Dragon extermination ②
いよいよリュウキ&トリスタンVS前原&ヴリトラの一戦も大詰め。
圧倒的不利を覆す秘策はあるのか?
トリスタンの構えがゆっくりと変わっていく。半身のままだが,脇に挟みこんでいた長槍を両手に持ち穂先を床すれすれに下げていく。魔神視点の前原は我が目を疑った。
長身で逞しいトリスタンの身体が槍の柄に隠れていくのだ。物理的にはあり得ない。だが今自分の――そしてヴリトラの――目の前で起きているのだ。これはリュウキの業なのか,或いはトリスタンを取り巻く淡い輝きによるものなのか。
「じっくりと考えていても埒があかないな。君が何をしようが……正面から勝つ!」
いつもの冷静沈着な態度はどこかへ飛び去ったのか,熱い言葉とともにヴリトラが一気に間合いを詰めてきた。やはり前原も血は熱いのか。両者が重なり――すれ違う。
一瞬静まり返ったギャラリーが大歓声を上げた。ヴリトラの口角から鮮血が滴っているのだ。誰もが初めて目にするヴリトラの負傷。まさに快挙だった。
「嘘……でしょ?」
「マジか……」
「やった!」
「やりたがったぜアイツ!」
魔神使い達もそれぞれに歓声と驚きの声を漏らしている。イサムとアサミは自然と手を取り合って喜んでいた。
最も驚いているのは当の前原だ。
「信じられないな……だが事実は受け入れるしかない……か」
動揺を隠しているのか? いやそうではない。こういう時になるほど冷静でいなければならない。それが前原のやり方なのだ。
魔神視点と人間視点を同時に発動してトリスタンとリュウキを同時に観察すると,動きが一致しているだけでなく呼吸も一致している事が分かった。しかも微かに喉を「コオォォォォ」と鳴らしている。そしてリュウキとトリスタンは足を肩幅に開いて立っている。空手の不動立ちだ。そして拳で十字を切る様にしながら呼吸を繰り返している。
「これは……武道家がよくやるパフォーマンスか」
「違いますよ。これは空手の呼吸法で『息吹』というんですよ。詳細は……口で言っても分からないでしょうね。ただ……」
「ただ?」
「身体の内外で最も力が高まる呼吸法なんですよ」
前原が軽く笑った。
「武道と言うものの精神主義の体質がよく表れているな」
「でも,効果の程はご覧の通りですよ」
前原の表情が険しくなった。確かにヴリトラの防御を破られたのだ。あの淡い輝きが関係しているのかどうかは分からないが,事実は事実なのだ。そしてリュウキとトリスタンは「息吹」とやらを続けているし,トリスタンを包む淡い輝きは強くなってきている。警戒しなければならない。
だがまだ自分の方が優勢なのは変わらない。ダメージを受けたとはいえほんの浅手なのだから。
――警戒はするが……後手に回る理由もないな――
ヴリトラが巨大な顎を百八十度開いて襲いかかる。長身のトリスタンさえ一飲みにできる程のサイズ。黒々とした喉奥は絶望に導く暗黒の門に思えた。だがそれだけでは終わらない。漆黒の喉に小さな輝きが見えたと思うや,紅蓮の炎がトリスタンめがけて吹き出したのだ。
「うおぉぉぉ!」
リュウキが吠えた。魔神視点で見ていたせいか,自分自身でも腕を上げてガードしてしまう。トリスタンは長槍でガードしながら横っ跳びして炎と牙から逃れた。転がって間合いをとった――つもりだった。目前にまたもや短剣を思わせる牙と灼熱の炎が迫っていた。
右へ跳躍――間に合わない。誰もがそう思った瞬間。長槍の穂先で床を突き,反動を使って加速。間一髪でヴリトラの攻撃をかわした。
沸き上がる大歓声。続く連続攻撃と回避。ギャラリーで埋め尽くされた闘技場回りは異様な熱気に包まれていた。
「いけるいける!」
彼氏の活躍に小躍りして喜ぶアサミ。対してイサムは苦い顔だ。確かに善戦している。が,それだけだ。まともなダメージを与えられないのでは勝ち目はない。前原は一撃ヒットさせればそれでいいのに対してリュウキは相手を斃す手段がない――ように見えるのだ。
「考えなしに挑戦する筈も無ぇだろうが……マジであんのか? 対抗策が……」
無謀な事や考えなしは自分の専売特許のくせに言うものである。だが親友の心配をしているところだけは褒められてもいいだろう。
それを知る由もないリュウキはひたすらトリスタンと共に巨竜に立ち向かうだけだ。だがよく見ればそれだけではない。徐々にかわす動きが小さくなり,ギリギリで避けるようになって来ている。
それに気付いたのはイサムと前原だけだった。前原は「それで何が出来る?」と思い,イサムは「それでどうする?」と思った。
それは前原の油断だったのだろう。連続攻撃を繰り返してしては仕方ないのかもしれない。あるいはリュウキの粘り勝ちなのか。間一髪でヴリトラの突撃バイティングをかわしたトリスタンがヴリトラの首に飛びついたのだ。完璧にタイミングを読み切った一瞬の動き。
しかも長身のトリスタンでも両腕をクラッチし切れない太さの首を,長槍を両手に掴んで締め付けているではないか。そして前原が――喉元を押さえて苦しんでいる。効いているのだ。
「莫迦な! 槍の柄で締め付けても効くはずが――」
「もしかして……傷つけられなくても締め付ける事は出来るの!?」
コウゾウとマドカが顔を見合わせる。ヴリトラの伝説と前原の実績を知っているだけにどうしても信じられないのだ。だがトリスタンで手傷を負わせた現実と,苦しんでいる前原の姿を見れば受け入れるしかないのか。
そしてヴリトラがどれだけもがいても鉤爪は届かず,振り向いても牙は届かないのだ。
「これ……は……」
「意外でしょう,先輩。これはうちの猫をじゃらしている時に気付いたんです。四足獣はどうしても首の後ろを攻撃出来ないんですよ」
ギャラリーがどよめいた。驚きの声,感嘆のため息,疑問の声,様々な反応で周囲が埋め尽くされる。
だがコウゾウとマドカは違った。
「でも……」
「そうだよね~,打つ手はあるよ」
苦しみながらも不敵な笑みを浮かべる前原。ヴリトラが長大な身体をくねらせ,背面を床に叩きつけた。鼓膜をつんざく衝突音と地響きが周囲を圧し,誰もがトリスタンの大ダメージを想像した。だが――長槍の両端を握る手は離れていなかった。
「そんな!」
「莫迦な!」
「はは~ん」
納得の声はイサムである。魔神使いが一斉にイサムを見る。
「あれッスよ。トリスタンの背中にある――」
「イージスの盾か!?」
キョウジが気付いた。攻撃を無効化する盾がダメージを激減させた事に。確かに平気ではないのだろうが,今やトリスタンのFAITHはヴリトラに迫りつつあり,甲冑も纏っている。更にヴリトラの絶対防御を切り裂いた原因と思われる淡い輝きも消えていない。それらのおかげもあるのだろう。
興奮が沸騰するギャラリー。巨竜がのたうち揺れる闘技場。
「くっ……なら,これはどうだ!」
ヴリトラの尾がくねり,トリスタンの背を強かに打ち付けた。鞭の如くしなったそれは,重い衝撃音を轟かせた――が,トリスタンの手は離れない。
「くそ……!」
「離すわけには……いきません……よ!」
離すどころか更に両手に――いや,満身にあらん限りの力を込めて締め上げるトリスタン。リュウキは不動立ちから更に足を開いて腰を深く落としていた。空手の四股立ちだ。機動性は悪いが最も踏ん張りの効く立ち方。この状況に最適だった。
「いけえぇぇぇ! トリスタン!」
リュウキが吠える。
「そこだあぁぁぁ! 一気に締め落とせえぇぇぇ!」
「頑張れえぇぇぇ!」
イサムとアサミも叫ぶ。
ギャラリーも最大の沸騰を見せ,FAITHの洪水が降り注ぐ。そして――前原の身体が崩れ落ちた。ヴリトラも力なく巨体を横たえ,色彩を失っていく。
静まり返るギャラリー。
「やった……よアイツ……」
「やっ……た……」
イサムとアサミの声を切っ掛けに歓声が大爆発した。二人は抱き合って喜び,他の魔神使いは茫然として言葉を失っていた。信じられないのだ。これまでの前原の実績と実力を知っているだけに。ましてや魔神使いになったばかりの一年生に敗北を喫しようとは。
周囲の反応を余所にアストライアがトリスタンに祝福を授けている。そしてトリスタンのFAITHは莫大なものになっていた。
前原ススム FAITH POINT 3683 POINT LOST
若園リュウキ FAITH POINT 3683 POINT+1215 POINT GET TOTAL 6965 POINT
とうとう7000 POINT目前にまで迫ったリュウキ。親友の大金星を喜ぶ反面,危機感を抱いていた。
――ヤベェな……日陰先輩が前原先輩以上のFAITHを持ってる筈が無ぇし……どうやってリュウキに勝ちゃいいんだよ――
また間が空いてしまいましたが,なんとか更新です。
もうしばらくお付き合い下さい。




