第二章『強さを求めた果てに』《相容れぬ相棒》
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城に着いた俺は、ラウンドテーブルの騎士たちの前に立っていた。
ここはドゥームニアの城の中庭。ラウンドテーブルが剣術の訓練をする場所として使われているため、芝生から、生えている一本の木でさえ、とても丁寧に手入れされている。
目の前にはラウンドテーブルの騎士の面々。そこには騎士団の頂点、ラインス・ロックの姿もあった。
ラウンドテーブルの象徴騎士は一二名って言ってたはずなんだが、ここにはラインスとクラウディアの二人しかいない。
きっとどっかに出張なんだろう。つか、二人しかいなくて大丈夫なのか?
いや、そもそもほかの国には一人いるかいないかって言ってたな。だから二人でも十分なんだろうな。
シンボルナイトの二人を見ていると、クラウディアは迫力のある声で言った。
「では、キシナミ、自己紹介しろ」
「は、はい! 俺、アルト・キシナミは国王、ユクラシア・カストゥス様の紹介でこの騎士団に入る事になった……なりました。正直、馬も乗れねーし、剣も振れない。こんな俺だが、どうか受け入れて欲しい。お願いします!」
……うん、むちゃくちゃな言葉使いだったけど、良しとしよう。
ちょっと遅れてやってくる拍手。
目の前の騎士たち二〇人の表情を見ると、中にはあからさまに不機嫌な顔をした者がいた。
そりゃ当たり前か。
ここに居る奴らは、血を吐く想いをして、努力を重ねてようやくこの騎士団に入ったんだ。馬も乗れなくて、剣も振れないような奴がやって来たとなれば、それは快く受け入れない奴が出てきてもおかしくないだろうさ。
これは、人として当たり前の感情で、不機嫌な顔をした人が悪い訳じゃねえ。
俺自身も、嫌な顔をされる事くらい分かっていたよ。自分が逆の立場だったら、ふざけんじゃねぇぞ、と怒鳴り散らしていたかもしれねぇからな。
「ではまず、お前は私とワンツーマンである程度まで鍛え上げる。いいか、手は抜かない。お前も、ここにいる騎士団の奴らと同じ思いをしてもらう。覚悟しておけ」
言葉が出なかった。ただ、黙ってうなずくだけで精一杯だったからだ。
先ほどまでの柔らかい表情がクラウディアさんになかった。そこにあるのは騎士として誇りある立ち振る舞い。
まるで別人だ。
「ついてこい。まずは乗馬からだ。お前に馬を与える」
クラウディアさんに着いていくと、馬小屋が見えてきた。
そこには何頭もの馬がいた。小さい子供の馬から、大きな体つきの良い馬まで。
「ここから、馬を?」
「そうだ。お前が選べ。自分のパートナーとなる馬だからな。騎士というのは、剣を振るう者の事を言うんじゃない。騎馬で戦う戦士に与えられる称号、それが騎士なんだよ。だから、馬は騎士が騎士として存在するには必要不可欠なものなんだ。キシナミ、貴様はこれから、一頭の馬を飼い馴らす事になる。理解したか?」
「あぁ。分かった。とりあえず、俺の相棒となる馬を探し出せばいいんだな?」
「そういうことだ」
馬小屋の中は少々匂う場所ではあるが、動物小屋とはそんなものだろう。
子供の馬もそこに居た。馬に乗ることすらままならない俺にとっては、この小さな馬で練習したいものであるが、そうはいかない。これはパートナーを選ぶ大事な儀式のようなもの。もっと真面目に考えなくてはいけないはずだ。
つーか、どういう基準で選べばいいんだ? とりあえず強そうな奴? それとも何か、こう、漫画みたいにビビッと感じるものがあるのか?
そこにいる十数頭の馬をじっくり見ていくが、特に何か感じることはない。ただ言えることは――。
「馬って、結構可愛い……!?」
まさか、俺もこんなことを思うとは思わなかった。動物というものは、やはり人間を癒すものがあるのだろうか。現に馬に癒されている俺がいる。
ただ、まだ全部の馬を見ていない。歩斗はゆっくりと一頭一頭の馬をしっかりと見ながら奥へと進んでいく。
そして、出会った。
この馬小屋の一番奥、俺に似てムスッとしてる馬がそこに居た。
それは、この馬小屋の中で一番と言ってもいい程の体格の持ち主で、筋肉のつき方といい、体の大きさといい、その毛並みのツヤといい、他の馬とは段違いである。その風格は、正に馬の中の王とも言えるような存在だった。
「お前……超カッケーな。マジで、他の馬とは段違いでカッケーよ!」
その馬に向かって喋りかける。通じないと分かっていても、思わず口走ってしまうほどに、彼はその馬に何かを感じた。そして、思った。
この馬を、俺の相棒にしたいと。
それは、俺のわがままかもしれない。だが、そうだとしても、絶対にそれを現実としたかった。
「お前、俺の馬に……いや、俺と一緒にやっていかないか?」
馬は何も答えない。ただ、そこに佇むだけ。
クラウディアさんを呼び、言った。この馬を自分のパートナーにしたいと。
だが、クラウディアさんは困ったような顔をしてこう言った。
「あぁ、そうだなぁ。そいつは確かに強そうで、見たら自分の馬にしたい気持ちが湧き上がるのは分かる。だが、そいつは人を乗せてくれない。乗ろうとしたら暴れ出すのだよ」
「マジかよ……。いや、でも試してみねーと分かんねーさ。とりあえず乗ってみる」
「乗ってみるのは構わないが、怪我をしても知らんぞ、私は」
クラウディアさんはそう言うが、俺は構わないと言って、馬を外に出してもらった。
狭い馬小屋から出たその馬は、とてつもなく黒く輝いて見えた。元々ツヤのある毛並みが、太陽の光によってより輝いて見えるのだ。
そして、その肉体に心奪われた。
男なら、こんな馬を相棒にできるだなんて、極度の馬嫌いじゃなければ興奮しない方がおかしいんじゃないか?
かの有名な前田慶次を主人公にした漫画を読んだ事があるが、その時に出てきた前田慶次が乗る馬がとてつもなくカッコよく感じた。目の前の馬は、まさにその漫画に出てきた馬のようにたくましく、カッコいい。
「クラウディアさん、この馬の名前は?」
「コイツの名前はラムレイ。毛並みが黒く、とても美しい馬ではあるが、人を選り好みするわがままな馬だよ。さて、早速試してみるか」
クラウディアさんの馬と共に、彼女による乗馬講座が始まった。
「そもそも、馬と言う動物は繊細な生き物で、思いがけないような事を嫌う。だから決して驚かせるようなことをしてはいけない。まずは、馬に優しく声をかけて、自分の存在を馬に知ってもらうことから始まるんだ」
「そうか……ようし。ら、ラムレイ? 俺は岸波歩斗ってんだ。キシナミ・アルトだ。うん、もう一度言うぞ? きしなみ、あると、だ」
自分の名前を覚えてもらえるように、何度も何度も自分の名前を繰り返し言った。
だが、ラムレイはムスッとした顔を変えることはなかった。それでも俺はめげずに話しかける。
「ラムレイ、いいか。俺、乗っちまってもいいか? いいよな? いいよね?」
ラムレイはどこかつまらなさそうにしている。
まぁ、でもラムレイは俺の事を認識しているみたいなので次のステップへと移行した。
「騎乗の前の準備だが、まずは乗るときに足をかけるた鐙というものの長さの調整を行う」
鐙……馬の背中から吊るされてる自転車のペダルみたいなやつか。この前クラウディアさんの馬に全然乗れなかったのは、これの位置が俺に合っていなかったからか?
「片手を鐙の金具に置いて、もう一方の手で鐙自体を張った時に、それが脇の下に来ていれば、それがその人にとって丁度良い長さとされている。キシナミはこの位置でいいか」
クラウディアさんに作業方法を教えてもらい、俺に丁度良い位置に調整してもらった。
これができたら、次はいよいよ騎乗か?
「いよいよ騎乗だが……いいか、鐙に足をかけるときは、決して深く入れてはいけない。もし落馬してしまったら、足が抜けずに馬に引きずられる羽目になるからな。そうなりたくなければ、しっかりこのことを覚えておけ」
自分が引きずられる様を想像してしまい、鐙を見て唾を飲み込む。
足を深く入れ過ぎないよう鐙に足を通し、踏む。
ラムレイを見ると、とてもおとなしい。もしかしたらこれは乗れるのではないかと、ちょっと興奮した。
「乗っかったら、踵を下げろ。でないと、鐙が持ち上がってマヌケな格好になるからな。それから、乗ったら手綱をしっかりと両手で握れ。いいな? 分かったならまたがれ」
「よっしゃ! せーのっと!」
勢いよくラムレイの上にまたがった瞬間――。
ラムレイは唸り出し、暴れ出しやがった。なんだよオイ!!
鐙が上に持ち上がり、まるでエム字開脚しているようなマヌケな絵面になっちまった。
外へと投げ出されそうになり、慌てて力を込めるが、それは逆効果で、余計に鐙が持ち上がってしまう。
「うおおおおおおおおおおおお!! 暴れんなぁ! お、お、落ちるうううううううううううううううううううううううううううううう!!」
マヌケすぎるだろ俺の声……ってそれどころじゃねぇんだよ!
「なっ!?」
クラウディアさんは驚きの声を上げていた。
どうして驚いてるんだろうなぁ? この俺が、乗るのを諦めていないからかァ!?
「俺は、お前と――ラムレイと一緒にやっていくんだよ! 俺の相棒になりやがれよコンチクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
まるでロデオマシーンに乗っているかのように、上下左右に激しく振られる。
が、落とされない。落とされてたまるか。
ラムレイは必死に振り落そうとしているのに俺は必死にしがみついた。気合いと持ち前の力で投げ出されそうになるのを防いでいる。傍から見ればマヌケな格好だけどな。
ついにラムレイは俺を乗せたまま走り出した。しかし、これは俺が操っているわけじゃない。きっと、ラムレイが俺の事を振り落そうとしてやった事だ。
すごい勢いで走り、左右に振られ、内臓の中のものが揺れ、吐き気に襲われても、俺は鐙を強く踏み、手綱をしっかりと握りしめてラムレイの上でキープしている。
が、未だに鐙は上に持ち上がったまま。
早いところ元に戻したいけど、踵を上げる――つまり、つま先を浮かした状態で踏ん張った事なんてない俺にどうしろと?。そんな力の入れ方なんて日常生活でしねぇよ!!
だが、いつまでもその格好でこの暴れ馬に乗っているの難しい。早くちゃんとした姿勢に戻らないと振り落されるのも時間の問題だ。
確か、踵を下げるんだったよな? 一回足の力を抜いて、それから……。
手綱を握る力はそのまま、足の力を抜き、いったん足を下に降ろす。その瞬間、外に投げ出されそうになったが、上手い具合に鐙に力を入れて何とかそれを阻止。
鐙には浅く足をかけ、全体重を鐙にかけて自分の身体を支えた。
どうよ、俺の運動神経は!
踵を下げて、ふくらはぎで馬の腹を圧迫する。
これで姿勢は安定した。あとは、根性でラムレイと共に走るだけ。
「おい、ラムレイ! お前は俺の事を認めねーみたいだけどな。俺はお前と一緒にやっていきてぇ。だから、お前も俺を認めろ!」
何かとムチャクチャな言い分だが、俺の気持ちは真っ直ぐで単純。それは子供のわがままのようで幼稚。だけど熱い気持ちがある。
すると、ラムレイは速度を落とした。
一体どうしたんだ?
「え? なに? 俺のこと認めてくれんの? マジで!?」
そう言った瞬間――ラムレイはいきなり暴れ出す。油断していた俺は思いっきり投げ出され、地面に思いっきり顔面を強打する。そこに石や岩がなく、草地だったのは不幸中の幸いか。
「痛ってええええええええええええええええええええええええええええええ!! なんだよ、俺の事を認めたわけじゃねーのかよ! ……ま、だけど、やっぱ気に入ったわ。絶対に俺の相棒にする。決定だコノヤロウ!」
一人で立ち去っていくラムレイ。俺は急いで駆け寄ってその隣を歩く。
乗るのは嫌でも、横並びで歩くのは嫌じゃないらしい。
全然ダメってわけじゃないのか? 少しでも俺はお前に認められたらって思ってる。
いつか、お前の背中に乗って活躍する事を願ってるよ。
俺の独りよがりかもしれないけどさ。
「ラムレイ、いつかお前を俺の相棒にしてやる。いや、違うな。お前が認めるような奴になってやるから待っておけよ」




