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第四章『悪意を切り裂く刃』《悪意の根源》

  4


 そこは見た事がない場所だった。

 どこか別世界に来てしまったのではないかと思ってしまうほどに、俺がいた世界と何もかもが違う。自然が少なくて、何やら大きな建物がそこら中にたくさん建っていて、こんな狭い場所なのに人がわんさかといて。

 目の前の人だかりを見るとそこに突っ込むのには気が引けてしまうが、周りの人間は馴れたようにその群れの中へと入って行く。


「一体、ここはどこだというのだ?」


 そもそも、一体何が起こったというのか。ナイトメアによる攻撃を受けてしまい、気が付けばここにいた。それはつまり――。


「ここは、夢の中だというのか? しかし、一体ここは……」


 そこは誰かが思い描く未来世界がそのまま形になったような場所だった。街の中は色んな色の光がたくさん輝いていて。それでもって、四角い枠の中には人や物が映っているではないか。


「ここは未来の世界なのか? だが一体、なぜこのような夢を俺は見ている?」


 ナイトメアの攻撃を受けた次の瞬間にはこの光景に変わっていた事から、ここは夢の世界なのだと考えた。しかし、このような夢を見ている事自体が謎なのだ。ナイトメアは悪夢を見せる悪魔。本来であれば自身が苦痛になるような夢を見ていなくてはおかしい。


「それにしてもここには東の国なのか? 肌は黄色いが、服装が私の知っているものではない。やはりここは未来だというのか?」


 その場に立たずみ、考え込む。

 すると、目線に入ってきた一人の男性。

 その男を俺は知っている。


「アルト……。アイツがなぜこんな所に。いや、そうか。ここはアルトが住んでいた世界だ。前に彼から聞いた話と一致する。ここはアルトが住んでいた国、ニッポンなのか!」


 ここがどこなのか分かり、とにかくアルトの事を追いかける。彼はどうやら俺の事に気付いていないようだ。


「アルト、俺だ。ラインスだ! 返事の一つくらいしたらどうなんだ!」


 しかし、アルトから返事は一向に返ってこない。それどころか、その目線は明らかに俺の事を見ていない。それは無視しているというよりも、まるで俺の事が見えていないかのような……。


「おい!」


 俺はアルトの肩を叩こうとしたが、その手はすり抜けてしまった。

 そして、理解したのだ。ここでは俺は誰にも見えず、誰かと話す事すらできない。この夢の世界では一人ぼっちになってしまったのだと。

 鼻で軽く笑い、誰かに話しかけるわけでもなく一人で言葉を吐く。


「……ふ。ナイトメアの奴、この俺に何を見せようってんだ。話す事も触れる事もできない。ここでは完全に傍観者でしかないこの俺に、何を……!!」


 しばらくして、アルトは別の男たちと一緒になった。これが彼が言っていた不良グループのメンバーだというのだろうか。一人ひとりを見ていくと、姿格好は別に悪い奴には見えない。周りの人たちと大して変わらないではないか。

 見た目からではどうもアルトの友人たちは悪い人に見えない。


「ここだったか。行くぞ」

「おう」


 アルトともう一人の男性の短い会話。それだけでは一体これから何をするのかまでは分からない。だから俺は後をつける事にした。どうせ姿は見えないのだ。なら、それを大いに利用させてもらうだけ。


 俺はアルトたちの後ろをつける。


 しばらくして、人気の少ない場所を選ぶかのように、そこで何もせずにただひたすら仲間同士でしゃべるだけの時間が流れる。

 これから何をしようと? 人気が少ない……? もしかして。

 彼らがこれから何をしようとしているのか気付いたが、どうしようもなかった。


 アルトたちは気弱な同い年くらいの男に話しかけ、裏路地へと無理やり連れ込む。

 それを止めようとしても、ラインスの声も、行動も、何もかもが届かない。


「俺らちょっとお金に困ってんだよね。だからさぁ、ちょっと貸してくんないかな? あ、安心してくれ、借りたお金はいつか必ず返すから」


 なんともまぁ、優しい声を出す不良グループのリーダー。その笑みと優しい声色が逆に恐怖心を煽り、気弱な男もたじろいで足をガタつかせる。

 気弱そうな男は見た目通り気弱な性格で、反抗的な態度も取る事ができない。ただ、恐怖に蹂躙されるしかないのだ。


「おいおい、何で身体を震わせてんだ? 何、俺たちの事がそんなに怖いの? 傷つくわー。俺、今までで一番傷ついたわー。ねぇ、どういうお詫びしてくれんの? ねぇ」


 居ても立っても居られない。本来なら、騎士としてここにいる悪を倒し、気弱な男を助け出すところだ。


 だが、今の俺では何もできない。その光景を、黙って見ているしかないなんて……!!


「くそッ!! 胸糞悪い。アルト、お前はこんな事を……?」


 今、話しているのは不良グループのリーダーのみで、外の不良たちはただニヤニヤと笑いながらそれを見ているだけ。その中に、アルトも含まれていた。

 元々、彼がこんな人間だという事は話で聞いていた。ただ、話で聞くだけよりも実際の光景を目の前で見た方が何倍にも彼の本質が分かった気がした。


「あーあ、何も言わないでやんの。オラ、何かしゃべろってんだよ!!」


 不良グループのリーダーはついに暴力を振るった。気弱な男はまともな言葉も出ず、ただ唸るだけしかできなかった。その痛みに身が震え、言葉が出ないその男はとても醜悪なもので、見ていられるものではなかった。


 気弱な男はこんな醜態を晒す必要などない。ただ、運なく不良たちに目をつけられて手を出されてしまった。本当なら、こんな醜態を晒すよりも前に助けるべきなのだ。しかし、一体誰に助けてもらうのだろう。


 助けが来る気配がまったくない。誰かがこの事態に気付いて助けに駆け付けてもよいではないか。なのに、一向に助けが来ない。この世界には警察という民間人の安心と未来を守ってくれる存在がいるらしいのだが、それもここに来る事はなかった。


 こんな非人道的な事が許されるなどあってもいいのだろうか。


 否、許されるわけがない。


 彼らは人の道を外れた事をしている底辺にいる奴らだ。このような罪深い事をしてしまっているのなら、それ相応の正義の鉄槌が彼らに降り注がなければならないはずだ。

 しかし、その鉄槌を振る者はここには誰もいない。


「クッ……!! 俺がコイツらに触れる事ができたなら助ける事ができるのに!」


 しかし、それは叶わない願いだ。ここはナイトメアが見せている夢。ここのルールはあの悪魔が握っているのだ。それに逆らう事などできやしない。


 そしてついに、周りの人間が動き出した。

 気弱な男はたくさんの男たちに囲まれ、暴行を受けている。反抗する余地など与えやしない。一方的な暴力がそこにあった。

 しかし、そこに加わっていない男が一人。


「俺は、俺は、俺は……もう二度と――」


 アルトは何やら一人で呟いていた。見えない何かに抗うように、一つ一つの言葉に攻撃性が垣間見えた。自分の言葉で自分を攻撃していたのだ。


「アルト、お前は必死に戦っているんだな。この自分の過去と」


 立ち尽くして拳を握っているアルトだったが、そこで誰かからの言葉が降りかかる。

 この不良グループを取り締まっているリーダーだ。


「おい歩斗。お前もやれよ」

「お、俺は……」

「いいからヤれ。こいつが泣き言一つ言わなくなるほどにな」


 その言葉はこの場の空気を変えていた。アルトが持っている別の道を塞ぐかのように出てきたその言葉は彼の事を苦しめる。


「またかよ。なんだよ。俺、やっぱまったく成長してねーじゃん。やっぱ、孤独ってのは最悪だよ。こうやって俺の行動を縛り付けて決まった方向にしか向かないようにしてくる。クソッ! クソッタレ! 分かったよ、やりゃーいんだろうがよ!」


 自暴自棄になったかのように、アルト・キシナミという男は前に出る。どんどん気弱な男へと近づいていくその足取りはとても重そうだった。見て分かってしまうくらいに。

 そして、彼は拳を握りしめて腕を引く。


「やめるんだ! このままではお前は何も変われないぞ!」


 やってはならない!


「騎士になろうと努力したお前はどこに行ったんだ!?」


 お前は剣に選ばれた最高の騎士になる男だろう!?


「お前は孤独じゃない。仲間なら俺らがいるだろ! ラン姉妹にラウンドテーブルのみんなが!」


 お前は変わったはずだ。色んな人と出会って、ふれあって、変わったはずなんだ!!


「殴るな。手を下げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 とにかく叫ぶ。その声は誰にも届かない事が分かっていたとしても、叫ばずにはいられなかった。仲間が再び道を外れてしまう光景を見せられて、何もせずにいられるはずがない。

 だが、アルトが握りしめた拳が、気弱な男の顔面目前で止まっていた。


「オイ、なんで殴らないんだよ!?」


 周りの声など聞こえていないのか、彼は一人で何かを呟いていた。


「ぐ……。うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 そして彼は叫ぶ事しかできなかった。今の感情を上手く言葉にできないし、爆発しそうな感情をどういう風に発散すればいいのかも分からないんだ。


 彼は、また、考える事をやめようとしていた。

 考えれば考えるほど辛くなるから。

 だからアルトの拳は再び後ろに引かれ、今度こそ気弱な男の顔面を殴るだろう。


 そんな事をさせてたまるか。


 俺はラインス・ロック。ラウンドテーブルのトップであり、国王ユクラシア・カストゥスに次ぐ強さだと言われる男なんだ。

 色んな人に慕われ、頼りにされ、完璧な人だと言われた。


 そんな俺が、目の前で仲間がやってはいけない事をやろうとしているのを見過ごせるものだろうか。いや、見過ごせるわけがない。


 なんとかする。


 ここは悪魔、ナイトメアの夢の世界。ここのルールはアイツが決めている。だがそれがなんだ。自分は神の力を借りて奇跡を起こす事だってできる。この力を今使わずしてどうするか。


 懐にある円型のタリスマンを取り出す。

 そして、俺の願いをイメージする。それが何よりも大事なのだ。今回の願いは目の前の仲間をどうにかして助け出したい、というもの。

 そして、神に願いを言う。


「光の神よ、俺に力を貸せ……俺の仲間を助けるために!!」


 正直、この願いは神へと聞き届けられるのか不安だ。なにせこんな使い方は初めてで、一発大勝負もいいところだ。

 だが、この願いを叶えてもらわなければ困るのだ。個人的過ぎるかもしれないが、仲間を、アルトを助けるにはどうしても必要なものなのだ。


 その瞬間――辺りは閃光に包まれる。


 アルトを含む不良グループと気弱な男は思わず目を瞑り、突然の光に驚きを隠せないでいた。

 そして、光が消えていく。


「あ? なんだよお前。突然現れたかと思ったら、なんだよそれ、コスプレ?」


 ギャハハハ、と汚らしく笑う不良たち。ただ、アルトは黙ったままだった。


「うっせえぞクズが。お前らは人としてやってはならない事をした。今まで制裁されなかったようだが、お前らは運が悪いな。ここには俺がいる」

「なんだよカッコつけてるつもりかよ。痛いやつだなコイツ。――オラァッ!!」


 不良グループの一人が挑発とも取れる発言をしたが、俺がこんな下種の言った言葉など聞く耳を持つはずがない。その男が振った拳も、俺は簡単に受け止める事ができる。こんな奴の拳など、スローも同然だ。


「だから言っただろう。お前らの制裁は、この俺がやるとな」


 拳を握りしめ、思いっきりその不良の男の顔面へと叩き付けた。俺は騎士としてこの身を鍛えてきたんだ。ちょっとばかし暴力が得意なだけのガキとは違う。

 殴られた男は口と鼻から血を出しながらその場に倒れて気絶した。


「さて、今度は誰だ? お前か? それともお前か?」


 不良グループはこの俺、ラインス・ロックという男に対して腰が引けていた。自分では敵わない奴だと人間としての本能が反応しているからだ。


「つーかさ、お前ひとりでこの人数はさすがに無理だろーがよ。さっさと消えろよコスプレ野郎!」


 その言葉は、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。自分たちは負けないんだと、信じ込ませなくてはやってられないのだ。

 不良グループの残りの四人は俺を囲み、四方八方から襲い掛かった。


 だが、俺からしてみればこれは家のネズミ駆除をしているのと変わらないレベルの戦いだ。彼らの攻撃を避けて、反撃するだけ。たったそれだけでいい。

 結果、三〇秒も経たない内に不良たちはコンクリートの地面へと突っ伏す事となった。


 そして気弱な男の方へと近づき、震える身体を落ち着かせるために優しい声で話しかけてあげた。


「もう大丈夫だ。あの不良なる輩はもう君を攻撃する事はないだろう。今の内にこの場を離れなさい。さぁ、立てるかい?」

「は、はい……。ありがとう、ございます」

「うん。しゃべれるくらいには落ち着いたようだね。本当なら君を送りたいところだが、生憎、私にはまだもう一人を相手しなくてはならないのでね」

「い、いえ。助けていただきありがとうございます。では、これで」


 気弱な男は逃げるようにしてこの場を去って行った。


 さて。


 問題はもう一つある。それはとても単純そうで、ちょっと複雑な問題だ。

 アルトはその場に立ち尽くしたまま何も喋ろうともしなかった。


「おい」


 無言。


「アルト、俺だ、ラインスだ。もしかして、また見えなくなってしまったか?」


 今度は聞こえるかどうかくらいの小さな声で「見えてるよ」と言ってきた。


「なら返事くらい返してもいいだろう。とりあえず、まずはこれからだな。歯を食いしばれよ……!!」


 俺はアルトの顔面を殴りつけてやった。彼はその場に倒れる。気絶しないくらいの、絶妙な強さのパンチ。だが弱いわけではなく、その痛みはとてつもないものだろう。

 アルトの頬には赤い痣ができていて、鼻からは血が出て、唇が切れてそこから血が滴っていて。見るからして痛そうだった。


「痛いか? その様子を見ると、夢の中でも痛みは感じるみたいだな。俺はお前を取り戻しに来た。道を再び外れようとしたお前をな」


 アルトは立ち上がりながら言う。


「なんで――」


 彼は呟く。何か言いたそうで、俺は彼の言葉を待った。


「なんで、こんな俺を見てもそんな風に優しくしてくれんだよ? 普通はこんな奴と関わろうとしないだろ!? 騎士になるとぬかしてた俺は、こうやって、仲間に言い詰められたら反抗もできず、ただその言葉に従って平気で暴力を振るうんだぞ!? なんで、こんな俺を、迎えに来てくれんだよ……」


 俺は間髪置かずに言ってやった。


「当然だろ。お前は拳を交えた仲だからな。お前の仲間はコイツらだけか? 違うだろ」


 そうだ、お前には。


「俺は? クラウディアは? キャロルは? ラウンドテーブルのみんな。ラン姉妹だってそうだ。もうすでに俺らはアルトの事を仲間だって思ってる」


 ずっとお前と一緒に過ごしてきた。たった一か月だったかもしれないけど、それは仲間意識を持つには十分すぎるほどの時間だ。


「仲間を蔑ろになんかしない。そういうもんだろ。しかも、今回で俺とお前は同じ戦場で戦った戦友ってやつになった。これだけ理由を並べてまだ反論するか?」


 アルトは言葉を失っていた。

 目頭には涙を溜め、震えた声で言った。


「いや、ねーよ。なんつーか、その、ありがとうな」

「いいよ。今回の礼はナイトメアを倒した後で払ってもらうからな」

「見返り求めるのかよ!?」

「当たり前だ。お前ひとりの為に俺がどれだけ危険を冒したと思っている?」

「あーあ、分かったよ。分かりました。じゃあ、ナイトメアを倒しちまうか。でも、どうやって――」


 そのとき、一つの剣が宙に現れた。


 この世界はナイトメアが生み出した世界のはずだ。なのに、アルトが有利になるような武器がこの世界に現れるだなんてありえない事だが、俺が奇跡を起こした事によって不確定要素を入り込む隙間ができたのかもしれない。


 だが、そんな考察は今はどうでもよく。


 アルトのもとに剣が現れた事の方が重要なのだ。

 岩から抜けないという不思議な要素以外はまるで普通の剣とは変わらない。特殊能力的なものがあるとすれば、過去に一度だけ魔法を打ち消した事だろうか。だが、あれ以来魔法を打ち消す事ができないでいたらしい。本当に意味不明な不思議な剣だ。


 そして、今度は夢の世界へと入り込んできた。


「その剣の本当の力は何なのだろうか……。ならず者の使った魔法を打ち消したが、キャロルの放った魔法は打ち消す事ができなかった。そして、今度はナイトメアが作り出した夢の世界に……? これが意味するものとは――」


 もしかしたら、もしかしたらである。

 これはあまりにも単純で、とても曖昧な定義の下で成り立つ仮説に過ぎない。

 教会の前の岩に刺さっていたこの剣は、アルトにしか抜く事ができなかったこの剣は。


「アルト、その剣を握りしめて思いっきりリーダーを刺せ!」

「はぁ!? なんでそんな事」

「無論、人を殺めるなどいきなりできる事ではない。だが、これは夢の世界だ。無理を承知で言っている。この世界から出たいのであれば、アルトの悪意を生み出しているお前のリーダーを吹っ切る事ができれば、あるいは」

「何を言ってんのか分かんねーよ! 詳しく教えろや」

「分かった。いいかアルト、お前の持っている剣の力、それは悪意を断ち切る事にある。だからならず者の悪意に満ちた魔法を消し去る事ができたんだ。だから――」

「ちょっと待て。悪意を断ち切るだって? 何を持って悪意と断定するんだ? さすがに曖昧過ぎねーか?」

「あぁ、そうだな。アルトの言う通りとても曖昧だと思う。だが、今までの出来事から考えられる答えの一つだ」

「……俺の、悪意、か」




   ◆


 考えた事もなかった。俺は流されてきただけに過ぎないと思ったから、そういう考え方は新鮮に思えた。俺はリーダーの言葉にマリオネットのように操られ、言われるがままに暴力を行ってきた。それも悪意の一つだろう。


「それを断ち切る。そして、新たな自分を始める。……やってやる。やってやろうじゃねーか。俺の中に渦巻く悪意を払えるってのなら、やるしかねーよ!」


 歩斗は宙に浮いている剣を取り、両手で握りしめる。

 後ろには今まで一緒にやって来た不良グループのリーダー。正直、一緒にやってきたと言ってもいい思い出なんて何一つとしてない。今思えば、それを苦痛に感じていたのかもしれない。今さら何を思ってもどうしようもないのだけれど。


 一歩一歩、ゆっくりとリーダーの下に近づいて行く。そして、真下にリーダーを見据える場所までやってきた。あとは、剣を降り上げて落とすだけ。


 これで、色んな事が終わる。そして、新しい事が始まる。

 早くも人生の区切りと言える出来事ができてしまったようで、俺はなんとも言えない気持ちになった。そこで、最後にリーダー本人ではないが別れの言葉を送った。


「なぁ、お前が初めて俺に話かけてきたとき、俺、正直めんどくせぇって思ってたよ」


 そうだ。あんときは何だか厄介事に巻き込まれた気になってた。


「だけど、なんだかんだでお前とつるむのは生活の一部になっててさ。仲間ができたって、思ってたよ。だから、今まで何でも言う事聞いてきた」


 元々俺は一人ぼっちだったから、仲間ってもんができたって思ったら、それだけで満足しちまった。悪い事をしてる自覚はあっても、そこが自分の居場所だったから、捨てる事ができなかったんだ。


「けど、悪い事は悪い事なんだ。だから俺はそれを正さなくちゃならねぇんだよ。もし次に会う事があったら、そんときはお前と道を違える事になると思う。そうなった時は覚悟してくれよ? 俺がお前を更生させちまうかもだから」


 その前に、俺が更生しなくちゃな。


「だから、そろそろこの辺で一旦終わりにしようや。じゃーな、お前と一緒に居た時間は、無駄じゃなかったぜ」


 そして、俺はリーダーの腹へと剣を落とした。正直、人を刺すのは心地良いものじゃはなかったけど、色々と断ち切るために我慢した。


 しかし、それでもナイトメアが見せている悪夢から解放はされない。

 予測が外れて落胆するラインスだが、俺は何かを確信した。


「やはり、ダメか……」

「いや、ダメじゃねぇよ。まだ足りないんだ。そりゃそうだよ、他人を切り捨てただけで終わるだなんて生易しいわけがねえよな」

「何を言っている?」

「ラインス、現実の世界で俺の身に何かあっても気にせずにナイトメアを倒してくれよ」

「おい、何をする気だ……!?」


 ラインスは俺がこれから何をやろうとしているのか、何となくだが予測がついたんだろうけど、これは必要な事なんだよ!!


「じゃあ、後は任せたぜ」


 俺は手に持った剣を逆に持ち、その剣先を胸に押し付ける。あとは、力を込めて自分を貫くだけ。

 悪意の根源はリーダーだけじゃない。もっと根本的なもの。


 ――そう自分自身だ。


「ぐっ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 その剣は、俺の心臓を確かに貫いた。その身に力が入らなくなり、倒れていく。


 これで俺を縛り付けていたものに終止符を打つ事ができたのかもしれない。


 目の前は再び暗くなって――。

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