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第三章『悪夢』《涙》

  7


 時は動き出す。

 目に光が差し込み、視界が鮮明になっていく。


 ベッドはいつの間にか自分のものになっているけど、どうやら、フローラの部屋から移動させられたらしい。


 一体、何が起こったんだ。身体が物凄く怠いし、身体を動かす事すらままならない。

 毛布が被せられているし、俺は寝ていたんだよな。てか、それに気づくまで時間かけすぎだろ。どんだけ意識が朦朧(もうろう)としてんだよ。

 てか、俺は……なんで体が震えているんだ? なんで頭が痛くて体が重いんだよ? 


 何なんだよコレは!?


 先ほどまで見ていた夢は、物凄く鮮明に覚えている。

 俺は一方的な暴力を振るい、気弱な男子高校生を痛めつけ、金を奪った。

 夢の中の俺は最低な事をしていた。いや、あれが現実だったのかもしれない。

 そして、最後には俺と関わり合いが深い人物が自分の下から離れていって、俺は暗闇に閉じ込められていた。その暗闇は何もない場所。そこは一人ぼっちの空間。ひどく恐怖を感じさせるものだった。

 もう二度とあんな体験はしたくない。


 そのとき、ドアが開く音がした。


「アルト……? 目が覚めたの!?」


 フェリス……? あれ、なんで俺、安心してんだ? なんでこんなにも、泣きそうなんだ? 怖かった。今でも怖い。情けない、怖い夢を見て泣くなんて。


 いや、精神的に追い詰められた人間は意外と脆いのかもしれない。そんなとき、どこかに寄り添う場所がないと壊れてしまう。それが人間というものなのか?


 俺にとって、目の前の彼女こそが寄り添う場所であった。


「フェリ、ス……ごめん、ごめんな。俺、泣きそうだよ、ははは……」

「怖い夢でも見たの? 凄くうなされてたからさ。苦しみ方がフローラと同じで、私、本当に心配したんだからね」

「あぁ、悪い、すまねぇ、許せ」

「いいよ。こうやって目が覚めたんだから」

「はぁ……その、えっと、フェリス、ちょっと傍にいてくれ……たのむ」

「え……うん。分かった。ここにいるから、安心して」


 暴力的で、悪人面で、だけど騎士を目指している俺でも、どこかしらに弱さを持っていて、それを砕かれてしまえばどんな強さを見せていても倒れてしまうんだ。今の俺がまさにそれだ。


 そして、俺は涙を流す。


 フェリスは頭を撫でてくれた。それがとても心地よくて、安心できて、落ち着く。


「アルト、スッキリするまで泣きなさいよ。今泣いておかないと、思いつめて壊れちゃうと思うから。ね?」

「あ、あぁ……すま、ねー、な」


 声を押し殺しながら涙を流し続ける。

 元の世界に戻ったかと思ったとき、自分はまだ何もやってすらいなくて、思い出も何も作れていなくて、やり残した事が多過ぎて、とんでもない喪失感に襲われた。


 それに、俺は何も成長していない事に絶望した。夢の中ではあるものの、不思議と自分の意志ははっきりとしていた。そのときに、結局あの男子高校生に暴力を振るった。ただ、一度は反対できた。できたけど、孤独になるのが恐ろしくなって、その恐ろしさに抗う事ができなかった。


 俺はまだまだ弱い。少しケンカが強いだけの、弱すぎる人間。


 それが岸波歩斗という男だ。

 そのままでいるのか?



――ダメだ……!



 ならここから逃げ出すのか?



――もっとダメだ……!



 なら、どうすればいい?

 この自分を変えるには気持ちや想いだけではダメだった。いくら色んな事を考えて自分の気持ちを作ったって、ちょっとした隙間から弱みを握られ、挫折に追いやられてしまうではないか。



――どうって、決まってんだろ。行動で示すのさ。しょうがないとか、運が悪かったとか、そんなんで逃げる奴になってたまるかってんだよ!



 顔を上げる。そこにあったのは涙でぐしゃぐしゃになった醜い顔などではなく、キリッとした自信に満ちた顔になってるはず。


「もう大丈夫なの?」

「あぁ、スッキリしたよ。ありがとな、フェリス」

「いいのよ、アンタが立ち上がってくれないとこっちの調子も狂うんだから。……それからね、アンタに話しておかないといけない話があるの」

「なんだ?」


 一呼吸置いてから、フェリスは話し出した。


「アルト、アンタはまる一日寝込んでいたの。その間にこの国の人たちがアンタやフローラのように、まるで悪夢でも見ているかのように苦しみ始めた。中には命を落とした人もいるのよ。だから、騎士たちが動き始めてる。私はクラウディアさんからアルトの調子が戻ったら城に来るようにと伝えてくれ、っていう伝言をもらったのよ」


 俺は情報がありすぎて理解するまで時間がかかった。

 あのような悪夢は自分だけではなく、この国の人たちのほとんどが見たという事。その苦しみ方は人それぞれで、俺のように軽い人もいれば、命を落とす人までいた。


 これは何かがおかしい。俺が知っている常識では通用しない何かが起こっているんだ。


 そして、俺は思い出した。前にフローラと一緒に添い寝したときの事を。

 背中に走った寒気と、背後に漂う恐怖の事を。

 フローラが苦しみだした原因が精神的な事で、それが夢だというのなら、それを起こしているのは悪魔か何かという事なのか?


 もしそうならここで寝ているわけにはいかない。


 命を落としている人もいるんだ。元気な奴がこんなところで寝て休んでいるくらいなら、立ち上がり、戦いに向かう。それが男というもんだ。色んな少年漫画でもそういう展開はお決まりで、だからこそ熱い。

 だから、だるくて重い体を無理やり動かして立ち上がる。


「ちょっと! まだ辛いんじゃないの!? クラウディアさんは回復してからでいいって言ってたから、まだ寝てていいんだよ?」

「そんなわけにはいかないんだよ。これは、俺の気持ちの問題なんだ」


 無理をしてでもやり遂げなくちゃいけない事がある。


「俺はな、元の世界で弱い者を脅して暴力を振るう夢を見てた。正直、とても辛かったよ。元々当然のようにやっていた事なのに、そんな風に感じちまったんだぜ? それはきっと、今までやって来た事を反省して、どうにかして償おうとしてるからだろうな。ま、完全な自己満足だけどな」


 それでも、やらないよりはマシだ。重要なのは、そういう姿勢なのだから。

 俺は努力してきたつもりだった。今までやってきた事を償い、できれば再スタートを切るために。


 それでも――


「そんな俺が、仲間と暴力を振るう夢を見ちまったのは、きっとまだまだ決意が足りないからだ。気持ちや想いは十分だと思う。だけど、俺には決定的に足りない事があった。それは、何よりも単純な事だ。行動で示す事。俺は夢の中で仲間たちの暴力を止める事ができたはずなんだ。でも、できなかった。行動で示せなかったんだよ。だから、それを証明しに行く。この国の人たちを守る事で俺の想いを示してやるんだよ」


 なんか、久々に熱く語ってしまったな。

 だけどこれくらいで良いんだ。俺が今からしようとしている事は、生半可な覚悟ではできない。己をたぎらせるくらいの事をやらなくてどうすんだよ。

 フェリスの目をしっかりと見る。


「そっか、ならしょうがないか。いってらっしゃい。アンタの想い、私がしっかりと見ててあげる。だからしっかりやんなさい!」

「おう! 見ててくれフェリス。やり遂げてみせるからな」


 俺は軍服のような騎士甲冑に身を包み、騎士用のツールベルトと例の岩に刺さっていた剣を持ち、部屋を後にする。フェリスはドアが閉まるまで、ずっとそのドアの事を見ていた。


 そして俺は一度フローラの部屋を訪れる。

 そこで彼女は眠っていた。その表情はとても辛そうで、見るに堪えないほどだった。

 それでも、俺は現実を受け止めてフローラの手を握った。


「フローラ、俺がなんとかしてやる。待ってろ。お前はそれまで辛いかもしれないけど、なんとか生きていてくれよ。たのむ……!」


 ゆっくり部屋を出て、階段を一気に駆け降りる。

 外に出て、まず初めに行くのは馬のヴェニデのところだ。騎士たるもの、馬がなければそれは騎士ではない。


 外はもう暗く、足元がよく見えずに転びそうになるが、そんな事を気にせず俺はひたすら走る。息が切れようが、身体が悲鳴を上げてようが関係ない。目指す場所があるからそこに向かうだけだ。


「ヴェニデ、まだもうちょっとだけ手を貸してくれ。この俺を、城の下まで連れて行ってくれ!」


 馬小屋に着き、ヴェニデと再会して初めの挨拶がコレだ。まるで、ヴェニデとの決別の様に見えなくもない。いや、俺はそのつもりなんだ。俺が本当にパートナーにしたい馬は、あの好き嫌いが激しいラムレイだけ。あの美しい筋肉を持つあの馬だけなんだ。


 今日こそ、彼を自分のパートナーにしてみせる――いや、するんだ。これは決定事項。今の俺は一直線に、自分の目的を果たすために動いている。


 目指すはこの国の城。ラウンドテーブルのみんなのもとへ。

 俺は馬を走らせた。

ちょっと今回も短いけど、これで第三章は終わりです。

いよいよ物語もクライマックス。

岸波歩斗という男は、初めて大きな戦いに身を投じることとなります。

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