第一章『君と会うために』《最初にやるべき事》
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もう何が何だか分からなくて、考えるのをやめてしまおうと思っていたその時、俺らの隣にいた白髪頭のおっさんが声をかけてくれた。
「そこのお二人さん。まずは落ち着いたらどうですかな? その状態では、分かる話も分からなくなってしまうでしょう」
「おい、おっさん! 何か知ってんのか!? 今のこの状況を説明できんのか!?」
俺は神父の肩を掴み、揺さぶる。
焦りを出す俺とは対照的に、神父は常に落ち着いた様子で答えた。
「ええ、説明いたしますから、どうか落ち着いてください。いいですね?」
「あ、ああ……。分かった」
そんなやり取りを見ていたバンダナの女の子も落ち着きを取り戻したのか、先ほどの興奮は収まっている。彼女はパンが入っているバスケットを再び持ち上げた。
ひとまず教会の中へと入った俺ら三人は、適当な椅子に腰かける。
周りには子供たちがいて、俺からしたら背が小さくて可愛く思える。だからなのか、背の大きな俺が現れた事で、子供たちは驚いてしまったのかもしれない。わーわーきゃーきゃー騒ぎだし、質問をいくつも投げかけてきた。
「ねー、お兄さん何て名前?」
「どうやったらそんなに大きくなれるの?」
「にーちゃんの顔怖いなぁ」
なんて言葉がずっとずっと繰り返されていた。正直うるさいし、こんな状況に陥った事もないせいで、俺はどうしていいか分からずにたじろぐしかなかった。
神父は子供たちを落ち着かせ、水を持って来させた。
「まずは水でも飲みましょう。さぁこれを飲んで」
俺はグラスに注がれた水を一気飲みする。その一杯で、ちょっとは落ち着く事ができた。
「落ち着きましたかな?」
「ああ、ありがとおっさん。で、俺の今の状況を教えてくれ」
「分かりました。ですが、今から話す事は私の仮説に過ぎません。いいですね?」
神父はゆっくり丁寧に説明してくれた。
「ここ一年くらい前の話です。先ほども見たでしょうが、岩に刺さった状態の剣が突如として現れました。それは、どんなに強い騎士であっても、誰にもその剣を岩から引き抜く事ができませんでした」
そしてその剣は、どんな乱暴な事をされても欠けることもなく、雨や嵐に見舞われたとしても錆びることはなく、煌々と銀色に輝いていたらしい。
そんな剣を見て、神父はこう思ったそうだ。
「私はこう思いました。これは、神が創りし天命を授けられた者のみに扱うことが許された聖剣だと」
そして、その剣の前に男――俺が先ほど現れた。
「もしかすると、あの剣があなたをここに呼んだのかもしれません。そうだとしたら、あなたはあの剣を抜く事ができるはずです。どうでしょう、物は試し。やってみては?」
そうは言われても、俺はただ現状を飲み込むだけで精一杯だし、とてもじゃないが剣を抜く事など気にしている余裕はない。まずは現状の確認が最優先だ。
「待てよ。っていう事は何か? あのよく分からない剣が奇跡か魔法を使って俺をこの世界に呼んだってか? 何から何までファンタジーじゃねえか……いやちょっと待て。もしかして、この世界って魔法が普通に存在してるってのか!?」
さっきドラゴンみたいな生物が空を飛んでいたのを見たときから何となく察していたが、この世界はもしかして――
「はい。魔法はこの世界で普段から使われております。もしかして、あなたが本来いた場所には魔法や奇跡と言ったものはなかったのですか?」
「魔法とか奇跡とか、そんなのはフィクションの世界にしかなかったモノだよ。つまり空想上の存在だ! はぁ……マジかよ、マジであり得ねー」
「どうやら、この世界について説明するところから始めなくてはならないようですね」
神父のおじさんは悪人面の俺でも親切丁寧にこの世界について説明してくれた。
「まず、ここは七つの国がある島、アリビュー諸島。その中の一つであるドゥームニア王国です」
「七つの国……もしかして戦いとかしてんの?」
こういうファンタジー小説をそのまま再現したかのような世界では日本の常識は通用しないはずだ。戦いのない平和な日本と違って、魔法のような不可思議な力や、ドラゴンのような怪物もいる。もしかしたら他国とドンパチやってるんじゃないかと不安になる。
「いえ、今のところは戦争はしていませんよ。なにせ、ドゥームニアには象徴騎士がいますから」
「シンボルナイト……なんだよそれは?」
「あなたは騎士というものをご存知ですか?」
「何となく。鎧を着ながら剣使って戦う凄い人、って感じ?」
「まぁ大体合っています。その中でも象徴騎士と呼ばれる人たちは別格です。奇跡を使えるのですから」
「奇跡? そういえばさっきも魔法だ奇跡だって言ってたけど、どう違うんだ?」
「魔法はこの世界においてとても身近なものです。誰でも使うことができる力であり、特異性はありません。ですが奇跡は、神の持つ強大な力を借り受ける事により使うことができるのです。それゆえ、誰でも扱えるわけではありません。神に認められし者のみが行使できる特別な力なのです」
「神様ねぇ。正直よく分からないけど、その奇跡を使える人ってどれくらいいるの?」
「他国には多くて三人。大体は一人いるかどうか、という感じでしょうか」
「じゃ、ドゥームニアは?」
「一二名です」
聞き間違いではないかと疑ってしまうくらいに、その数字は大きすぎた。
神様の力っていうことは、魔法なんかと比べ物にならないくらいに強い力なはず。それが一二人もいると知って、思わず口を開けてポカーンとマヌケな顔をしていた。
「奇跡はどうすれば会得できるのか、それは不明です。気が付けば使えるようになっていた、というパターンが多いらしいですね。それゆえ奇跡を扱える人は少ないのですが、ここドゥームニアには一二人の象徴騎士がいます。その脅威こそが他国からの侵攻を防ぐ要因にもなっているのでしょう」
「おいおい、何だよこの無双状態の国は……」
「おかげで平和な毎日を過ごせますよ」
とにかく、自分が置かれている状況を理解するために現状の整理をしよう。
まずここはアリビュー諸島ってところのドゥームニア王国っていう国で、魔法や奇跡という俺のいた世界じゃフィクションとなっている力がある。そして、神様の力を借りることで使える奇跡使いの騎士が一二人いるから他国からの侵攻はあまりない……うん、分かってきたけど納得はできねぇな。
「あ、そういえば、アンタの名前聞いてなかったわね。私はフェリス・ラン。先ほどは素敵なご挨拶をあ、り、が、と、う、ね!」
フェリスと名乗ったバンダナの少女は皮肉たっぷりに挨拶をしてきやがった。
まぁ、名乗られたんだからそれに返事を返すのが礼儀ってもんだろう。
「あー俺の名前は岸波歩斗。えっと、よろしくー」
「キシナミ・アルト? アンタ、東の人? 名前の響きがそれっぽいわ」
「あ、そうか、もしかして名前と苗字逆か。えっと、歩斗がファーストネーム? で、岸波がなんつったかな? そうそう、ファミリーネームだ。だから、アルト・キシナミって、こう言った方がいいのか?」
「分かったわ。じゃあ、アルトって呼ぶ事にするわね」
「お、おぅ……」
正直、俺は戸惑った。ここまで普通に話をしたのが久しぶり過ぎたから。
高校に入ってから二年間、悪い友達とつるむようになってから、まともな奴と話した事がない。まず、学校の奴らは俺を危険人物だと判断して近づこうとも思わない。だって、俺はずっと悪評を振りまいていたのだから。
それに、家族ともまともに話していない。
ナンパで引っかけた女だって、こんな悪い顔をした奴と話そうだなんて思ってくれなかった。
しかし、目の前の神父といい、フェリスといい、周りの子供たちといい、俺と話す事に躊躇がまるでない。やっぱり、このような対応をしてくれるのは俺の事を良く知らないからだろうか。うん、そうに違いない。
「っていうかおにーさん、その顔怖いよ~。笑顔にならなくちゃ!」
教会に遊びに来ている子供の一人がそう言った。
こんな悪人面の不良に話しかけるなんて勇気のある子供なんだ。
これも、俺という人をよく知らないからできる事に過ぎないはずだ。
「うるせー、俺は生まれつきこういう顔なんだよ。あと、俺に笑顔を求める事自体間違ってる。期待すんな」
あはははは、と子供たちが笑う。一体何が面白いのか分からない俺は、困った顔をするしかなかった。そんな俺を見てフェリスはクスッと笑いやがった……ムカつく。
「とりあえず、外の剣を抜いてみてください。それで、あなたが本当に剣に選ばれた者なのかどうか分かるはずです」
神父が脱線していた話を戻す。神父の言う通り、まずは剣と自分の関係性を確かめなくてはならない。神父の言った事が本当なら、その剣の力を使って自分の部屋に戻る事ができるかもしれない。ここでは、魔法や奇跡が普通らしいのだから。
その時だった、外から大きな爆発したような音が聞こえた。
急いで外に出ると、そこに居たのは、ぼろ布で顔を隠している物騒な奴が数人。
そいつらは剣を無理やり奪おうとしたのか、剣が刺さっている岩の周りの土が抉れていた。さっき爆発したような音が聞こえてきたが、あれは爆薬かなんかで岩を破壊しようとしたのだろうか。それにしては剣や岩に傷ひとつない。
「なんだ、人がいたのかよ。まぁ、どうでもいいか。おいジジイ、この剣、頂いていくぞ。いいよなぁ?」
いや、良くない。
あの剣は俺が元居た世界へ帰るために必要になるであろうキーアイテム。それを見ず知らずのよく分からない奴らに奪われるだなんてあってはならない。もし奪われたら、自分の世界に帰る事ができなくなるかもしれない。
「テメェらァ! その剣を持って行ってもらっちゃ困るんだよ。それは俺のものだからなぁっ!!」
まずは、先頭に立っていたならず者に殴りかかる。今までケンカしてきた俺にとって、相手の顔面にパンチを入れる事など躊躇なくできる。ましてや、今回は相手を殴り倒す理由がそこに存在している。だからこそ、遠慮はいらない。
顔面を殴り、鼻から血を出すならず者に更なる追撃を与える。倒れそうになっているソイツの胸ぐらを掴み、こちらに引き寄せる。そしてそのまま腹部に膝を入れた。
倒れるならず者を蹴り、また踏みつける。俺は容赦ない暴行を続けた。もう、あの剣には関わらない様に脅しの意味も込めて。
「なぁ? お前らの仲間、こんなになっちまったけど、まだ続けんの?」
きっと、元々悪人面である俺の顔は更に悪い顔っているだろう。こんなん見せちまったらフェリスって奴や子供たちはどんな反応を返してくんだろう。すげぇ不安になる。
「ふん、殴る蹴るしかできないお前が何を調子ほざいてんだ?」
そう言ったならず者の手には火の玉ができていた。
「オイ! なんだよそれ反則だろォ!?」
これが、この世界の魔法……俺がいた世界ではありえなかった現象が、そこにある。さすがにこの攻撃に対してどうすればいいのか分からない。知識も何もない俺ができることはただ一つ。避ける。これしかない。
「オラ、何びびってんだよ!」
その火球を俺に向かって投げつけてきやがった。
俺はその火球を恐れずにガン見してやった。それはこの攻撃を避けるため。当たる直前に俺は身を低くして、火球を避けてやったが、これで終わるわけがない。
どうしろってんだよ! 魔法使いを相手にした事なんてないぞ!
その時だった。後ろから子供たちとフェリスの、
『剣! 剣を抜いて!!』
という声が聞こえてきた。
そうだ。使った事はないが、武器さえ持つ事ができれば、この状況を変える事ができるかもしれない。だが、本当に自分が抜く事ができるのか? 俺は不安になるしかない。なんだかんだで自信がないのだ。自分には剣を抜く事ができるという確証なんてどこにもないのだから。
だけど――
「抜くしかねえよなぁぁぁあああ!!」
数人のならず者が一斉に火球を掌に出している。これが投げられたとしたら、さすがの歩斗もすべてを避ける事なんてできない。
短い距離だが、歩斗は全速力で岩に刺さった剣の下へ走る。
一瞬、ならず者たちがその行動に驚いて、行動が遅れた事は幸いだった。
見事剣の下にたどり着いた歩斗は、剣の柄を握りしめ、その岩から剣を引き抜く。
その時。
どんなに強い騎士でもできなかった事を俺は成し遂げてしまった。
それはそんなに難しい事じゃない。ただ単に岩に刺さっている剣を抜くだけ。
そんな単純な事なのに、この場にいる者たち全員が驚きを隠せていなかった。
「な、なんでそんなにいとも簡単にその剣を抜くんだよ!? お前は一体何なんだよ!」
「あん? ただのクズな不良だよ、ザコが」
剣を握りしめ、ならず者に切りかかる。不慣れで、まったくもって様になっていない剣筋だが、その刃は確かにならず者の胸に切り傷を作った。
「ぐあああああああああああああ!!」
ならず者はその激痛に耐えられずに叫ぶ。
嫌な感覚が手から伝わってきた。これが、人を刃物で切るという行為。とてつもなく生々しくて、生というものを感じさせてきやがる。気持ちわりぃ。
だがそんな俺の気持ちなぞ知らないならず者たちは、火球を一斉に投げつけた。
ヤバい。もう避けるとかの次元じゃねぇ。
「うわあああああああああああああああああああああああ!!」
俺は本能のまま叫んで、剣を振りまわした。その火の玉を切ったり逸らしたりできるんじゃないかと、淡い期待をしながら。
目の前が少しだけ光ると、期待通り火の玉は剣で切った瞬間に消えた。どういう原理かは知らねぇが、とにかくケガせずに済んだ。
「あーもう! 剣なんか使いにくいんだよ! 火の玉防げたし、もうイラネ」
正直、これは俺の弱さが生んだ逃げる行為。人を切った瞬間に味わった気持ち悪い感触を、もう体験したくないという、俺に似合わない優しさと弱さが浮き彫りになった瞬間でもある。
「オラァ!! とっとと逃げろや! こっから居なくなれよッ!」
再び拳によるケンカのスタイルへと戻した。しかし、剣を抜いて斬り付けた事によって威嚇がすでに済んでいたためか、ならず者たちの行動に遅れが生じていた。
アイツらにとってそれは致命的だった。
逃げ腰になっちまった相手はカモになったも同然。そこから逆転なんてもんは有り得ない。あるのは絶対的な敗北のみだ。
俺はそいつらの顔面や腹、時には金的も狙ってメタメタにしてやった。これできっとこの剣を狙うなんてことはなくなるだろう。
「クソッ!! 撤退だ!」
ようやくならず者たちは逃げ出した。
しかし、問題が一つできてしまった。フェリスたちにこんな暴力的な部分を早々に見せつけてしまったのだ。
正直、振り向きたくない。怯えていたりしていたらどうしよう、また一人になったらどうしよう、という不安があるからだ。
だが、そんな彼の不安を消し去るような声が聞こえてきた。
「すっげー! おにーちゃん強いんだね!」
子供が一人、そんな声を上げた。すると、続くようにして歩斗の周りに子供が寄って来た。
どうなってんのか分からない。普通なら俺に恐怖を抱いて去っていくはずなのに。
「どうやったらそんな風に強くなれるの?」
「あ?」
「火の玉、怖くなかったの?」
「は?」
「僕にケンカの仕方を教えてください!」
「ちょっと、はぁ!?」
思いもよらない質問責めに、ただただ戸惑うしかない。
そんな光景を、神父とフェリスは微笑んで眺めていた。
「あー、ちょっとお前ら! いい加減にしやがれ。俺は、お前らにこうなって欲しくねぇんだよ! お前らが思ってるほど俺は良い奴じゃねえんだ!」
俺の心からの叫びも、子供たちの元気な声の前に消えていってしまった。子供のパワーは計り知れない。
そんな俺に助け舟を出したのはフェリスだった。
「あー、はいはい。アルトのお兄ちゃんと遊ぶのはその辺にして、今日の晩御飯のパンを配るよー。早い者勝ち。パンの入っているバスケットは教会の中だぞー。急げー!」
子供たちは急いで教会の中へと消えていく。
辺りはもうすっかり真っ暗で、時間も夕食時だ。フェリスは子供に配るためにパンを持ってきていたようだった。
そのとき、ぐー、とお腹が鳴り響く。
「ぷっ!! あはははははは!! あんな風に格好つけといて、お腹鳴らすとか、最高のオチだよ本当に。あー、アルト、締らないね。あはははは!!」
「うっせーよ!! パン、俺にはないのか?」
「たぶんあるよ。よかったねぇ、私がパン屋やってて」
正直、本当に助かった。もし、この出会いがなければ、これからしばらくの間、飲まず食わずだったかもしれないからだ。
こうやって、この世界に来て食料を確保できるのは幸いだった。
俺は地面に突き刺した剣を抜き取ってフェリスと共に教会へと入る。
すでに子供たちはパンを美味しそうに頬張っていた。
「はい、どうぞ。アルトの分だよ」
フェリスは笑顔でパンを渡してくれた。何の変哲もないコッペパン。だけど、腹が空いた彼にとってはこれ以上ないくらいに美味しく感じていた。
美味しそうに食べる様子を見て、フェリスは思わず笑顔になる。
さて、これからが問題だ。
剣は無事に抜けた。
これが意味するものは、神父のおっさんの言う通りだとして、俺は剣に選ばれた者だという事になる。
しかし、だからといってどうすればいいのか分からない。剣を手に入れたからといって、それから何をすれば元いた世界に帰れるのかが、まったく持って検討が付かない。
「で、これからどうするの、アルトは」
フェリスはたったいま俺が悩んでいた事を聞いてきた。それを今考えていたところだっての!! こっちが聞きたいくらいだ。
「……知らん。もちろん、知り合いなんて今この場で出会ったお前らくらいしかいねーし、頼れる人と言ったらお前か神父のおっさんくらいしかいねーよ」
「なによ、そのあからさまに助けてくれっていう視線は。あえて目線をそらすのが確信犯ね。私には分かる」
「なら俺を助けてくれよ! さっきだって助けたじゃねーかよ」
「えー。だって、あれはアルトが勝手にやった事じゃん。助けて、だなんて言った覚えないんだけど?」
「う……」
確かに、あれは誰かに助けを求められたわけではなく、元の世界に戻るための手がかりがなくなってしまうと思って、俺が勝手にやった事だ。別に恩を売ったわけではないのだから、フェリスが歩斗に何かをしてあげる義理があるわけじゃない。どうしよ。
そんなとき、神父が提案をしてきた。
「いいじゃないですかフェリス。お店は、今フェリス一人でやっているんですよね。パン屋を営むにあたって、力仕事ができる男がいれば色々と都合がいいのではないですか?」
「そうねぇ……。うん、神父さん、ナイスアイディア! アルト、アンタの衣食住の面倒を見てあげる代わりに私のパン屋を手伝いなさい。いいわね?」
それはとても魅力的な提案だった。
見知らぬ土地に来て、右も左も分からない現状、そんな状態でいきなり住む場所を確保できるのは大きい。これ以上はないという選択肢だ。
当然返事は――
「恩に着るぜフェリス! その条件飲んだ! あー、助かった……これからどうなる事かと思ったよ」
「ま、ちゃんと働いてもらうから覚悟しなさいよ!」
これで俺は働く事と引き換えに済む場所を手にする事ができたわけで、次は元の世界へ帰る方法を探すことになるのだが……心のどこかにもやもやとしたものが渦巻いていた。
俺はこの正体に気付く事もなく、教会を後にした。




