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第三章『悪夢』《挫折と決意》

第三章のスタート。

強い身体を得た岸波歩斗には、まだまだ弱いものがある。

それは、身体を鍛えたところで発達しない。筋力とか、体力とか、そんな単純なものではなく、もっと複雑で難しいもの。

  1


 騎士団、ラウンドテーブルへ入団した日からから約一か月ほど経った。

 俺は厳しい訓練に耐え、心身共に鍛え上げられた。

 クラウディアさんに怒鳴られた事もあった。心が折れそうなときもあった。でも、それでも、俺が目指す目標へ一直線に突っ走った結果、今の自分がある。

 筋力も、体力も、剣の使い方も、一端の騎士くらいには上手くなったはずだ。これもクラウディアさんの鬼の指導の賜物(たわもの)だろう。


 ただ、未だ馬のラムレイには認めてもらえずにいる。今は仕方がなく別の馬に乗っているが、まだ俺はラムレイの事を諦めてはいない。ラムレイに認められ、相棒にする事も目標の一つなのだから。


 そして今日、ついにラウンドテーブルの騎士たちに合流する。ようやく他の騎士たちと顔をあわせて訓練するときが来た。

 待ちに待ったこの日。ようやく俺は、魔法と言うものと関わる事になる。

 そして今、俺はラウンドテーブルの騎士たちの前に立っている。


 この日に合わせて騎士甲冑が支給された。ゴツゴツした鉄でできた鎧をイメージしていたんだが、そんな重い物を身に着ける必要はないらしい。

 この世界には魔法がある。その事を失念していた。

 渡されたのは軍服のような白地の服。それに黒いラインが入っていた。


 この軍服のような甲冑は、魔法によりこの身に襲い掛かる衝撃などを緩和してくれる効力を持っている。もちろん、魔法などに対しても対策はされていて、ある程度はダメージを軽減してくれる優れもの。

 だからこの世界の騎士はゴツゴツとした騎士甲冑を着ない。魔法を使うことで鋼鉄よりも強い布や革などの素材を作れるからだ。だから、わざわざ重い金属をほとんど使う事なく、軽量で身軽な動きができる防具が使われるのは当然の事。


 俺が着ている甲冑のラインの色は、先ほども言った通り黒。これはラウンドテーブルにおいて最下位の者に与えられる色だそうだ。ただ、黒と言ってもこの甲冑を着ているだけでそれなりに上の立場に立っている事になるのだが。


 ただ、この甲冑を着るという事は、それ相応の責務を持つ事になる。

 これを身に着けた俺は、これから騎士としてその立場にふさわしい立ち振る舞いが求められる。


 さて、騎士たちを見ると、一か月前とは違い、自分も少しは成長したと思えてしまう。

 あの時は戸惑って余裕がなかったけど、今は気持ちに余裕を持って、しっかりとした立ち振る舞いができている。


 クラウディアさんはしっかりとした隊列で並んでいる騎士たちを一通り見て、言った。


「さて、この度、このアルト・キシナミは基礎訓練を終え、貴様たちに合流する事になった。皆も知っている通り、彼はこの世界の出身ではない。魔法や奇跡の事も分からない。そこで、私と共にキシナミに魔法を教える者を用意する事にした。キャロル・クーパー、貴様が一番魔法を使う事に(たけ)けている。キシナミに魔法を指導するのだ」

「は! 了解しました!」


 元気よく返事を返したキャロル・クーパーという女性は、ショートカットでいかにもわんぱくそうな性格をしてる顔たちだった。


「では、これで解散とする。各自、自主鍛錬に励め」

『は!!』


 騎士団一行は気合いの入った返事を返し、各自ばらけていった。

 ここに残ったのはクラウディアと、先ほど俺に魔法を教えるよう指名されたキャロル・クーパーという女騎士だけ。すると、キャロルって奴はは俺に近づき、元気な声で挨拶してきた。


「やっほー! 今日からキシナミ君に魔法を教える事になりました。キャロル・クーパーです。キャロりんって呼んでね!」


 何ともまあ、印象的な自己紹介だった。てかキャロりんって……。

 いざ、目の前に立たれると背丈が少々小さく感じる。まぁ、俺の身長が一七〇センチメートルくらいだから、キャロルは余計に小さく見えるだけだろう。大体、一五〇センチメートルくらいだろうか?

 そんな事を考えていると、下から覗きこまれるようにキャロルに睨まれた。


「あー! コイツちっせーな、とか思ったでしょ!? そりゃ、クラウディア教官やキシナミ君と比べたら小さいかもしれないけどね、女の子ってこれくらいなんだぞ、平均なんだぞ!」


 頬を膨らませながら言う姿はまるで子供の様で、俺としては癒されるなーって思った。

 そんな目で見ていると、さらに睨まれてしまった。ごめんごめん、と謝ってなんとか彼女を沈める。これ以上何か言われてしまうと、いつまで経っても本題の魔法の指導に入れない。

 まず、キャロルから魔法と奇跡についての概要を話してくれた。


「キシナミ君は魔法や奇跡はがまず存在しない世界の出身だから何も分からないだろうし、まずは基本的な概要から教えるね。まずは魔法から」


 キャロルは一呼吸置いてから説明を始めた。


「魔法って言うのは、この世に存在する魔力、マナを使って発動させるものなの。その制御も、簡単な魔法なら誰でも扱う事のできる力だから、ごく一般に使われるものなんだよ。ただ、戦闘魔法となると話は別で、より高度なマナの制御が必要になるわ。これから覚えてもらうのは、戦闘魔法と言っても制御の簡単なものだから、おそらくこの世界出身じゃないキシナミ君でも使えるようになると思う」


 キャロルの話を聞いて、何となくだが理解する事ができた。

 要は、空気中に存在するマナという力を操る事で魔法を発動する事ができるって事だろ。

 元々この世界にある力が源なら、魔法を使った事がなくて、他所(よそ)の世界から来た俺でも使う事ができるかもしれない。


 そして、キャロルは思い出したように言う。


「あ、それから奇跡の説明ね。奇跡っていうのは少々特殊で、神を信仰する事で起こす事のできる現象を言うの。えっと、この世界には様々な神がいて、たとえば太陽の神とか、炎の神とか、物とか現象ひとつひとつに神様がいるとされているんだ。信仰というからには忠誠心が必要で、複数の神を信仰する事はできないんだよね。国王様は太陽の神を信仰していらっしゃるわ。国王様が願えば、雷だって何もないところから起こして、雷の槍を作り出す事もできるの。これが奇跡よ」


 魔法は何となく想像できていたが、奇跡は魔法とどう違うのかが分からなかった。

 神様の力を借りるとは聞いていたけど、とにかく一つの神へ忠誠して、すげー力を貰い受けた結果、魔法じゃできない事をやってのけるって事か。


 しかしこの世界の宗教観は日本と同じく多神教らしいな。キリスト教とかは一つの神を崇める一神教だけど、日本には八百万(やおよろず)の神――万物にはそれぞれ神が宿っているという考えがある。それと同じ感じか。


 この世界もその考えは同じで、事実、力を与えてくれる事から、実際に神は存在するのかもしれない。それが本当に神の力なら。


「クラウディアさん、その神様って見た事あるのか?」

「いや、実際に神の姿を見た事はない。ただ、その類の、強大な力を感じ取った事があるだけだ」

「そうか……」


 なら、もしかしたら、神とは違う別の存在が力を与えているのかもしれない訳だよな。

 まぁ、これも一つの考えでしかないし、この世界では神が力を与えてくれるという考えなんだから、そういう事にしておくだけだ。あまり深く考えないでおこう。


「もしかして、この前見せてくれたクラウディアさんのあの技って、奇跡の(たぐい)なのか? 絶対にアレは人間業じゃねーし、神の力を借りたとしか考えられねぇんだけど」

「ああ、確かにアレは奇跡の類だ。私が信仰しているのは風の神。その力によって私は人を超えたスピードを手に入れる事ができたんだ」


 そういう事なら納得だ。クラウディアさんが披露した連続的な斬撃は人間の力では到底できる事ではない。だけど神の力を借りたとなれば、あの現象もありえない事じゃない。

 そのとき「ただ」とキャロルは言った。


「神は信仰すれば誰にも力を与えてくれるっていうものじゃないんだよね。その条件は分からないけど、一部の人にしか力を与えてくれない。だから、奇跡を使う事ができる人と、そうでない人の力の差が大きく出てくる。これが、象徴騎士(シンボルナイト)が圧倒的な力を持っている所以だよ」

「つまり……象徴騎士(シンボルナイト)の十二人の奴らは全員――」


 そうだ、忘れていた。


 象徴騎士(シンボルナイト)の奴らは、なぜそれになれたのか。絶対的な力を持ち、他者を寄せ付けない強者になれたのか。


「その通り。象徴騎士(シンボルナイト)の十二人は全員奇跡を使えるんだ。そりゃー強いわけだよね。神の力を借りてとてつもない能力を手に入れてるんだから」


 俺が目指すのは象徴騎士(シンボルナイト)なんだ。でも奇跡を使えなきゃ話になんないって事かよ……。あの領域に到達してやる、と意気込んだってのに、その目標が遠のいてしまったじゃないか。つーかアレに奇跡なしに対抗するって、どんだけ努力すりゃいいんだよ。


 奇跡は誰もが使える力ではない。つまり、俺が使える可能性は低いはずだ。

 落ち込んでいる俺に、キャロルは元気を分けてくれるような笑顔でこう言ってくれた。


「ま、もしかしたらキシナミ君は奇跡を使えるのかもね。だって、異なる世界を移動したとてつもなく珍しい人だもん!」


 その言葉は、彼女の笑顔も相まって俺の励ましになった。

 そうだ、俺は別の世界に移動するという現実離れな事をしでかした奴じゃないか。

 それはまさに奇跡と言ってもいいはず。

 この世の中に絶対というものは存在しない。だから俺にも奇跡を起こせるはずだ。いや、起こさなければならない。俺の目標とする場所に到達するためには必要な事なのだから。


「そうだな。俺は別の世界に飛んだ奴なんだ。奇跡は起こせるはず。いや、起こして見せんだよ!」

「おおー! やっぱりキシナミ君はどこまでも真っ直ぐな人だねぇ。うんうん、クラウディア教官が言ってた通りだぁ。さすがは教官のお気に入り!」


 彼女はそんな事を言い出す。俺は怪訝な顔をして、クラウディアの顔を見る。

 すると、彼女は顔を真っ赤にして震えた声で反論した。


「何を言っているんだキャロル! 別に彼の前でそんな事を言う必要はないだろ!」

「あれあれ~? でも否定はしないんですね。まぁ、教官はあんなに楽しそうにキシナミ君の話をしてたんだから、否定のしようがありませんものね!」

「なっ!? わざわざそんな事を彼の前で言わなくても……!!」

「さっきから同じ事しか言ってませんよ教官? かなりテンパってるみたいだから、これくらいにしておいてあげますよ。あ、それと、私もキシナミ君の事、気に入ったかも。これからよろしくね、キシナミ君」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「貴様らは教官の私をバカにして! 立場はまったく同じだという事を逆手にとって、うぅ……」


 めずらしくクラウディアが言い負けた。このキャロル・クーパーという女、ただ者ではないらしい。

 一応、教官という立ち位置にいるクラウディアさんだけど、騎士団の団員の立場は象徴騎士(シンボルナイト)だろうがなんだろうが皆同じらしい。だから、別に敬意を持って接さなくても問題はないと聞いた。


 ただ、年齢の差を考えればキャロルはクラウディアさんの事を敬わなければならないけど、この騎士団は仲間意識を高めるために年齢の壁などは取り払っていて、全員が一介の騎士という扱いにしている。だから何の問題もないはず。


「まぁ、許してくださいよ教官。じゃ、早速魔法を使ってみようか!」


 落ち込むクラウディアさんを可愛そうだが無視して、キャロルはさっさと話を進めた。


 場所を移し、俺たち三人はある程度の高低差がある場所にやって来た。目の前には落ちたら足を少し痛めそうな高さの段差。目測、だいたい二メートルほどかな。こんなところで一体何をしようというんだ?


「ここは、騎士になるためには必須になるだろう魔法を訓練する場所。キシナミ君にはランディングの魔法をまずは覚えてもらいます」

「ランディング? なんだそれは?」

「ランディングと言うのは着地魔法の事。普通は高いところから落ちたら怪我をするよね。たとえば、目の前の低い崖。これを飛び降りたらどうなる?」

「これくらいの高さなら、まぁ、捻挫くらいの怪我はしちまうだろうな」

「うん。いくら身体を鍛えている私たちでも、この高さから降りたら怪我をしちゃう。この崖を安全に飛び降りるには、ランディングの魔法を使って着地の衝撃をなくす必要があるんだ。この魔法は、いろんな場所で戦う事になる私たちは必須なんだよ」


 なるほど、と俺は頷く。たしかに、騎士となれば様々な地形で戦う事になるはずだ。ときには、高所から飛び降りる必要も出てくるだろう。そんなとき、このランディングという魔法が使えれば、基本的にはどんな場所でも対応できるはずだ。


 でも、その逆はどうなのだろう。低所からの高所へはどうやって上がるんだ?

 その疑問はすぐに解決した。


「それができるようになったらハイジャンプの魔法も習得してもらうよ。これはそのまま、魔法の力を借りて高くジャンプできるようになる魔法なの」


 高所からの着地をランディングの魔法によって制御できるようになったら、次はハイジャンプによる跳躍魔法の取得。つまり、これによって今度こそ水上や水中、空中に炎の中という特殊な場所以外は完全対応できるというわけか。


「なるほど。じゃあ、まずはランディングからだな。まずは何をすればいいんだ?」

「いいねいいね! やる気満々だね! じゃあ、これ持って」


 キャロルが手渡してきたのは木製の短い棒。これって魔法魔術学校の映画に出てきた魔法の杖じゃないか?

 派手な装飾というものはなくて、木を削っただけの地味な杖。本当にこれで魔法が使えるようになるのだろうか? まぁ、あの魔法魔術学校も派手な杖を使ってたわけじゃないし、大丈夫だろう。


「地味かもしれないが、これが騎士がよく使う魔法の杖だ。強力な魔法となるとこれでは扱えないが、戦闘を補助する魔法はこれで十分なんだよ。短い分、取扱いについても容易だしな」

「そういうもんなのか。じゃあ、俺はこれで十分なんだな。よっしゃ、早速やってみよう。で、一体どうすればいいんだ?」

「重要なのはイメージ力よ。自分の足に力が宿って行くのをイメージしながら、魔法名を宣言するだけ。私がまずやってみるね」


 一通りの説明を終えたキャロルは、二メートルちょっとの段差の前に立ち、杖を構えた。


「いくよー! ランディング! よっと!」


 とても短い間隔だった。魔法名を宣言し、杖を足へ振ったかと思えば、次の瞬間には飛び降りていた。下を覗くと、スタッ、っと華麗に着地するキャロルの姿が見えた。こちらに手を振り、余裕を見せつけてくる。

 こんな簡単なものなのか。じゃあ俺もキャロルと同じように杖を構えて、足に力が宿るのをイメージして、同じように魔法名を叫けび、杖を降った。


「ランディング! よし、これでいいんだな」


 緊張してきた。普通だったら二メートルという高さは骨折まではいかなくても、足に相当な痛みを与えるはず。ちょっとした怪我もをするかもしれない。だけど、今の俺は魔法の力を借りたんだ。これくらいの高さは屁でもない。


「ん? 待てキシナミ――」


 何やら静止を求める声が聞こえたが、俺はすでに飛び降りる体制に入っていた。こうなってしまってはもう止まらない。俺の足は宙に浮き、重力に引っ張られて下へと落ちてゆく。二メートルという距離はあっという間で、気が付けばもう足が着く。


 次の瞬間――。


「ぐっ!? なああああああああああああああああああああああああああ!!」


 足に激痛が走った。すぐさまそこに倒れこみ、思わず自分の身を縮み込ませた。


 何も考えれなかった。ただ、そこには痛みがあるだけ。毛穴という毛穴から汗が吹き出し、上手く呼吸ができない。まずは冷静に、自分を落ち着かせる事から始めた。


 なんで魔法が発動しなかった? 俺はキャロルがやった通りにやったというのに。イメージもしっかりとできていたはずだ。なのに魔法は失敗し、俺は痛みに身を震わせている。


 洒落になんねぇよ。


「あれ!? キシナミ君、ちゃんと言われた通りにした? ちゃんとイメージした?」


 キャロルは俺に何らかの魔法をかけながら聞いてきた。


「し、したぞ……何で発動しない、んだ?」

「イメージする、って言ってもそんなに細かく思い浮かべる必要はないんだよ? はっきり言ってしまえば、結構あやふやでも大丈夫なはずなんだけどなぁ……。どこに魔力の源であるマナを集中させるのかをイメージできれば、あとは魔法名の宣言で魔法が発動するのに」

「じゃあ何でなんだ? 俺は足にマナが行くのをイメージしたし、魔法の名前もしっかりと言った。……俺に、才能がないからなのか?」

「いや、それは違う」


 気が付けばクラウディアさんが上からここに降りて来ていた。


「この世界ではこんな魔法は誰でもできる。しかも、ランディングは初歩中の初歩で、やろうと思えば子供でもできるレベルなんだよ。いや、もしかしたらサルでもできるのかもしれないな」

「は? じゃ、じゃあ、俺はサル以下のバカ野郎ってわけ……?」


 冗談じゃない。俺がサル以下の才能の持ち主だなんて信じてたまるもんか。俺の目指すのはクラウディアさんたちがいる場所。あのラインスの野郎がいる象徴騎士(シンボルナイト)なんだよ。ここでつまずくわけにはいかないんだ。


「だが、キシナミが子供やサル以下の存在なのかと問われれば、違うとはっきり言える。なぜなら、それ以下は絶対にありえないからな」

「どういう事だ?」


 子供以下でも、サル以下でもないとしたら……俺は何なんだ?

 それにクラウディアさんは今から何を言う気なんだ? 

 嫌な予感しかしない。おれの心を折ってくるような、そんな言葉を吐かれる未来しか見えない。



「魔法を使えない人間など、この世界には存在しない」



 やっぱり、そういう事なんだろうな……。

 俺はこの世界の住人じゃない。異端な奴が、この世界の力を使えるわけなかったんだ。


「貴様が行おうとしたランディングという魔法は、本来なら絶対に失敗しない魔法なんだ。今までこの魔法の発動に失敗した騎士など存在しない。先ほど、貴様がランディングの魔法を発動しようとしたとき、マナが全然動いていなかった」


 一拍おいて、クラウディアは言う。


「いいか、貴様はマナの操作すらできなかったんだよ」


 その言葉を聞いた俺は目を見開き、呆ける事しかできなかった。どう反応したら分からない。その後どんな言葉を出せばいいのかも分からない。そこに立っているだけで精一杯だった。


 この魔法の訓練が始まる前、キャロルは言っていた。俺は奇跡を起こせる人なのかもしれない、と。

 その奇跡は起きた。誰もが使えるような魔法の発動に失敗した、という悪い意味で奇跡を起こした。情けないったらありゃしねぇ。何だよこれはよぉ……。


「何なんだよ!? ふざけんな、こんな事あってたまるかよ。魔法を使えないって、じゃあ俺はどうやって戦えばいい? 俺がここにいる意味って、あるのかよォ!!」


 それが、俺の精一杯の叫びだった。思った事をすべて吐き散らすだけの精一杯の叫び。きっとその姿は、二人の目にとても痛々しく映っただろう。キャロルは目をそらしていた。


 しかし、クラウディアさんは俺を見つめ続ける。この痛々しい姿を晒す俺の事を目を離さないで、その姿を目に焼き付けていた。

 そして、クラウディアさんは険しい顔で前に歩み出し、俺の前に立つ。


「歯を食いしばれぇ!!」


 クラウディアさんはドスの利いた声で叫びながら俺の顔を殴りつけた。

 あまりの衝撃にその場に倒れ込む。とてつもなく痛い。殴られた頬も、そして、心も。


「貴様は喚き散らすためにここに来たのか? 違うだろ? この事実がショッキングな事だって分かるさ。この私が言っても強者の言葉でしかないかもしれない。だが、それを承知で言う。そんな情けない姿を晒すのはダメだ。お前は決めたんじゃないのか? 自分を変えると。不良でどうしようもない自分を、変えたかったんじゃないのか?」


 その言葉は、俺の心をえぐる。

 一か月前に訓練が始まるまでの二日間で、俺は色んな想いに心を迷わせていた。

 そこで、一つの結論を出したでじゃないかよ。

 象徴騎士(シンボルナイト)の一員になってやるってさ。

 それは、これまでの自分を変えて、誰が認めるような一人の人間になってやるという目標が込められているはずだ。


 今、この瞬間。先ほどの自分を思い出して吐き気がするような気持ち悪さに襲われた。

 口の中が苦くなる。

 情けねぇ、情けねぇよな、俺。

 あのときの自分の決意をこんな簡単に捨てちまうなんて、本当に俺はクズでゴミだよまったく。箒で掃かれてちりとりでまとめ取られたくなけりゃ、こんな自分(ゴミ)とはお別れしなきゃならねーよな……!!


 俺は倒れた身を起こし、ゆがんだ自分の顔をシャキっとさせる。そして目を瞑り、今までの自分を思い返す。これまでの想いと、これからの想いを整理するために。



   ◆



 その姿を見たクラウディア教官は先ほどの険しい顔はなく、いつも通り優しく、母親のように暖かい顔に戻っていた。その表情の中には笑みがあって、そしてその目線はずっとキシナミ君の方へと向っていた。

 そんな彼女の姿を見た私は、小さな声でクラウディア教官に話しかけた。


「やっぱクラウディア教官はずっとキシナミ君の事を見ていたんですね。さすがは教官の気に入った男。彼の真っ直ぐな想いはちょっと心惹かれるものがあります。私もキシナミ君の事気に入りました」

「へ? あ、あぁ、そうだな。キシナミはとっても真っ直ぐな男だよ」

「もしかして、好きになっちゃったとか?」

「そ、そんな事は……!!」

「あるんじゃないですかね。一瞬ですけど、私はさっきの彼のシャキッとした表情で好きになりかけました。正直危なかったです。これじゃ私、チョロイ尻軽女になっちゃうなぁ。うん、それはイカンな。うん」

「ぐ……。まぁ、確かに彼には心惹かれているのは認める。だが、恋愛感情はまだない」


 私ははクラウディア教官が思わず口走った「まだ」という言葉はあえて無視した。

 そこをイジれば面白い事になるのだけれど、今は彼が決意を固めようと真剣に思い悩んでいるのだ。それをジャマする事はしたくない。




   ◆



 俺は目を開けて、クラウディアさんとキャロルの事を見る。


「俺、決めたよ」


 彼女たちは息を飲んだ。


「魔法が使えないんじゃ騎士になれない。でも、俺はそれを諦めたくねぇ。だから、ひたすら挑戦する。成功するまで、何度も何度も、捻挫しようが足の骨が折れようが関係ねぇ。俺は、バカみてーに気が済むまでやってやるさ。俺のこの身体が壊れるまでやってやんだよ!!」


 これで良いはずだ。諦める選択肢じゃなくて、挑戦し続ける選択肢。傍からバカにされようと関係ない。可能性がある限り、やってやるしかないんだ。


「バッカだなーキシナミ君は。でも、私は付き合うよ。成功するまでと事ん近くでアドバイスしてあげる!」


 キャロルは手を後ろで組み、前かがみで俺の事を見上げながら言った。


「キシナミ、私も付き合うぞ。お前のその心意気、気に入った!」


 クラウディアさんも俺の目をしっかりと見ながら言った。

 二人は、俺の事を全面的にバックアップしてくれるらしい。こんなにも頼もしい事はない。


 なら、やってやろうじゃないか。


 クラウディアさんとキャロルの想いをムダにしないためにも、俺は絶対に負けない。自分の心に潜む、諦めというもう一人の自分に負けはしない。


 俺が向かおうとしてる場所へと、キャロルとクラウディアは背中を押してくれた。

 それは物理的ではなく、気持ち的なもので。

 心強い仲間を得た。そして、それがとても尊いものだと、ようやく気付いた。

 俺はその想いを胸に、また一歩、前へと進む。

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