boys meets oldman ②
謎の空間に踏み込むイサムとリュウキ。そこは普段とは違う空間だった。そしてそこで待っていたのは、三年前に商店街に消えた男だった。
二人して元時計店と洋服店の間を覗き込む。やはりこれまで見た事も聞いた事もない、そこには有り得ないはずの光景が広がっていた。それに落ち着いて見てみると、なにか違和感がある。まるで密度の高い空気を通しているような、或いは何か透明な液体を通して見ているような、そんな印象を受けるのだ。
イサムが手を伸ばしてみると、境界面と思しき所で「何か」が手に触れた。
「……どうだ? イサム」
「なんか有るぞ。なんかこう……変な感じだ」
誰でも言えそうな報告だが、わけが分からないのだから仕方がない。
「行けそうか?」
「正直分からんが……行けなくはないかもしれん」
「じゃぁ行ってみよう」
「どぅふ!」
その瞬間、イサムは背中を突き飛ばされていた。リュウキがイサムの背中を掌底突きで吹っ飛ばしたのである。助走もなく、下半身のバネと上半身の回転だけで人一人を吹っ飛ばすとは大したものだ。
「どうだ? 異常は無いか?」
「テメェ! 他にやりようはねぇのか!」
当然の怒りだが、当のリュウキは涼しい顔だ。
「ああ……無いな、うん。で、どうだ?」
「覚えてろよ……まぁ大丈夫だろう。なんかこう、空気が纏わりつくような感じはあるけど、それ以外はなんともない」
左顎の傷跡を弄りながら答えた。
「分かった。じゃぁ……よっと」
リュウキも身体をねじ込んで行く。「境界面」を越える時、何かを通り抜ける感覚があった。温かい水面を割って行く感覚に近いか。
通り抜けてしまうと、イサムの言う通りである事が分かった。空気が体に纏わりつく感じがある。だがそれだけではなかった。視覚情報が違うのだ。
液体を通して見ているような印象は相変わらずだが、普段よりも輪郭がくっきりしており、色彩も鮮やかだ。これは――大きなレンズを通して見ているのと同じだ。大口径の双眼鏡を持っているリュウキはそう確信した。
「……つまり、どういう事だ?」
「口径が大きい双眼鏡や望遠鏡は、それだけ大きな目を持っているのと同じ事なんだよ。正確には瞳孔だけどね」
イサムは巨大な眼を持つ自分をイメージしてみた。
「確かによく見えそうだが……遠慮したいな」
「誰もそうなれとは言ってないよ。ほら、例えばあの森を見てみなよ」
ずっと奥の方に茂っている森を指で示した。恐らく150mは離れているだろう。
「木の葉が一枚一枚識別できないか?」
「言われてみりゃ確かに……しかも葉脈まで分かるぞ! あんなに小さくしか見えねぇのに……」
口径が大きなレンズほど分解能――つまり詳細に識別する能力が高い。それと同じ事が自分達に起きている。リュウキはそう言っているのだ。
「でも俺達の眼がデカくなったわけじゃねぇだろ」
「当たり前だ」
「じゃぁなんでだ?」
「僕に分かるわけが無いだろう」
「そりゃそうだ」
イサムは腕組みをしたまま、そっぽを向いて誤魔化す。いつもの事だった。リュウキは慣れたもので、次にどうするかを考えている。イサムのそういった態度に付き合っていては、何も進まなくなるのだ。
「とにかく、もう少し調べ――いや、探検したいな」
「当然だろうが。じゃぁ取りあえず……あそこへ行くしかないな」
イサムが森の前に建っている、古い石造りの建物の方を見た。造りからして、何らかの店舗のようだと推察していたのだ。よく見ると小さな看板らしき物もある。
「なんだありゃ? E……i……bo……n……エイボン?」
「店の名前かな? とにかく行ってみよう」
二人は恐れる様子もなく歩を進める。大地を踏みしめ前進するその姿は、まさに若武者を思わせる覇気に満ちていた。
あっという間に建物に辿り着き、窓から中を覗こうとするが全く見えなかった。
「仕方ねぇな、入るぞリュウキ」
イサムがドアノブに手をかけようとした、まさにその瞬間。ドアが勢いよく「内側から」開いた。
盛大な激突音をたててイサムがぶっ飛び、後ろにいたリュウキにぶつかる。倒れてもがく二人に向かって脳天気な男の声が響いた。
「おお、やっと来たか! さぁ入れ入れ、遠慮はいらんぞ!」
半分涙目のイサムが男を視界にとらえた。一目でヨーロッパ系と分かる初老の男が、イサム達を陽気な笑顔で迎えている。明灰色のローブをまとい、時代を感じさせる巻き上げ式のサンダルを履いている。そんなわけの分からない格好をしている男が入れと言っているのだ。アヤシイ事この上ない。
「ひょ、ひょっと待へ! 人にドアをくらわひて、ほの態度はなんら!」
鼻を押さえてふがふがと文句を言うイサム。何とか通じたようで、ローブの男はドアとイサムを見比べた。
「ふ~む、なかなか頑丈じゃの、お主もこのドアも」
「なに感心してやがんだこのジジイ!」
イサムが猛然と立ち上がり男に食ってかかる。リュウキも立ち上がり後に続く。
「まぁ落ち着くがええ。取りあえず中に入らんか、手当もしてやろうほどに」
手当と聞いてやっとイサムの気も鎮まってきたようだ。大きな息を一つ吐くとドアをくぐった。リュウキもそれに続く。
中に入ると、石造りの床と壁が広がっていた。外から見ると八畳あるかどうかというサイズの建物だ。それがどう見ても体育館クラスの空間を擁しているのだった。
「……!」
驚いた二人はダッシュで飛びだし、建物の外をぐるりと回って戻ってきた。二人揃って驚きに眼をまん丸くしている。
「おいジジイ! こりゃどういう悪戯だ!」
「悪戯なものか。説明はこれからじゃが……まずは手当といこうかの」
男がイサムに歩み寄る。鼻血こそ出てはいないが、イサムの左頬にはクッキリと青あざが出来ていた。驚きで忘れていた痛みが蘇る。
「いてて……」
「どれ、じっとしとれ」
男がイサムの頬に右手を当てて、ぼそぼそと呟いて手を離すと青あざは跡かたもなく消えていた。痛みもだ。
「消えた……」
「おいジジイ、何をしたんだ!」
「文字通り『手当』じゃよ」
イサムの悪態も涼しい顔で受け流している。男はすぐ横にぽつんと置いてあるテーブルにピョンと飛び乗った。外見からは想像出来ない軽快な動きである。
「行儀が悪いな……」
リュウキの呟きも気にせずテーブルの上にしゃがむ。
「おお、椅子がなかったの。ほれ」
男が指さすとイサムとリュウキの横に背もたれ付きの椅子が現れた。ポンと現れたのではなく、床からむくむくと湧いてきた――そんな印象だった。
「おい……これ……」
「とにかく座ってみるか……」
強度を確かめるように揺すってみたり、脚や背もたれを見てみたり―― 一通り確かめて落ち着いたところを見計らって、男が口を開いた。
「よう来たの、上杉イサムと若園リュウキよ。わしの名はEibon。見ての通り魔道師じゃ」
「ちょ……」
「ちょっと待てジジイ! 何で俺達の名前を知ってるんだ何が魔道師だ何が見ての通りだ!」
「質問は一度に一つ!」
Eibonが人差し指を立てて制止した。イサムが立ちあがって腕まくりをした。乗る気のようだ。
「何で俺達の名前を知ってるんだ!」
「占術でお見通しじゃ」
「何が魔道師だ!」
「本当なんじゃから仕方あるまい」
「何が見ての通りだ!」
「いかにもと言った風体じゃろう。トム・クルーズにでも見えるか?」
テーブルの上から言われると、全てのらりくらりといなされているように思えてくる。イサムもペースを掴めず調子を狂わされているようだ。ここでリュウキが突破口を開こうと口をはさんできた。
「あの……すいません、Eibonさん。どうも話が見えないんで、改めて説明してもらえますか」
とりあえず振り出しに戻して、初めからやり直す作戦だ。
「うむ、そうじゃの。さて……どこからどう話したものか」
「発端から初めて順序よく話せばいいんだ!」
イサムが腕組みをして踏ん反り返っている。とことんケンカ腰だ。出会い方が最悪だったからだろう。それにしても困ったものである。
「そりゃそうじゃの」
イサムの憎まれ口もどこ吹く風である。リュウキはというと、イサムが悔しがる様子を横眼で見てニヤニヤしている。
「さて……まずここにいるわしは本物ではない。アストラル体なんじゃ」
「はい?」
「なんだそりゃ」
「論より証拠、わしの手を触ってみるがよい」
言われた通りに二人がEibonの手に触れると、ふわふわとした感触はあるが、指は苦も無くEibonの手をすり抜けた。磁石の同極同士を近づけた感触に似ている。
「取りあえず、納得はできたかの」
頷いて座りこむ二人にEibonは続けた。アストラル体とはアストラルライトで出来た、いわば霊的な身体の一つである。アストラルライトとは宇宙に満ちた普遍的なエネルギーで、これでできたアストラル体は魔術などの霊的な現象を起こす本質的な能力があるという。
「わしはこれを様々な時代や場所に投影する事で、同時に多数存在できるわけじゃ」
「時代や場所って……どういう事ですか?」
「うむ、わしはな。お主らからすれば遥かなる太古――先史時代のハイパーボリア大陸に生を受けた。そしてわけあってサイクラノーシュ、つまり土星へと逃れたのじゃ。そしてサイクラノーシュからお主らの前に、アストラル体を投射しておるというわけじゃ」
イサムとリュウキは黙って大人しく聞いていた。
取りあえず二週間でUPできました。ギリギリセーフと言う事で!
次は一週間でUPしたいですね。