルギーを間接的に喰らうだけの傀儡(くぐつ)なのだとしたら――。



   ◆



「よく気が付いたなァ、人間? 反撃の機を失ってしまったじゃない」


 その正体は魔物。人間とは根本的に違う別の存在。

 ナイトメアはその正体をようやく現した。


 その姿は女性的で、その体つきは女性の一つの理想形と言ってもいいだろう。大きな乳房とくびれたお腹。そして大きいヒップ。足はスラッとしていて、その肌は女性なら誰もが羨むほどみずみずしい。背中から翼を生やした、美女と言ってもいいくらいの悪魔がそこにいた。


「あぁ。そりゃ、ゲームでも第二形態とかあるからな。最初は弱いと思って倒しても、今度は姿を変えてパワーアップして復活する。そんなお決まりの展開は嫌と言うほど見てきたんだよ、俺はな」


 俺が苦しめられたゲームの知識がこんな形で役に立つとは思わなかった。


「それよりさ、お前はずいぶんと美しい体をお持ちじゃないか。その美しさを保っていられるのも、人々を悪夢で苦しめて奪った精神エネルギーのおかげなのかな? そうならさ、ちょっと俺に分けてくれないかな。正直もう立って喋っているだけで限界なんだわ」


 少しだけ嫌味ったらしく言ってみる。


「おもしろいなそこの人間。残念ながらお前に渡す精神力は持ち合わせていないわ」

「そうかい、残念だ。まぁ、最初から期待してないけど」

「私を前にして恐怖せずにいられるのは誉めてあげるわ。本来なら、私を目の前にするだけで恐怖心が煽られるはずなのだけれど、魔法も使えないお前でも大丈夫なようね。気に入ったわ。殺すのは最後にしてあげる」

「そりゃどうも。まぁ、殺される気はないけどな。ラインス、後は頼んだぜ。マジでもう限界だ。できるだけ協力させてもらうが、こんな俺に期待すんなよ?」


 そんな俺の言葉にラインスは思わず鼻で笑った。


「元々お前になんか期待などしていないさ。つい最近ようやくまともに剣を振る事ができるようになったような奴が俺と同等に戦えるはずがないからな」

「相変わらずいけ好かねぇ野郎だな一番さんよ」

「俺も貴様の事はいけ好かない奴だと思ってるよ、新人くん?」


 俺たちは空に浮かぶナイトメアを見上げる。そして、後ろから騎士がもう二人。クラウディアさんとキャロルも同じくナイトメアを見上げた。

 空と陸、空というものを得ているナイトメアの方が圧倒的に有利。騎士は飛行する事はできずとも、高く飛び上がる事ならできる。ハイジャンプという魔法を上手に使う事ができればどんな高所でも飛び上がる事ができる。


 常に浮いているナイトメアと比べればこちらが圧倒的に不利であるが、空中戦ができないわけではない。一方的に空から攻撃されるよりはマシというもんだ。

 まぁ、俺はハイジャンプの魔法を使えないけど。


「キシナミ君は私と組みましょう。魔法が使えないキシナミ君をサポートしてあげる」


 キャロルはそう提案してきた。魔法を使う事ができない俺にとって、彼女の助けは非常に助かる。俺の身体がいつまで耐えれるかは分からないけど、やれるところまではやるつもりだ。


「キャロル、俺がぶっ倒れたらよろしく頼むな」

「任せておいて。だから、キシナミ君の好きなように戦って」

「恩に着る」


 再び空に浮かぶナイトメアの事を見上げると、奴はつまらなそうな顔をしながらこちらを見下ろしていた。これだけ余裕を見せつけてくるという事は、お前らは瞬きする間に簡単に殺せるんだぞ、という意思表示なのか?

「作戦会議は終わったの、人間ども? なら、まずはお前からね」


 ナイトメアがそう言った瞬間、空中にはその姿が消えていた。気が付けばクラウディアさんの後ろに立っていて、その腕を力任せに彼女の背中をぶち抜く。鮮血が吹き出し、内臓が飛び出てくる――と思った瞬間、声が上から聞こえてくる。


「私はここにいるぞ。どうした、悪魔はそんな程度なのか?」


 俺もキャロルも気が付く暇もなく、クラウディアさんは空中に浮いていた。

 確か、クラウディアさんが信仰する神は風。つまり、その身を空中に浮かせ続ける事なんて簡単な事なんだ。風を味方につけた軽やかな身のこなしは、クラウディアさんの戦闘スタイルに他ならない。


 肉眼で補足する事すら困難なスピードと、空という戦場を手に入れたクラウディアさんは、敵にしたらラインスと同じくらいやっかいなのかもしれない。


「コイツも奇跡使いですって!? さすがは奇跡使いの騎士を一二人も従えている国だけあるわね。そう簡単には殺せないか」

「そんな事を言っている場合かよォ!」


 俺は地上に降りてきたこの瞬間がチャンスだと言わんばかりにナイトメアへと剣を振るった。

 ただ、その剣は悲しくもナイトメアには当たらず、ただ単に空中を舞い、地面に突き刺さっただけで終わった。こんなんで終わってたまるかよ。


「お前は最後に殺すと言ったでしょ? そう焦らないで。後でゆっくりと遊んでアゲル」

「そうかい。殺す番が俺まで回ってくればいいがな」


 俺がその言葉を呟いた理由は、ナイトメアの後方にラインスが剣を握って待機していたからだ。

 ラインスが何やら右足に力を入れたかと思うと、次の瞬間にはナイトメアの目の前へと接近し、剣を横へと薙ぎ払う。その斬撃は俺もその身をもって経験した事がある。目にも留まらない速度の斬撃だった。


 さすがにナイトメアもその攻撃を完全に避ける事ができなかったのか、右腕に赤い線ができていた。さすがはラウンドテーブルのトップに立つ男だ。ナイトメアを前にして、いつも通りの緊張感で着実にその攻撃を当てようとしている。

 実際、その攻撃は直撃とまではいかずとも傷を負わす事には成功した。


「人間風情が……私の身体に傷を付けやがって!!」


 ナイトメアのその口調が荒くなる。

 その傷は一瞬にして完全に治癒された。魔法の根源は悪魔であり、その悪魔も治癒魔法を使えないはずがない。生半可な攻撃ではすぐに回復され、その攻撃は無意味なものとなってしまう。


「ならこれはどうだ!!」


 クラウディアがタリスマンを持って発動させた奇跡は、先ほどよりも遥かに速い速度で動く事ができるものだった。ナイトメアのスピードを軽く凌駕し、クラウディア一人の斬撃のはずが、俺の目には何人もの騎士が四方八方から攻撃しているようにしか見えない。


「お前が治癒魔法を使うというのなら、その治癒速度を超える攻撃を与えればいいだけの話だ。ラインス! タイミングを合わせるぞ、いいな!」

「まかせておけ。こっちはいつでもいいぞ!」


 気が付けば、ラインスの剣は白く輝いていた。あれは馬形態のナイトメアを苦しめた奇跡による武器強化、つまりエンチャントだ。

 魔法で行うエンチャントとは違い、特殊な属性を付与する事ができる。今回のラインスの場合は『光』だ。これはナイトメアのような闇に関する相手に非常に有効とされていて、それはまさに悪魔殺しの剣。


「人間風情が……この私を――」


 ナイトメアはただ一方的に攻撃を受けるのみ。それは不気味なほどに無抵抗で、俺はこれから何かが起こるのではないかという不安を(つの)らせる。

 そして、ラウンドテーブル、象徴騎士(シンボルナイト)の圧倒的な力に魅了されていた。


「いくぞラインス! 3、2、1……!!」

『!?』


 俺とキャロルはカウントを終えたと同時に、物凄い強風に襲われた。

 その場に立っているだけでも精一杯で、剣を思いっきり地面に突き刺し、それを支えにしていないと一緒に吹き飛ばされてしまいそうなほどだった。

 ナイトメアはその強風によってあらぬ方向へと宙を舞い、無防備な状態で投げ出された。


 ラインスはここぞとばかりに両手で剣を握り締め、獲物を仕留める狩人(かりうど)の様な鋭い目つきへと変わった。


「これで終わりだ。これが象徴騎士(シンボルナイト)の力だ。よく見ておけ」


 瞬間、ラインスがいた地面はえぐられ、馬だけをそこに残して、白い光の一閃が天へと伸びていた。

 その剣はナイトメアの心臓を貫いており、時が止まったかのような感覚に陥った。


 これで終わりだ。


 これまで人に悪夢を見せる事によって苦しめ、死に至らせ、そのエネルギーで自分はその美貌を保つ。完全なる自己満足の為に、人々を度が過ぎるほどに苦しめてきた。決して許されるものじゃない。

 その断罪がついに行われたんだ!!


「これでお終いだ。ナイトメア、お前が犯してきた罪は重いぞ」

象徴騎士(シンボルナイト)が何ですって? 私が犯してきた罪? そんなのは関係ないわ。光の神の力を借りる者よ、これがお前の最後よ」


 ナイトメアは心臓を貫かれても息絶える様子がない。それどころか奴から発されている悪意が増してきているようにも感じる。全身からそれがあふれ出しているようで、それが辺りを包み込むようにも感じられた。


「これでお終いなのはお前だよ」


 ナイトメアの体中から黒い霧のようなものが噴き出し、ラインスの事を包み込む。

 その霧の正体は……きっと悪意だ。

 あんな得体の知れないものに襲われたら――。


「お前……また、悪夢を……」

「いや、これは悪夢を見せるものじゃない。お前の中に悪意を埋め込む。中から崩壊していけ、光の騎士」

「なんだ、これは。俺の中に、何かが入って……ぐぅっ!?」


 悪意に犯されていくラインスの事をただ見ている事しかできない俺たち。


 本当に何もできないのか!?


 クラウディアさんではあの悪意をどうもできない。奇跡を使ったとしても、風では悪意には対抗できない。


 では、キャロルの魔法は? 彼女は魔法に関して騎士団トップレベルの力の持ち主だけど、魔法の根源である悪魔に関しては無力だ。ましてや悪意という得体の知れない力の対抗策など、そんな魔法は現在見つかっていない。


 残る力は一つ。


「この剣だ。この剣の力なら、ラインスを助け出す事ができるはずだ」


 ナイトメアが見せた夢の中で、ラインスが提示した一説。俺が岩から抜いた剣の力は、悪意を断ち切る力だ。

 最初にならず者と戦ったときに魔法を打ち消したのは、その魔法が悪意に満ちていたから。それ以外の魔法を打ち消せなかった事からそう考えた。

 夢に現れた俺が抱える悪意の象徴である不良グループ、そして自分自身。それらを断ち切り、夢から脱出した事からも、その説が正しく思える。


 ただ、今は正確な力を考えてるときじゃない。その可能性が少しでもあるのなら、やってみるしかないんだよ!


「ラインス、俺はお前に借りを作ってたな。今ここで返してやるよ」


 剣をあらためて強く握りしめ、クラウディアさんとキャロルを見つめる。


「頼みがある。俺をあそこまで飛ばしてくれ。クラウディアさんの風、ハイジャンプの魔法を俺にかける。何でもいい。あそこまで俺を飛ばしてくれれば、ラインスを助け出す事ができるかもしれない」


 その言葉にキャロル驚きを隠せない様子だった。


「何を言ってるのキシナミ君!? 飛んで何をする気なの!?」

「何って、もちろんラインスを助け出すんだよ!」


 その言葉を聞いて、クラウディアさんは俺に確認を取った。そこまで言うのなら、そこまでやろうと言うのなら、やらせてやってもいいと。今はそれに賭けるしかないから。


「勝算はあるのかキシナミ」

「ある。だから言った。お願いだ!」

「分かった。いくぞ、私の風でお前をあそこまで飛ばす。着地はキャロルに任せたぞ」

「ちょっと本気!?」

「本気だぞキャロル。色々と終わった後は頼むな。早くしねぇとラインスが!」


 今でも中から悪意に浸食されているラインスは苦しみの声を上げている。

 すぐにでも助け出さないと手遅れになるかもしれない。


「早く!」

「あぁ行くぞ! 舌を噛むなよ!?」


 クラウディアさんは風を巻き起こし、俺の身体を浮かせ、飛ばす。

 さすがは奇跡使い、その正確さは拍手喝采ものだ。吸い込まれるようにラインスとナイトメアの下へと飛んでいく。


 今度こそ終わりだ。


 俺の体力も本当に限界に近い。今にでも気を失いそうだが、唇を血が出るほどに噛みしめて意識を失う一歩手前で踏みとどまっている。

 これまで色々とあったが、騎士になって、初めて人々の役に立った気がする。

 今まで不良だった俺が、自分の持っている悪意を断ち切り、そして、次の舞台へと登ろうとしてる。


 でも。


 もしかしたら、不良が騎士を名乗っている事を許せない人がいるかもしれない。


 もしかしたら、不良に守られたくないと思う人がいるかもしれない。


 もしかしたら、死んで詫びろと思ってる人もいるかもしれない。


 それでも、わがままでしかないかもしれないけど、俺は前に進むしかないと思った。


 だから――


「更生するチャンスくらい……くれってんだよォ!!」


 剣を強く握りしめて、ラインスを取り巻いている悪意を切り刻む。


「帰って来いラインス! お前が俺にしてくれたように、今度は俺が助けてやらァ!!」


 その黒い霧のようなものは霧散していき、どんどんラインスから離れていく。

 ラインスは力を失ったようにして下へと落ちていく。キャロルはそれを見事に魔法でキャッチした。

 上空に上がる推進力はもうない。後は落ちるだけだ。


 だが、それでいい。


 俺は再び剣を強く、更に強く握りしめて、頭の上に構える。


「消えろナイトメアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ナイトメアはその場から離れようとした。だが、なぜかその身が動かない。


「なんだ、なぜ動かない!?」


 ナイトメアの身体が動かなくなった理由は風だった。宙に浮く存在である以上、風の影響を受けずにはいられない。

 魔法で空を飛ぶ事ができる理由は、風を味方に付けているからだ。その身を浮かせ続ける事ができるほどに、その身を非常に強い風で浮かせている。そして、体のバランスを取るのも風で行っている。


 なら、その風の操作権限を奪ってしまえばいい。


 クラウディアが信仰する神は風。

 その力を持ってすれば、たとえ悪魔が使う魔法であっても、短い時間であれば風の操作を行う事は可能なはずだ。事実、ナイトメアはその動きを止めた。


「行けキシナミ! 貴様の覚悟を見せてみろ!!」


 どんどんその剣はナイトメアへと近づいていく。

 本当に……これが最後だ。


「お前の!! その悪意を!! 切り裂いてやる!!」


 俺は上から真っ二つにナイトメアを両断してやった。


 フローラ、俺、やったぜ。やってやった。


 俺はフローラの事を思い浮かべながら、自分がやってのけた事を実感する。

 フローラと約束した、カッコいい騎士になってみせる、という約束は、これで果たせたのだろうか?


 ナイトメアのその身は、霧のように消えていく。その最中(さなか)、声が聞こえた。


『たとえ私が消えようともこの世から悪意が消える事はない。悪意がある限り、私はいつでも復活できる事を忘れるな。お前の前に――』


 全部聞き取れたかどうかは分からない。ナイトメアが言った言葉を最後に、俺は意識がどこかに飛んでいった。

 ナイトメアを倒した事によって、どこかしら気が抜けてしまったんだろうな。



   ◆



 キャロルは落ちてくる歩斗の身体を魔法で減衰してキャッチした。そのときの彼の顔は、とても清々しい表情をしていて、思わずキャロルは緊張しきっていた表情を綻ばせる。


 何はともあれ、人々を苦しめたナイトメアは歩斗によって倒された。


 そして、これで岸波歩斗は本当の意味で騎士となったのかもしれない。

第四章終了。

岸波歩斗は、ようやく騎士としてスタートラインに立ちました。

これからが本番。

きっと、更なる苦難が彼に降りかかることでしょう。

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