the final match
遂に始まった決勝戦!
勝ち残って願いを叶えるのはイサムかリュウキか?
決勝戦を翌日に控えたイサムとリュウキは、それぞれに『らしい』過ごし方をしていた。リュウキは庭で空手の稽古に精をだし、トリスタンと打ち合わせをしていた。
一方のイサムはというと、大天狗を呼び出してゲームで対戦プレイに熱中していた。事情を知っている者からみれば「何をしているんだ」と言いたくなる所であるが、意外にもこれでトレーニングになっているのだ。
自らの意思で魔神を操る以上、そのスムーズさや熟練度が出てくるのは当然の事である。更にいえば、熟練度があがれば魔神の力をより引き出す事が出来るのだ。つまり「より効率よく」戦う事ができるようになる。
特にこの大天狗のように術を中心に戦うタイプは、思いもよらない術を持っている可能性が高い。いや、無数に持っていると考えていいだろう。だがそれをいちいち説明させて覚えた上で戦うというのもイサムの好みではない。それを大天狗に話したところ、「熟練度が上がれば自然とわかってくる」と都合の良すぎる事が判明したので、こうして自称「熟練度アップのトレーニング」に励んでいるのだった。
「あ~、さすがにこれは疲れるだろうが」
床に転んでコントローラーを放り出した。大天狗も同時に全く同じ動作をする。見事なまでの一致。それがごく自然に出来ているあたり、確かに熟練度アップはハッタリではなさそうだ。そして何度か深呼吸――これも完全に一致している――のあと、同時に跳ね起きてコントローラーを握り、プレイを再開する。格闘ゲームの対戦プレイだ。同じキャラでの対戦。同時に同じ技を出していき、同時にノックアウトされるというプレイを繰り返していたのだ。
たしかにこれなら――細かい操作を行うのは大きな動きよりも遥かに難しい――熟練度は飛躍的にあがるだろう。一風変わった考え方をするイサムらしいやり方だった。
二人共に夜遅くまでそれぞれのやり方でトレーニングに励み、決勝の朝を迎えるのだった。
学校は朝から決勝の話題で持ちきりだった。そういう年頃という事もあるが、在校生にとっては入学以来いつも身近に感じていた「非現実的」な時間が遂に終わるのだ。脅威でもあり、同時に頼もしくもあった魔神。それに翻弄された「他校とは違う自分」の終わりがやってくる。校舎を破壊してしまうほどの事件など漫画やアニメの中にしかなかった。それをリアルに感じていられる「あり得ない自分」との別れが間近に迫っている。それもまた「非現実的」なイベントなのだった。
その中で最も「非現実的」な状況下にある筈の二人は――いつもの通りだった。平常心といえば聞こえはいいが、イサムに限っては不真面目なだけにしか見えなかった。まるで他人事のように冗談を飛ばし、軽口をたたき、授業中も欠伸を繰り返しているのだった。
昼休みにイサムが体育館裏でのんびりお菓子をつまんでいると、人影がゆっくりと近づいてきた。茅野だった。
「おう、聞いた話じゃ余裕のよっちゃんらしいじゃねぇか」
「いやぁ全然ッスよ。腹ん中じゃビビリまくりッス」
茅野が鼻で笑った。
「馬鹿言え、ずっと欠伸のしっ放しだつって聞いたぞ」
「俺は緊張すると欠伸が出る体質なんスよ」
「どういう身体してんだオメェは……」
さすがに呆れたのか、茅野は大きなため息をついた。
「あ~と……ああそうだ、まぁなんだ、兎に角だ。オメェらは仮にも上級生を一人残らずブチのめして勝ち進んだんだからな。みっともねぇ試合だけはすんじゃねぇぞ」
「勿論ッスよ。先輩達をまとめてのしちまったんスからね」
「ああ、そうだ」
「先輩達を軒並み負かしたんスから」
「ああ……」
「先輩達を総舐めに……」
「しつけぇぞ!」
肩をいからせて立ち去る茅野を見送りながら、イサムはどこか親近感を感じていた。からかい甲斐がある事も否定できないが。
――なんだかんだ言って、ガラが悪いのに面倒見がいいって変わった人だなぁ――
自分の事は棚に上げてそう思うのだった。
午後の授業も恙なく進み、放課後を迎えた。何もない生徒だけでなく、部活動をしている生徒達まで校庭に集まり、決勝戦が始まるのを心待ちにしている。関心の高さを表していると言えよう。
やがて、最初に生徒会執行部の面々が姿を現した。雑然と噂話や試合展開の予想を並べていたギャラリーの視線が一斉に集まりどよめきがあがる。前原が軽く手を上げてそれに応え、最前列に陣取った。
執行部一同の話題もやはり、試合展開の予想である。最大のイベントとも言える戦いなのだ、どうしてもお祭り気分に引きずられる事は仕方がない。
「さて、どんな戦いになるんだろうね。やはり正攻法対奇策になるんだろうか」
「どうだろうね~・お互いに手の内を知り尽くした二人なんだ、下手な奇策は通じないんじゃないかな~」
「どうだろうな、手の内全てを見せたとは限らないぞ」
「そうね、得に上杉君の方は曲者だしね……」
「嫌な思い出もあるもんね、シヅルちゃんは」
鋭い目で睨みつけられ、マドカが視線をそらして鼻歌を歌いだした。大天狗対アルテミスの一戦でセクハラ攻撃を受けた事は、シヅルにとっては触れられたくない件なのだ。
「まぁその辺りは置いておくとして……何をやってくるか分からない上杉君と、確かな実力を持つ若園君。性格も能力も正反対の二人が、一体どんな戦いを見せるのか……楽しみだね」
一同が頷く。そこへリュウキがアサミと共に到着した。大歓声が沸き起こり、照れくさそうに頭を掻きながら前原に歩み寄り、律儀な挨拶を交わす。
「いい試合を期待している。悔いのないようにね」
「はい。全力を尽くします」
優等生な答えを返すと少し離れた場所に移動し、準備運動を始めた。このあたり、スポーツマンらしさが表れている。
少し遅れてイサムがやって来た。やはり大歓声が迎えてくれる。両手を振って応えながらリュウキのもとへきた。
「いよいよだな。まぁどの道俺がかつんだろうがな」
「バカ言うなよ、勝つのは僕だ。それよりも、前原先輩に挨拶しておけよ」
「おお、言われてみりゃぁ……」
「言われる前に気付けって……」
悪友を見送るとまた準備運動に戻るのだった。
「こう言ってはなんだが、まさか君が……という思いだよ。意外性ナンバーワンだね」
「いやぁそれほどでも!」
「それが君の強さか……合点がいったよ……楽しみたまえ。やり残しがないようにね」
「勿論ッスよ!」
威勢のいい返事をかえすと腕をブンブン振り回しながら去っていく。どこまでも元気な後輩を見送っていたキョウジが前原に方を振り向いた。
「若園君と上杉君との激励は違うんだな」
「タイプが違うからね。上杉君は普通の激励ではやる気が出ないだろう。違う種は、蒔く時期も水のやり方も違うだろうからね」
「そこが……僕がススムに及ばない理由だ。どうしても画一的に考えてしまう」
「でもキョウジの規範意識は貴重なものだよ。さぁ、後輩たちの奮闘に期待しよう」
前原が一歩前に出て、闘技場を呼び出した。それだけで盛り上がるのは、これが最後だと分かっているからだろう。続いて対戦する二人を招いた。型通りの注意事項を説明すると、二人の肩を叩いた。
「これが正真正銘、最後の試合だ。僕達がやってきた三年間の集大成でもある。誰に恥じる事のない戦いを望む」
「はい!」
「モチのロンっス!」
それぞれのやり方で応える。イサムも幾らかは神妙な気持ちなのだ。傍からはそう見えないが。イサムとリュウキは右の拳を合わせてから別れ、闘技場の両端に回り定位置に着く。深呼吸を一つすると、同時に魔神を出した。
修験者の装束を纏った鞍馬の大天狗と白銀の甲冑に身を包んだトリスタン。大天狗は宝剣を両手で八双に構え、トリスタンは突槍とイージスの楯を構え、やや前のめりの体勢だ。
前原が両者を見て右手を上げた。鋭く振り下ろすと同時に「始め!」の号令を発した。
同時に大天狗とトリスタンが突進する。大天狗は翼で床スレスレを飛んで。トリスタンは床を疾駆して。大歓声が両者の背中を押す。ファーストコンタクト。
突槍の突きは空を切り裂いた。大天狗の幻影が消え、一枚の羽根が風に舞う。次の瞬間、イージスの楯を頭上に回す。音もなく刃が跳ね返された。
「無駄だイサム! お前の芸風は全て分かっている!」
「誰がゲイだ!」
「そっちじゃない!」
くだらないやり取りをしながらも斬撃を繰り出し、防がれ、突きは躱される。
沸騰するギャラリー。だがそれに背を向ける一団がいた。山本コウタ率いるヤンキーグループである。校舎の三階にいるのだが、ベランダに出てはいる。しかし背中をグラウンドに向けてしゃがんでいるのだ。
「……見に行かなくていいんですか、コウタさん」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
コウタではなく隣の坪田ヨウスケが濁声で怒鳴る。首をすくめるケンジにコウタが問いかける。
「なぁケンジ。今更負け犬があんな中に入れるか? あ? いい子ちゃんじゃあるめぇしよ」
グラウンドを顎で指しながらケンジを見た。言葉もないケンジにヨウスケが畳みかける。
「前原みてぇな連中とは違うだろうがよ! ああ!?」
異様な光を放つギョロ目で睨まれる度に、ケンジは原初的な恐怖に駆られる。魔神に最も相応しいのは、もしかしたらこの人かも知れない。そんな思いが胸中に湧き上がるのだ。
だがコウタも結果だけは知る必要があると踏んだのか、ため息をついて立ち上がった。
「ケンジぃ」
「は、はい!」
「オメェ、行ってこい。そんで結果を知らせろ」
驚いた二人が立ち上がった。
「おいコウタ君……」
「い、いいんスか?」
「さっさと行け!」
「はい!」
脱兎の如く走っていくケンジ。正直、ヨウスケの圧迫感から逃げられるなら理由はどうでもいい上に、気になる決勝戦を見に行けるのだ。渡りに船とはこの事だった。
しかし納得いかないのはヨウスケである。いきなり掌を返されたのだ。
だが当のコウタは涼しい顔だ。
「別に俺ゃ行きゃしねぇよ、坪サン。それは変わらん。けどな、結果だきゃぁ知っとかんと、寝覚めが悪りぃだろ」
「ああ、そういう事なら……」
ヨウスケ自身も結果は気になるというのが本心だった。どうせなら試合も見たいのだが、やはり敗戦した身では些か気恥ずかしい。ましてや普段から周りを威嚇してナンボのヤンキーなのだ、のこのこ行けよう筈もない。それに対するコウタの気遣いでもあるのだが、ヨウスケには分からないようだった。
到着したケンジの目に飛び込んだのは、トリスタンの突槍が大天狗を貫いた瞬間だった。
超久々の更新です。
完結させるつもりではありますので、どうかお付き合いの程を……。




