第二章『強さを求めた果てに』《己のカタチは》
7
ラインスと戦ってから……あまり覚えていない。俺は、結局倒れちまったのか? だとしたら、俺は負けたって事になっちまうだろうが!! なんだよ、ふざけんなよ。
そういえば、何か頭に柔らかい感触がある。これは芝生や土のものじゃない。何か、人の肌のような温かさがあって、とても心地よい。このまま目覚めず、寝てしまいそうになるくらいに気持ちよかった。
「おい貴様、意識を取り戻しているだろう。分かっているんだぞ」
クラウディアさんの声が聞こえてきた。バレてしまっているならしょうがない。俺は潔く目を覚ます事にした。
目を開けると、目の前にあったのはクラウディアの顔。俺の頭は現在、彼女の太ももの上にある。これは、いわゆる膝枕、というものなのか!?
「はぇ? ウェ!? う、うわあああああああああああああああああああああ!!」
自分が置かれている状況をしっかりと確認できて、慌てて飛び起きた。まさか、俺が年の近めの年上の女性に膝枕されるとは思いもよらなかった。
ちょっと名残惜しくはあるが……いや、そんな事じゃなくて。
「な、なんでクラウディアさんが膝枕してんの!?」
「いや、ラインスから介護してやれと言われてな。戻っていれば、お前が口から血を流しながら倒れていたから、こうやって介護してやったというわけだが」
「そ、そうなんだ……。あー、その、ありがとう、ございます」
年上の女性には頭が上がらねぇな。さっきまでラインスの野郎とかち合って叫びまくってたってのに、なんだよこの変わり様は……笑えるな。
「まぁ、軽く治癒魔法で治療したから、身体の方は大丈夫だろう。どうだ、大丈夫か?」
「え、ま、まぁ、大丈夫かな。もう完璧に復活だ」
「そうか、それはよかった。では、次の予定だが……剣術を教える。剣は木製の模造剣を使用する。いいか」
「はい。よろしくおねがいします!」
クラウディアさんが木製の模造剣を手渡してきた。これと同じものを、俺は先ほど手に握った。その時は、手も足も出なかった。剣を振る事すら許されなかった。
前に一度、剣を振ったことがある。それは、岩に刺さった剣を抜き取った直後の事だ。ならず者に向って一度斬り付けた。
あの時は、ちょっとビビって捨てちまったんだよな。
相手を殴って傷つけることは今まで何回もしてきたけど、明確な武器を持って人を傷つけたのは初めてだった。
もしかしたら、死ぬんじゃないかって思ったら怖くなっちまったんだよな……。
本当は俺って、臆病者なのかもな。何か自分では認めようとしない感じだけど。
人に暴力を振るっていた。それは、周りに流された結果だということは、もうすでに分かってるさ。
ただ、それは自分がそこに存在しているのだと証明するための手段に過ぎなくて、それがなければ自分を見失っていた。
それが正しいことだとはもちろん思っていない。でも、それが俺の精一杯だった。
だけど、今は俺を縛り付けるものは何もない。まさに真っ白な状態の俺は、迷子の子供と変わりないのかもしれない。自分がどう生きれば良いのか見失っている。
だから、今はこうやって、できる限りの事を考えて、己の意思で行動している。
もしかしたら、この行為こそ逃げなのかもしれない。
自分の犯してきたことに対する逃げ。別の何かをする事によって、自分は善人なのだと、自己暗示しているかのような状況なのかもしれない。
彼の右手には木製の剣が握られている。
「俺は、剣術を覚えて、それで何をすればいいんだ?」
その疑問は、今後の自分を確立するためのもの。
できる限りの事は自分で考えて行動している。だが、全部が全部分かるわけじゃない。当然分からない事なんてたくさんある。その疑問一つ一つが、俺の行動を縛り付ける。
まるで、自分は何もできていないかのような感覚に陥ってしまう。
それではだめだ。
分からない事があれば、人に聞いてもいい。答えを聞いてもいいはずだ。何でもかんでも人を頼りにするのはダメだけど、どうしても分からない問題など、この世には数えきれないほどあるから。
自分は分かっても相手は分からなかったり、その逆も然りで、その手助けをするために、人はコミニュケーションを取るはずだ。
「剣術を覚えて何をするのか、か。騎士となれば、戦う事もあるだろう。その相手は様々だがな。そのとき、剣を握っている者は、何を思って戦うのか。少なくとも私は、隣の人を守るために剣を握っている。それが一番簡単で、でも何よりも大事な気持ちだ」
「隣の人を守る、か。それは、その……フェリスやフローラ、とかでもいいのか?」
「うむ、それでもいいだろう。だが、実際の戦いの場に立てば分かる。貴様はまだこの騎士団との関わり合いが薄いから分からないだろうが、仲間というのは尊いものなんだよ。命を落とす事もある戦場では、なりより共に戦う仲間が第一になるんだ」
「なら、俺はクラウディアさんを守ってやればいいんだな」
「え?」
「ん? あぁ、何言ってんだ俺は。俺は守ってもらう側じゃねえか」
なに恥ずかしい事を言ってんだ。
知っている騎士と言えば、クラウディアとラインスくらいしかいない。ラインスはいけ好かない野郎だから、守ってやろうとは思えない。だが、クラウディアなら、守ってやろうと思えた。生意気にも。
だが、この気持ちは自分の立場をわきまえないものだったのかもしれない。
まだまだ、俺は人を守れるほどの力を得ていない。ましてや象徴騎士として君臨しているクラウディアさんを守ってやるだなんて身の程知らずにも程があるんだよなぁ……。
「まぁ、なんだ。貴様が私を守りたいと言うのなら、強くなって見せろ」
「……分かったよ。なら、強くなってやろうじゃねーか」
勢いよく剣を構える。
それに答えるように、クラウディアも剣を構えた。
お互いに、お互いの顔を見つめあう。これから、俺は剣術と言うものを教わる。
元々いた世界にも、剣道や、フェンシングと言うものがあるが、それは競技でしかない。
これから覚えるのは、人を殺すためのものだ。だが、同時に人を守るものでもある。
俺はクラウディアの言葉によって、隣人を守るために剣術を覚えると誓った。
その想いは着実に一つの塊になろうとしている。バラバラだったパズルのピースが、一つの完成系になろうとしている。
今まで、俺の気持ちはあっちこっちへと様々な方向に向いて、方向音痴のように迷子になり、揺れていた。
どのような考えを持ち、どのように行動していくのか、それがブレていた。
俺は、この世界で生きていく。帰る方法が分からないなら、そうするしかないだろうな。
だから、ここで、俺は、騎士になって誰かしらを守るような善人になってやるんだよ。前のような悪人じゃない。不良でもない。迷惑をかける輩になってたまるか。
俺は誓う。
ここで出会った人たち。
フェリス、フローラ、神父のおっさん、エリナ・スウェールや教会の子供たち、ラインスの野郎、クラウディアさん、その他知り合った人たち。
誰も彼も大事な人たちだ。住む世界は違えど、そこに生きてる。そして、俺もここの住人となったからには、彼らと良い友好関係を結んでいきたい。
今までまともな友好関係を結んだ事がない俺でも、次こそは、と思ってる。
人はやり直そうと思えばできると、そう思いたいから。
「剣術と言うのは、様々な流派がある。中には独学で得た方法もある。つまり、決まった型はないという事だ。キシナミ、貴様はどのようなやり方があっているのかは分からない。ただ言えることは、剣をしっかりと握りしめ、力任せに振らないということが重要だ。出来るだけスムーズに、素早く、それが剣というものだ」
クラウディアの言葉に、俺は考える。
自分の世界で、剣術と言うものは、ある意味身近なものだった。剣道は日本の武道とされているし、フェンシングもオリンピックの競技として存在している。だけど、どれもこれも俺は経験した事がない。
ただ、見たことはある。
そういった競技としてのものだけじゃない。ゲームなどでも剣を振って敵を倒すところなどは見飽きている。
そういうものを参考に、俺はどのように剣を振ればいいのか考える。もちろん、最初から上手く行くとは思っていない。むしろ失敗だらけになるはず。だけど、やるしかない。
「ちょっと軽く相手してくれ。自分の剣の振り方を見つけ出す」
「なるほど。とりあえずは当たって砕けるのか。貴様らしいな」
クラウディアは軽く笑う。
「さあぁ来い! 貴様の剣を見せてみろ!」
「よっしゃあああああああああああ!!」
叫びながら突っ走る。
両手で剣を握り締め、高く降りかかる。全力をそれに込めて、クラウディアさんへと叩き付けた。
クラウディアさんは楽々それを自分の剣で受け止める。だが、その剣の重さに、少しだけその身を後退させた。それに、彼女は驚いていた。
「なるほど、貴様のその筋力を使ってパワーで勝負しようとしたのか。だが、それだけでは単純な攻撃にしかならない。そのままでは勝てないぞ!」
「そんな事は分かってんだ! 俺はパワーだけじゃねぇ。こんな事もできんだよ!」
剣を左手だけで握った俺は、左足を軸に右足でクラウディアさんの腹へと蹴りを入れる。クラウディアさんは少々顔をしかめたが、この程度では動じなかった。
右足を片手で掴まれて、思いっきり投げ飛ばさてちまった。女性と言えど、相手は一流の騎士。その筋力と体の動かし方は並の女性とは比にならない。
「貴様は剣と体術を融合させたのか。たしかお前は一端の不良だったな。なるほど、使い慣れた拳が一番ということか。だが、それではダメだ。まずは剣を自分の物にしろ!」
「クッソ! いい案だと思ったんだけどなぁ。ま、そりゃそうだ。まずはこいつをマトモに使えるようになってからだよなぁ!」
がむしゃらに剣を降ってもダメだ。現に、クラウディアに一発も当てれていない。簡単に避けられ、逆に隙だらけの横っ腹に一撃を入れられる始末。
どうすりゃいいんだよ! 俺は剣なんか使ったことはねーし、どうすりゃ有効な攻撃になんのかも分からねぇ。
そんな俺の考えは筒抜けなのか、クラウディアさんはアドバイス言ってくれた。
「ふん、難儀しているようだな。なら、私からアドバイスをやろう。貴様のそのケンカで得た体の使い方を応用すればいい。剣の振り方など、先ほどの力を込めた一撃でいいんだ。重要なのは、剣を振るまでの動き。そして、振ってからの動きなんだ」
剣を振るまでの動きと、振ってからの動き……?
まずはイメージした。今までのケンカを思い出す。それらの動きを、一つ一つ丁寧に頭の中でシミュレートする。そして、拳で殴る動作を、すべて剣を振る動作に入れ替える。
「なんだか見えてきた。俺のスタイルがな!」
「なら、見せてみろ。お前の剣を、今度こそ!!」
剣を右手で握る。これは拳の変わりだ。
クラウディアさんに近づき、剣を降る。今まではこれを防がれて終わっていた。だが、これまでのケンカを思い出して、いつも通りの動きをする。
防がれた剣は弾かれ、クラウディアさんの剣が頭部へと降り落とされる。俺はそれを見極め、右へステップして避け、すかさず次の攻撃を加える。力を目一杯込めた、重い一撃を放つ。
今までケンカで培った身のこなしを、剣を振り落とすまでの動きと、振り落した後の動きに取り入れただけ。まだまだ発展途上のグダグダな剣術でしかないけど、さっきまでとは動きが全く違うものになっているはず。
だが、クラウディアさんも素人じゃない。そんな一撃は予想の範囲内のはずで、簡単に避けられてしまった。だがしかし、逆に考えれば、今回は明確に攻撃を避けさせるまでに至った。これは明確な変化なはずだ。
あとは、それを極めるだけ。
「キシナミ、お前はやはり面白い。この短時間で自分の進むべき道を見出すとはな。あとは突き進むだけだ。これから、より厳しい訓練が待ち受けている事だろう。だが、貴様が耐える事ができたのなら、お前は強くなる。それは私が保証する。そして、これが私の本気だ。よく見ておけ!」
クラウディアはその剣をも防ぎ、今度は彼女の本気の剣を見せてくれた。
そのとき、幻覚を見た気がした。クラウディアの剣が、何本も、何十本にも見えた。
その瞬間、全身に激痛が走る。
今起こった事が理解できなかった。なぜ、クラウディアさんはそこに立っているだけなのに、自分の身体は今も叩かれているんだ? 一体、自分は何に叩かれているんだ?
俺がそう思っている最中に、クラウディアは言った。
「これが、私の剣。私は風の奇跡によって人の領域を超えた速度で動き、剣を振ることができる。この領域にたどり着きたくば、努力しろ」
クラウディアが背を向けたかと思うと、全身への打撃が終わった。だが、今も体は激痛に襲われている。あまりの痛さに立ち上が事ができなかった。
歩斗はその痛みを噛みしめ、笑いながら言った。
「あははは……やっぱおめーらはおかしいよ。何が人の領域を超えた、だよ。マジで意味分かんねーよ。ここではそんなのが存在してんのかよ。やっぱここはゲームか何かの世界なんじゃねーの? はぁ、やっぱおもしれーなこの世界は。最高におもしれえ」
今日だけで二人にボコボコにされた俺は誓った。
絶対に、象徴騎士の仲間入りを果たしてやると。
俺は静かに意識を落とし、眠りについた。




