Dragon extermination ①
いよいよ始まったリュウキVS前原の一戦。
下馬評通り前原が優勢な展開だ。リュウキに秘策はあるのか?
いつもの様に闘技場が姿を現し,ギャラリーが群がっている。が,いつもよりもその数が遥かに多い。最も危険なヤンキーグループは完全に敗退し,生徒達を守ってきた生徒会と特に危険な存在でもないイサム達フリー勢力の戦い故にとばっちりなどの被害に遭う可能性が無いと思われたからだろう。
下馬評は当然ながら生徒会側の勝利とする声が圧倒的だが,意外性でイサム達を推す声も僅かながら存在した。
「いくらなんでも前原のヴリトラを斃す方法はあいつらにゃ無いだろう」「確かにな……騎士の武器も通じないし天狗の幻術じゃどうしようもないしな」「最終的には前原の勝ちは動かないな。日陰も勝てやしないだろうぜ」
耳に入るのはそんな声ばかりだ。敗退した魔神使いも最前列に陣取って勝負の行方を見守ろうとしているが,異議を唱える声はない。ただアサミだけが憮然としているだけだ。
当事者たるイサムとリュウキは闘技場の前で前原達と向かい合っている最中で,周囲の声も耳に入っていない。
「正直,君達がここまで勝ち残るとは思っていなかったよ」
「俺はそうでもなかったッスよ」
「僕もです」
イサムは挑戦的に薄笑いを浮かべながら,リュウキは緊張のしているのか固さを残した表情で答えた。
「そうか,それはすまなかった」
悪びれる様子など欠片も見せず謝る前原の態度に二人して毒気を抜かれる。
「あんた……いい人過ぎてやり難いな」
「そうかね」
心底やり難そうなイサムに柔和な笑顔で返す前原。声を荒げたのはキョウジだった。
「おい上杉君! 先輩に向かってその言い草はなんだ!」
「ああん!?」
今度は敵意をむき出しにして食ってかかるイサム。リュウキと前原が割って入り,二人を押し止める。
このまま戦わせてはどうなるか分からないと,先に前原VSリュウキの一戦が執り行われる事になった。
「やれやれ……どうしてそう喧嘩っ早いんだお前は」
「つってもよ,仕方無ぇだろうが……」
「いいえ。仕方『ある』わよ,あの場合は。どう見たってイサム君の方が悪いでしょうに」
リュウキだけでなくアサミにまでそう言われては返す言葉も無い。だが確かに失礼な物言いだったのは間違いないが,当の前原が怒っていないのに関係ない日陰が怒るのは筋違いなのではないか。イサムはそう思うのだ。
「日陰先輩はね,前原先輩と幼馴染みなんだけど……心底から前原先輩を尊敬しているみたいでね,いつも敬語を使っているぐらいなのよ。それをあんな言い方すればそりゃ怒るわよ」
「そんなもんかねぇ」
幾らなんでも敬語はやり過ぎだろう,芝居がかってるようにしか思えない――そう言いたげに不貞腐れるイサム。
どんな態度でいようと対戦は進められていく。臨時で審判役を務める事になったキョウジが対戦の開始を宣言し,両者を闘技場へ誘った。
「じゃぁ行ってくるよ」
「頑張ってね!」
アサミが彼氏を激励する。
「勝てよ!」
親友にエールを送りながら拳を突き出す。リュウキが頷きながら拳を合わせる。闘技場の反対側に姿を現した前原から視線をを逸らさず真っ直ぐに歩いて闘技場に立った。
続いてアサミがアストライアを呼び出して闘技場の脇に進めると,いつものように周囲から溜め息がもれる。この幻想的にまで美しい女神を目の当たりにすれば,それも当然と言える。
続いてリュウキと前原が魔神を現すと今度はどよめきがおこった。前原も驚いた表情でリュウキを見た。
トリスタンが長槍を手にしている。それはいい。だが頼みの綱といえるイージスの盾を背中に背負っているのだ。一体どういうつもりなのか。守る気が無いのか。アサミでさえも驚きを隠せないでいた。まさかリュウキが勝負を投げるとは思えないし思いもしない。勝つにせよ負けるにせよ,正々堂々と最後まで戦う姿勢に心を奪われたのだから。とはいえ,ヴリトラの超ヘビー級のパワーを前にイージスの盾を構えずにどうするつもりなのか,皆目見当がつかなかった。
イサムはと言うと悪戯小僧の笑みを浮かべていた。親友が何を考えているのかは分からないが,何か考えがある事は分かる。虚仮脅しやハッタリとは無縁な武道家なのだから。「何かをやってくれる」という期待がイサムの胸中にあるのだ。
「全く……君には驚かされるよ」
「期待……してくれていいですよ,前原先輩」
やんちゃな後輩に苦労する先輩の苦笑。立ちはだかる先輩に挑戦する後輩の不敵な笑み。二つの声なき笑いが交差した瞬間,キョウジが号令を下した。
一瞬の対峙。続いて仕掛けたのは大方の予想を裏切ってヴリトラだった。君臨する側が仕掛け,挑戦する側が受ける。普通なら逆だ。だが前原は誰が何を仕掛けてこようが全て正面から叩き潰す絶対の自信があった。
それを象徴するように正面からと突撃していくヴリトラ。両手に長槍を持ったトリスタンは腰を落として半身に構えていた。ヴリトラの巨大な牙が目前に迫った時,一見ゆっくりに見える動きで穂先が牙先に触れた。ヴリトラの突進を外に受け流すと同時に,その反動で自分も反対側に流れる。体重を感じさせない軽やかな動きは舞を思わせた。
ヴリトラが闘技場を覆う結界に激突し,凄まじい衝突音が辺りに響き渡る。 ダメージを負ったのかと思いきやそんな気配は微塵も見せず反転し体制を整える。その間にトリスタンは闘技場の反対側への移動を終えていた。
「確かに今のは大したモンだが……ノーダメージか」
顎の傷跡を掻きながらイサムが呟く。今のやり取リュウキの秘策ならもう打つ手がない。このまま押し切られて終わるだろう。だがリュウキの目にはまだ力がある。
「なら,お手並み拝見といくか」
イサムが腕組みをしてふんぞり返る。その横ではアサミが手を組み合わせてひたすらに彼氏の勝利を祈っている。
その祈りを蹴散らすようにヴリトラが突進し,長槍が捌いて回避する。前原はあくまで正面からの勝利に固執しているのか,単調な攻撃を繰り返していた。
――隙を狙うなら今しかない――
前原の事だ,いつまでも同じ攻撃を繰り返す筈はない。カウンターなりなんなりを仕掛けるなら今のうちだ。イサムはそう考えてやきもきするのだが,どうもリュウキは仕掛ける気配がない。一体何を考えているのかイサムにも読めなかった。
そしてそれは前原も同じだ。何かをやるつもりであろうことは疑いないが,それが何かが分からない。何時でも受けて立つつもりだが――
「待ってあげるわけにもいかないな」
前原もそこまで気が長いわけでないのだ。ヴリトラが長大な身体をくねらせてトリスタンに襲いかかる。巨大な牙が左サイドから迫りくる。長槍でいなし逆サイドへステップした所へ途轍もなく重い衝撃が襲った。
「ぐふっ!」
トリスタンの身体が吹き飛ばされ,ヴリトラの頭上を飛び越えて床に激突した。転がるトリスタンの上を大喝采が舞い飛びFAITHがヴリトラに流れ込む。
――拙いな……早く切っ掛けを掴まないとジリ貧だ――
リュウキは内心でほぞを噛んでいた。作戦は確かにある。恐らくたった一つしかないであろう突破口が。しかし前原が操るヴリトラを相手にそう簡単にいきそうもなかった。
「やっぱり――安全策でいけるはずは無い……か」
リュウキの目つきが変わった。その眼光から何かを感じたのか,前原も険しい顔つきに変わった。緊張感が漲り,両者の間の空気が冷たく重い物になっていく。
イサムの目にはトリスタンとヴリトラの間に空間の歪みにも似た揺らぎが見える気がした。
重ぐるしい均衡を破ったのは挑戦者たるトリスタンだ。長槍を構えて一気に間合いを詰めていく。迎え撃つヴリトラの牙。巨大な顎を長槍で弾いて右サイドへ滑り込む――が,長大なドラゴンの身体がくねり弾き飛ばされてしまう。
湧き上がる歓声がFAITHとなって両者に降り注ぐ。やはり多くのFAITHを受けるのは前原のヴリトラだ。
よく聞けば歓声の多くは前原への声援で,中には「手加減してやれよ!」といった憐れみの声まである。これがリュウキの耳にとまり,一段と闘志を燃やす引き金になった。武道家としてのプライドが激しく傷ついたのだ。ましてや素手の勝負なら絶対に勝つ自信が――実力に裏付けされた確かな自信――があるだけに,より深く傷ついたのだ。
「冗……談じゃない!」
「ほう……」
片膝をついた姿勢からゆっくりと,だが力強く立ち上がるリュウキとトリスタン。感心したように顎を撫でる前原。
ヴリトラが仕掛けようとして動きを止めた。いや前原が止めたのだ。トリスタンとリュウキの動きが完全に一致している事に気付いたのだ。
リュウキが腰を落として右腕を脇に,左腕を腿のあたりに構えている。下段構えだ。トリスタンも腰を落とし右手の長槍を脇に,左腕を腿のあたりに構えている。そして両者とも半眼に閉じ,腹式呼吸を繰り返している。その呼吸毎にトリスタンの身体から湧き上がる淡い輝き。これは前原も見た事がなかった。
――何だこれは。こんな輝きは見た事がないぞ……いかにも……な感じだ。要警戒だな――
格闘経験の無い前原の失策だった。有無を言わさずラッシュに出るべきだったのだ。だが武道や格闘技は未経験だった前原は警戒し過ぎ,リュウキが体制を整える時間を与えてしまったのである。
リュウキとトリスタンは心気を高め,呼吸も深く長く整い,万全の態勢でヴリトラに相対した。
相変わらず遅くなっていますが,なんとか更新できました。
よろしければお付き合いください。




