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魔神学園  作者: 秋月白兎
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epilogue

全ての戦いが終わり、平穏な日々が戻った一同にEibonからの呼び出しがかかった。全ての終わりを告げる為に……。

 イサムが優勝してからの三日間というもの、連日連夜スマホと言わず家電と言わず、「何を叶えてもらったんだ!」「何を企んでいるの!」「どうする気なんだ!」と、質問なのか尋問なのか分からない声が鳴り響いていた。その度に人望の無さを実感させられる。いちいち真面目に答える気もないので適当に受け流していると、今度は「もしも他人に迷惑をかけるような事だったら許さないから!」などと「正義の脅迫」とでも言うべき内容に変わって来る始末だ。これではたまったものではないのでスマホは電源を切り、家電は取り次がないよう家人に伝える羽目になったのだった。

 ようやく落ち着いた生活に戻ったと思えばこの有様だ。つくづくトラブルに縁のある男と言えよう。元々もめ事を見付ければ自分から首を突っ込んで炎上させる性格だが、今回は人外の争いだった事もあるのか精神的な疲労を感じていた。自分自身で「柄でもない」と思わなくもないが、たまにはこういう事もあろう。

 そんなある日、またもや魔神使い全員の頭にEibonの声が鳴り響いた。

全員今すぐにEibonの館に集合せよというのだ。

 口々に文句を言いながらも、何故か逆らう事が出来ずEibonの館前に集まる魔神使い「だった」一同。時刻までほぼ同じだったのは偶然なのだろうか。


「何だかんだで集まるもんっスね」

「まぁ……全ての発端たる人物の呼びかけだしね」

「でも前原先輩、今更僕たちを呼び出してどうするつもりなんでしょうね、あの人は」

「考えたって仕方ねぇ、入りゃ分かるだろうが。開けるぞ」


 イサムがドアに手をかけた瞬間、勢いよくドアが開いた。内側から。

 派手な激突音と跳ね飛ばされるイサム。既視感を覚えながらティッシュを渡すリュウキ。正直、狙っているのかと疑うが言葉にはしない。


「……え~と、Eibonさん、僕達を呼び出したのは……」

「おう、まぁ入るがええ。ほれほれ」


 何事もなかったかのように涼しい顔で招き入れる。食って掛かろうとするイサムをリュウキが羽交い絞めにして止めたのもあるのだろう。

 一同が入った館内は、以前にも増して殺風景な印象だった。調度品の類が無いのは同じだが、何故だろう空虚さが漂っているのだ。祭りの後のような寂しさと虚しさが入り混じったような気分に襲われる。


「今日はの、お主らに別れを告げる為に来てもらったんじゃ」

「はぁ!?」

「なんですって!?」

「おいおい!」


 それぞれの言葉で驚きと抗議の意思を示す若者達を平然と見渡すEibonも大したものだ。

 あまりにも一方的な老人の意向への抗議を一頻り聞いてから咳ばらいをすると、身振り手振りを交えて語り出した。

 曰く、自分はあくまでも古代人である。それがFAITを集めるためにアストラル体を投影しただけの存在なのだ。目的を達成すれば遠からずこうなる事は分かっていた筈である。目的を達成した今、いつまでもこの時代・この場所に長く留まる事は望ましくない。それは皆にも理解出来る筈である――等々、一方的な正論をまくし立てられては反論できるのは前原しかいなかった。


「しかしEibonさん、事情はわかりますが少し突然過ぎはしませんか。何故今日なんですか? せめて別れを惜しむ時間を……」

「儂がそんな柄かの?」


 一同が言葉を失った。いや、反論できなかった。前原も、ひねくれもののイサムでさえも。


「あ、いや、なら……なんで今日なんですか? と言うか、決勝から今日まで何をしていたんですか?」


 アサミに視線が集中した。その眼は全てが「ナイス切り替え!」と語っていた。


「儀式じゃよ」

「は?」


 イサムの声が一同の心情を代弁していた。いきなりそんな事を言われても反応に困るというものだ。


「お主らが集めてくれたFAITHを勝ち残った魔神――鞍馬の大天狗に注ぎ込む為の儀式魔術に勤しんでおったのじゃよ。これには長大な儀式と複雑怪奇な魔方陣が必要になるでな、どうしてもこのぐらいの日数がかかるんじゃ」


 全員が表情を無くしていた。さっぱり分からないが納得するしかない――そんな状態だった。


「ま、まぁ……それは分かりました……が、それでは上杉君の願いを叶える暇もなかったのでは?」


 視線が一気にイサムに集中し、当のイサムは「余計な事は言わないでくれ!」と前原に視線で訴えた。その行為は報われなかったが。


「それは問題ない。大した願いでもなかったんでの、その場で叶えてやったわい」

 

 使命感・義務感・好奇心――それぞれの光に彩られた瞳がイサムを射貫き、それに伴う言葉の槍が降り注ぐ。


「ちょっと! 何を願ったの!」

「正直に答えたまえ!」

「何を叶えてもらったんだ!」

「てめぇ! 言えやオラァ!」


 薄っぺらい作り笑いを浮かべてそっぽを向いている。いつもの癖で左顎を掻いている――ところを、リュウキがその腕を鷲掴みにした。


「お前……もしかして……いや、間違いないな!」

「ま、待て!」

「どうしたの!? 分かったの?」


 アサミの声を背中に聞きながら、ジタバタと悪足掻きするイサムの腕をすり抜けて後ろに回ると、スルスルと腕を絡ませ羽交い絞めにして動きを封じた。体を密着させ、足もイサムの内側に配置して金的蹴り対策も怠らない。この辺りはさすがに空手家である。


「皆さん、よく見て下さい。イサムの顎を。左側にあった傷跡が……」

「消えてる!」

「無くなってる!」


 好奇の視線から逃れようと顔を背けるが、無駄な努力だった。その度にヤンキーグループのヨウスケが力づくで戻すからだ。噛みつこうとしても、ご丁寧に額を掴まれていては届かない。

 そして一通り検証されると、今度は突き刺すような視線が襲い掛かってくる。


「まさか……」

「これが……」

「願い事だったの!?」


 イサムも諦めたのか――いや、開き直ったのだろう。皆の顔を正面から見据えた。


「そうだよ、それが悪いかよ!」

「いや、別に悪いとまでは言わないんだが……」

「そのぐらい美容整形に行けばいいでしょ!」

「男がそんなの行けるかよ!」


 言っている事も分からなくはないが、やはりこれ程の騒ぎと引き換えにしてまで――と思う方が普通だろう。


「あ……あんた……あん……た……」

「や、止めるんだ! シヅル君! それ以上はいけない!」


 イサムの胸ぐらを掴んでギリギリと締め上げるシヅルを、前原が後ろから羽交い絞めにして制止する。リュウキに動きを封じられた状態で、抵抗できないイサムは酸欠状態で喘いでいる。皆もめるべきなのだろうが、心情的にはむしろ応援したい、或いは自分の手で――というところだろう。止めようとしているのは前原だけだ。

 Eibonの制止でようやく手を放したが、まだ気が静まらないシヅルをなだめていた前原が話を戻した。


「で、Eibonさん、帰るって本当ですか?」

「おお、やっと本題に入れるの。儀式も願いの成就も終わった以上、長々と別時代におる訳にもいかんでな。ボチボチ帰らねばの」


 何を言おうと聞き入れないのは分かっている。だが突然の別れは受け入れがたいものだ。それでも一方的な別離はどうしようもない。ヤンキーグループ達も胸に去来するものがあるのだろう、悲しみが顔に表れていた。もしかするとウマが合っていたのかもしれない。捉えどころのないEibonのキャラクターと本心を表さないヤンキー達は案外似た者同士といえる。それに願い事を叶えてもらうと言う事は本音を打ち明ける事と似ている。その覚悟をしていたであろう相手との別れは、それだけ重いのだろう。 そしてそれは――皆が同じだった。


「よっこらしょ……と」


 やって来た時と同じ風呂敷包みを背負うと、一人づつ握手を交わし別れを告げて回る。差し出された手を両手で握る者、長く握る者、目に涙を浮かべる者、顔を背けたまま手を握る者――別れの場面が様々に展開される。茅野ケンジに至っては正に男泣きだった。

 そしてイサムは――手を差し出さなかった。


「そんな柄かよ、お互いに」

「確かにの」


 最後の憎まれ口も笑って流されてしまった。周囲かろの咎めるような視線も無視だ。


「さて、それでは……の」


 Eibonが背中を向けた時、イサムが声をあげた。


「待てよ、ジジィ」


 振り向いた老人の前に手が差し出されていた。


「その……なんだ、達者で……な。Eibon」

「ほ、ようやく素直になりおったわい」


 Eibonが握り返してきた。伝わる確かな温かさと強さ。紛れもなくアストラル体ではない、実体そのものだった。


「お主ら全員が『ここ』を出た時、この空間は消える。もう『ここ』には来ぬようにな。それでは……元気での」


 Eibonの前の空間が歪み、渦を巻く。ヒョコヒョコと歩くと躊躇いなく入り込んだ。その姿も共に歪み、渦を巻く。その姿が小さくなり、見えなくなるまで全員そこを動かなかった。


「行ってしまったな……」

「さんざん騒がせておいて、勝手に帰ってしまうなんて……」

「あの人らしいといえばそうだけど……ねぇ~」


 しばらくの間、誰もそこから立ち去る事無く思い出話に花を咲かせていた。Eibonと初めてであった時の事、突っかかって行っても軽くあしらわれた事、水煙草をこっそり吸ってむせた事。全てが笑い話になっていた。二度と戻らない笑い話に。 

 そして――いつまでもそこに居られない事も分かっていた。立ち去らねばならない時は刻々と迫ってくる。一人、また一人と、思い出と寂しさを胸に仕舞ってその場を後にしていく。

 最後に残ったのはイサムだった。最も憎まれ口を叩き、ぶつかって行った。それは本気で、本音をぶつけた記憶。それこそが胸を熱くする。短い間だったが、熱くエキサイティングな日々。それを与えてくれた老人に捻くれた感謝と親愛の情を込めて最後の言葉を送り、踵を返した。


「達者でな、Eibonのジジィ」



   ――完――

長かった連載もようやくゴールに到達しました。お付き合いくださった皆さんに心からお礼を申し上げます。


また近いうちに新作でお会いできる事を楽しみにしています。


それでは少しの間だけ……さようなら。

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