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魔神学園  作者: 秋月白兎
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the final match②

いよいよ決着の時がやって来た。

互いの手の内を知り尽くした二人――女神の祝福を受けるのはイサムがリュウキか!

 貫かれた大天狗がニヤリと笑った。本能的に危険を察知したリュウキが突槍を離すよう指示を出す――言葉や思考ではなく感覚でだ――前に大天狗の体が爆発四散した。

 爆炎と爆風に混ざって金属質の衝突音が無数に響く。闘技場に散らばった数えきれない程の小片を見たリュウキには理解できた。


 ――天狗礫か――


 実際の爆弾や爆発物でも、爆風そのものには大した威力はない。爆風で吹き飛ばす外殻の欠片や、仕込んだボルトやナットでダメージを与えるのだ。それを大天狗の能力だけでやってのけるとは。今更ながら厄介な相手だと再認識させられる。

 今の攻撃で負ったダメージは馬鹿にならない。イージスの楯が間に合わず甲冑だけで防いだ形になった為、致命的ではないにせよ消耗は避けられない。突槍にも亀裂が入り使い物にならない。武器をフラメア(柳葉状の穂先をもつ槍)に切り替え、改めて構えなおした。トリスタンの端正な顔は煤で汚れ、白銀の甲冑は凹みが目立ち、受けたダメージを物語っていた。

 次の瞬間、トリスタンとリュウキの動きが止まった。探し求める敵の姿が――ない。


――しまった! 隠れ蓑か――


 首筋に電流が走る。疾らせたフラメアの柄に衝撃。完全に反射運動でフラメアをかざして防いだのだ。

 何かが離れる気配が微かに感じられた。武道家と騎士の組み合わせならではだ。リュウキはトリスタンを闘技場の端に走らせた。縁ギリギリに立つと、中央に正対して、イージスの楯を構えてフラメアを握り締める。こうすれば背後からの攻撃は封じる事が出来ると考えたのだ。


 その考えはすぐに裏切られた。突然トリスタンの体が固まり、ぎこちなく両腕が奇妙な動きを始めたのだ。よく見れば体が僅かに震えているではないか。


「な……なんだ、これは……! 体が……勝手に……」

「どうだ、秘術『影縛り』は!」


 かろうじて動かした目に入ったのは、トリスタンの影と一体化した大天狗の姿だった。

 どこまでも非現実的な戦いと化していく。

 影の中の大天狗が右腕を上げると、トリスタンの右腕もじわじわと上がっていく。その動きが極めて遅く、小刻みに震えているのは必死の抵抗によるものなのか。

 徐々にフラメアの穂先がトリスタンの首筋に近付き、ついに触れる――その瞬間、リュウキとトリスタンが雄叫びをあげた。


「おおぉぉぉぉぉぉ!」

「無駄だ!」

「おりゃゃぁぁぁぁぁ!」


 リュウキとトリスタンの左脚が半歩前に出た。右腕が、フラメアが首筋から引き剥がされ、何かを投げ飛ばすように振り下ろされた。


「お、おぉぉぉぉぉ!?」


 足元の影から大天狗の姿がぬぅっと現れ、放り飛ばされた――と、翼を広げふわりと降り立つ。イサムもよろけながらだが、かろうじてバランスを保った。

 一進一退の攻防にギャラリーが更に燃え上がり、これまで以上の大歓声が沸き上がった。


「予想通り、予想以上の戦いだね」

「妙な表現だけど、それ以外に言いようがないね~」

「だが、これまでのところ……若園君の方が優勢じゃないか? あの手この手で攻めてくる上杉君の攻撃を全て防いでいる」

「だけど、これからも防げるとは限らないんじゃないかしら」

「そうね、妙な術が終わりとも限らないし。あるとも限らないけど」


 魔神について、最も経験豊富な生徒会執行部の面々も、この戦いは全く読めない。邪道対正道、天狗対騎士。読める方がどうかしているのだろう。

 現在は大天狗が攻めてトリスタンが受けてたつという展開だが、確かに全て受け切っている。だが見方を変えればトリスタンから攻める事が出来ないという事でもある。大天狗が飛べば攻め手を失うのだ。ジャベリンはあるが、まともに使って通じるとは思えない。対して大天狗は大天狗で決定打を欠いていると言える。

 この先、勝敗の天秤ははどちらにでも傾くだろう。一瞬たりとも目を離せるものではないのだ。

 それは戦っている当人達も同じだ。一瞬でも気を抜けばトリスタンの刃が襲い掛かってくる。一瞬でも目を離せば大天狗が罠を仕掛けてくる。本当の命のやりとりさながらの緊張感に全身を浸らせていた。それは魔神と感覚を共有しているからこそなのだろう。

 更に次から次へとトリッキーな攻撃を仕掛けてくる大天狗と、それを次々と打ち破るトリスタン。

 だがイサムは何故か不適な笑みを浮かべている。攻め手を悉く破られているのに。

 リュウキだけは分かっていた。

 確かに打ち破ってはいるのだが、それは全て気合と底力によるものなのだ。イージスの盾は直接的な防御にしか使えていない。イサムならもっと他の使い方を考えるだろうが、自分はは良くも悪くも武道家だ。そういう発想自体がないのだろう。


――だったら――


 再び分身して立ちはだかる大天狗の群れにトリスタンが突撃した。フラメアではなく、イージスの盾を正面にかざして。最も直接的かつ攻撃的な使い方だった。盾の無効化能力で分身を片っ端から消し去っていく。後に残るのは質量を生み出していた羽根だけだ。


「そう来たか!」


 イサムがそう叫ぶや、大天狗が一斉に飛び立とうとした――まさにその瞬間。ジャベリンが空を切り裂き先頭の大天狗に巻き付いた。ジャベリンにはロープが繋がっていたのだ。実践的に考えれば飛距離と威力が落ちるだけだが、この場合は十分に届くし威力も必要ない。

 巻き付いたロープを力任せに引っ張り、大天狗を床に叩き付けた。響き渡る鈍く重い音。間違いない、本物の大天狗だ。リュウキの読みが的中したのだ。危機感を持てば本物を最初に離脱させるだろうと。ケンカ屋の危機回避本能に従うだろうと。


――これを逃したら後がない――


 フラメアを振りかぶりダッシュで迫り来るトリスタン。大天狗も一巻の終わりか。誰もがそう思った。その時。


「ここだ!」


 大天狗がロープを引き千切ったのだ。非力な筈の大天狗が。そして風を巻いて飛び立つ。リュウキでさえ忘れていた。いや、忘れるように仕向けられていた。イサムが大天狗に付加した能力「13秒の乱気流サーティーン・タービュランス」を。


「残り12秒か……なら一気に! 12倍だあぁぁぁ!」

「なんだと!?」


 大天狗の「13秒の乱気流」はパワーアップの能力だが、倍率に応じて13秒という制限時間を消費する。残り12秒で12倍なら1秒しか使えないが、パワーもスピードも12倍とはシャレにならない。


「行け! 大天狗!」

「くそ!」


 突き込まれたフラメアを難なく躱し、瞬き程の一瞬で――いや半瞬にも満たぬ間に背後に回り込むや宝剣で切り付ける。辛うじてイージスの楯で防げたのは僥倖というしかなかった。だがそれでは終わらない。前後左右に風を巻き、飛び交いながらの斬撃がトリスタンを襲う。12倍のパワーとスピードが全体重をかけて降りかかる。

 僅か1秒に全てを賭けた攻撃は、イージスの楯で防ぎきられた――かに見えた瞬間。渾身の力で繰り出された突きで宝剣とイージスの楯が共に砕け散った。ほんの1秒という短時間で積み重ねられたダメージを無効化しきれなかったのだ。

 そして大天狗も奥の手を使い果たした。イージスの楯は破壊出来たものの、トリスタン自身には大したダメージを与えられなかったのだ。


「こうなると……」

「ああ、『地力』の勝負という事になるが」

「そうなって困るのは上杉君の方だね~」


 大天狗の主力である『術』を悉く破られているこの状態では、何をしようが悪足掻きに過ぎない。誰もがそう確信した。リュウキも勝利の確信が表情に出てしまっていた。


「おいおい、『勝負は最後まで分からない』は持論だったろうが」

「そうだな、そこは謝っておこう。すまん。だが、お前にはもう勝ちの目はないぞ」

「それが気が早いってんだろうが。天狗と言ったらこの赤い顔の他に何を連想する?」

「何って……カラス天狗ぐらいか……」

「そう、それだ! 大天狗! 迦楼羅カルラ面発動!」


 誰もが目を疑った。大天狗の真っ赤な顔が軟体動物の様にうねり、黒く染まり誰もが思い浮かべるカラス天狗のそれに変容したのだ。


「これは……」

「大天狗の話じゃぁな、いつもの赤い顔は『治道面』つってな、法力主体の状態なんだとよ。んでこの『迦楼羅面』はな、力任せに暴れるっつーか、天罰くらわす時の姿なんだとよ」


 カラス天狗と赤ら顔の天狗は別の存在とする説もあるが、変化とする説もある。この大天狗は後者の存在らしい。


「まさか、そんな隠し玉が……」

「術だけで勝てりゃよかったんだがな、お前の楯がどこまで無効化できるか分からなかったしな。奥の手を何にするか、幾つ持つかはケンカの秘訣だろうがよ!」


 武道の試合ではあり得ない展開にリュウキが戸惑う間もあればこそ。一気に間合いを詰めた大天狗の手にはいつの間にか新たな宝剣が握られていた。その一撃の重さ。トリスタンとリュウキの骨まで響いた。これまでの大天狗とは明らかに違う。受け止めたフラメアがたわむ。


「くそ! こんな!」

「これで騎士様にも引けはとらねぇだろうが! そんでもって!」


 大天狗の翼がはためき、またも質量のある分身が姿を現した。数こそ治道面の時よりも少ないようだが、それでも脅威に変わりはない。


「こんな!」

「ぼやく暇なんぞやらん!」


 一気にたたみ掛ける大天狗。縦横無尽に黒い天狗と銀光が走り、ついに――トリスタンの胸を貫いた。

 数瞬の静寂。そして湧き上がる大歓声。長く続いた魔神使いの争いも終焉の時を迎えたのだ。

 胸を押さえて膝をついていたリュウキが立ち上がり、闘技場の上にいたイサムに歩み寄り――握手をかわした。さらなる歓声と拍手が二人に送られた。生徒会の面々も同様だった。ヤンキーグループで唯一未届けに来ていたケンジも惜しみない拍手を送っていた。

 天を仰いでいたアサミが大きな溜息と共にわだかまりを吐き出し、アストレイアを闘技場に送り出した。女神が大天狗に勝利の祝福と、集まった全てのFAITHが流れ込む。これまでに見たそれよりも遥かに巨大な光の大瀑布が大天狗に注がれ、その体が眩しく輝く。

 その時、魔神使い全員の頭ににEibonの声が響いた。


――皆の衆、今までよくぞFAITHを集めてくれた。心から礼を言わせてもらうぞ。さて、上杉イサムよ。願い事は既に決まっておろう。後で儂の元へ来るがよい。そして……全ての魔神と闘技場は回収させてもらうぞ。愛着も湧いておろうが、与えたままという訳にもいかんでな――


 魔神使い達の抗議の声も空しく、体から「何か」が抜け出していく。手をこまねいてそれを見送るしかなかった。闘技場の上にいた大天狗も、輝きを放つ姿が粒子となって虚空に消えていく。イサムが伸ばした手を光の粒がすり抜け――消えてしまうのだった。そして感慨にふける暇もなく、闘技場も幻の如く消えてしまい、重力に逆らう術を持たない二人は、したたかにグラウンドで背中を強打するのだった。


「痛ってぇなくそ!」

「さすがにこれは……抗議しないといけないな」

「あのジジイがそんなもん聞くわけ無ぇだろうが!」


 怒りのやり場を探す二人に前原達が歩み寄って来た。差し出された手と前原の顔を交互に見やるイサム。


「いや正直……ガラじゃ無いんスけど」

「そうはいかない。全てのケジメとでも言えばいいのかな。敗者には気持ちの整理が必要なんだよ」

「こういう時は先輩の言う事を聞いた方がいい」


 一同が前原とキョウジの発言に何度も頷く。こうなると、さすがのイサムも従うしかない雰囲気だ。頭を掻きつつ右手を差し出し――強く握られた。生徒会の一同が次々にイサムの手を握っていく。明らかに動揺を隠せない表情のイサムの背中をリュウキの笑い声が叩く。


「お、おい! 笑ってないでなんとかしろ!」

「無理無理、諦めろ。一人だけ願いを叶えてもらうんだ、そのぐらいの目にはあってもらわないとな」

「この裏切り者ぉぉぉ!」


 苦し紛れの叫び声は校舎のベランダでダベッているコウタ達の耳にも届き、全てを理解させた。

 

「コウタ君……」

「ああ、そういう事みてぇだな。もういい。クソガキ共もあのジジイも前原も、もういいんだよ、坪サン」

「そりゃぁコウタ君がそう言うんなら俺ぁいいけどよ……」


 グラウンドに背中を向けて座っていながらも、そこから動こうとしないコウタにやきもきそているのか、ヨウスケはグラウンドとコウタに忙しく視線を往復させるのだった。


 

いつにも増して遅くなりました。


もう少しだけお付き合いください……。

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