Dragon VS Giant ②
遂に始まった因縁の対決。
勝つのはどちらだ!
重い振動がグラウンドと空気を揺るがし,重低音が内臓を揺さぶる。その中心でサイクロプスがヴリトラの首を掴んで突撃を食い止めていた。口の中には棍棒を突き込んでいる万全さだ。この辺り,闘い慣れている事が見てとれる。
ヴリトラが長大な身体を波打たせて振りほどくと宙高く舞い上がり,一気に急降下に転じた。サイクロプスが棍棒を両手で握り締めて迎撃態勢に入った。横殴りに襲う棍棒。見事なスイングは少年野球時代の経験が生かされていた。
だが必殺の一撃と誰もが思ったそれは,バネを弾くかのような音と共に跳ね返されてしまった。
「おいおいおいおい,何なんだよありゃぁよ!」
「僕に聞いても分かるわけがないだろう!」
イサムとリュウキの不毛な会話を余所に調重量級の戦いは続いている。
繰り返し叩きつけられる巨大な棍棒と拳が為す術も無く跳ね返されている。いや,よく見れば――それでも動体視力に優れた極一部の者にしか見えないのだが――ヴリトラはサイクロプスの攻撃をヒットする直前に弾き返しているのだ。どんな攻撃でも当たらなければどうという事はない。
「おいおいおいおい,あれじゃぁ……」
「ああ,どうしようもないじゃないか」
イサムとリュウキは「極一部」の中に入っていたようだ。それはいいのだが,ヴリトラの防御は一体どういう事なのか。首を傾げるばかりだった。
「これで分かっただろ~,勝ち目がないって意味がさ~」
高谷コウゾウが薄笑いを浮かべてリュウキを見ていた。
「高谷先輩……『これ』を知っていたんですか?」
「まぁね~,僕も古株っちゃ古株だからね~,何度か見たよ~」
「で,勝てないと?」
リュウキの目が鋭くなった。負けず嫌いの武道家モードに入ったのだ。
「どんな顔をしたって勝てなきゃ意味がないよ~。君達はヴリトラの伝説を知ってるかな~?」
「いいえ」
「さっぱり」
大袈裟なジェスチャを加えてお茶らけ気味の返答をしたのはイサムである。
それに怒りもせずコウゾウは話して聞かせた。ヴリトラがどうやって生まれどんな力を持つに至ったのか。
インドの賢者が神に対抗できる生き物を授かる為に儀式を行い,炎の中から生まれ,木、石、鉄、乾いた物、湿った物のいずれによっても傷つかず、インドラは昼も夜も自分を攻めることができないという力を得た伝説を。
「いやそれって……」
「どうしようもないじゃんかよ……」
「そうだね~,逆に現代の軍隊なら勝てるんだろうね~。核兵器とかレーザーとかならね~」
無論そんな事はあり得ないだろうが,確かにそのぐらいしか有効な攻撃手段はなさそうだ。ましてやFAITHで劣っていれば尚更に勝ち目はなくなる。
「でもそれじゃ,何故山本先輩は自分から決着を望んだんですか?」
「さぁね~,ただ彼も無謀な戦いを望むタイプじゃないしね~。秘策でもあるんじゃないのかな~?」
「そりゃまぁそうなんだろうがよ,どんな手があるってんだよ」
イサムの感想ももっともだしコウゾウの推測も当然のものだ。だがそうは言ってもだれにもそれは分からない。ヤンキーグループに聞いてみたとて,まともに答えよう筈もないし,そもそも知っているのかどうかも分からない。黙って見届ける以外どうしようもないのだ。
闘技場では超ヘビー級の戦いが繰り広げられていた。ヴリトラが長大な尾を叩きつけ,巨大な牙を剥いてサイクロプスの肩に噛みつくものの,巨体と剛腕にものをいわせてひき剥がしてしまう。
FAITHだけで言えば前原はこの時点で2200POINTを超えている。対してコウタはやっと1100POINTを超えた辺りだ。普通なら対抗出来よう筈もないのだが,サイクロプス特有のパワーに加え,やはり地に足をつけている分だけ踏ん張りが効くのもあるのだろう。
ヴリトラが急上昇してサイクロプスめがけて強大な顎を開くや,辺りの空気を弾き飛ばしながら激烈な炎が噴き出した。
「おい!」
「そんな!」
不可侵の防御力を誇る上にそんな事までできるのか。イサムとリュウキは同時に抗議の声をあげていた。
だがコウタはたじろぎもしない。
「そぉりゃ!」
サイクロプスの前に輝く光の壁が現れ,炎が千々に引き裂かれながら弾かれていく。バリアだ。これがサイクロプスにプラスされた能力だった。騎士だからといって「らしい」武器に縛られていたリュウキはほぞを噛む思いだ。
「マジか! つーか,そんなのアリか!」
「どっちもどっちだな……防御力は互角か」
驚くイサムと,ある意味納得するリュウキ。傍らのコウゾウはそんな二人に薄笑いを浮かべて解説する。
「いや~,互角とはいかないと思うよ~。だってほら,FAITHが段違いなのは感じるだろ~? 君のイージスの盾と同じだよ~,無限に防げる訳じゃないんだよ~」
二人がハッとした表情に変わった。バリアもイージスの盾も同じという事ならコウタの防御もいつかは破られるだろう。そしてもしリュウキが前原と対戦する事になれば,同じくいつまでもは持ち堪えられないという事なのだ。イサムに至っては一発撃沈もあり得るのだ。
他人事のような観戦気分に浸っていたが,次は二人のうちどちらかがこの戦いの勝者とやる事になるのだ。イサム達の目が鋭い光を放ち,ケンカ屋と武道家のものに変わった。
そして闘技場の戦いも一気に変わる。
襲いかかろうと急降下するヴリトラめがけてバリアが「延びた」のだ。薄い光の板が瞬時に延び,ヴリトラの首にカウンターで突き刺さり――通り抜けた。
束の間の静寂がグラウンドを支配し,すぐに大歓声が取って代わる。半ば怒号と悲鳴が占めるようだ。
前原が首元を押さえて片膝を付き,コウタが会心の表情で拳を天高く突き上げる。二年越しのリベンジを果たした――そう確信した瞬間だった。生徒会の魔神使い達は声も出せず,茫然として目と口を閉じる事が出来ずにいた。
その状況もまた一変する。
首無しのヴリトラが背を向けようとしたサイクロプスに襲いかかり,全身に巻きついたのだ。完全に隙を突いた形になったため,両腕を羽交い絞めにした格好に持ち込んでいる。これでサイクロプスの怪力も封じられた。
「なぁ……なんだこぉりゃぁ……」
「ふう,危ないところだった……油断したね,山本君。僕がヴリトラにプラスした能力……まだ見た事がなかっただろう?」
目を剥くコウタ。立ち上がる前原。グラウンドを更なる大歓声が満たし,空気が揺れる。
ヴリトラの首が宙を飛び胴体と合体した。完全に復活したのだ。
「ヴリトラはたとえ負けても一度だけ復活できる。これが僕がヴリトラにプラスした能力―― Rebirthだ。僕とヴリトラに勝つには二回勝たないといけない。相当に骨が折れると思うよ」
ヴリトラが更に力を込めてサイクロプスの身体を背中側にねじ曲げていく。
「ヴリトラをバリアで跳ね飛ばせねぇのか?」
「それは無理だろう。あれだけ絡まれていたら,サイクロプスとの間にきっちりとバリアを張り巡らせるなんて大仕事だ。ましてや,あんな苦しい状況じゃぁな」
頷くイサム。そして終焉の時は目前に迫っている事も理解した。
ヴリトラが鎌首をもたげて顎を開いた。巨大な鋭い牙が陽光を跳ね返して輝き――サイクロプスの首に食い込んだ。
コウタが首元を押さえてよろめき,ギャラリーの興奮は頂点に達した。
「ここまで来ちゃ,もう無理だろうが……」
「そうだな,噛みつかれるまでならさっきのバリア攻撃も使えたかもしれないけど,完全に防御に意識が向けられてたみたいだな」
虚を突かれ,完全に五体を捕えられた所で大勢は決していたのだ。
そして――ヴリトラとサイクロプスの首が揃って右へと半回転した。重く固いものが砕ける時の,独特の破砕音。
コウタが首を押さえ膝から崩れ落ちる。続いてサイクロプスも倒れ,灰色の塊になり崩れていく。
ギャラリーの大歓呼は頂点に達した。遂に決着がついたのだ。学園を二分していた勢力の一方ががとうとう潰え,生徒達を守る生徒会側が勝利を確定したのだから無理も無い。
ヴリトラがアストライアから祝福のFAITHを受け取る。巨竜が女神から祝福されるというのも奇妙な話だが,何故か目撃した者は口をそろえて「あれはサマなっていた」と語るのだった。
山本コウタ FAITH POINT 1153 POINT LOST
前原ススム FAITH POINT 2530 POINT+POINT GET TOTAL 3683 POINT
遂に3000POINT越えが現れた。イサムがリュウキのそれを上回っていい気になっていたが,更に上を行かれてしまった。
落ち込むかと思えばそうでもない。元が桁違いだったし,「ここまで迫ったのだからあと少しで乗り越えられる」という思いの方が強いのだ。
「思っていたよりもあっさり……て程でもねぇが,早く決着がついたな」
「強豪同士の試合は膠着状態になるか,一発が入ってそれで決まるかのどちらかになる事が多いからな」
闘いを分析するイサム達の横をコウタが通り過ぎる。
「あ……大丈夫……ッスか?」
「首は……」
心配する事すら気遣う二人。こういう場合のヤンキーがどういう心理状態かをよく知っているからだ。
「……ああ……」
一言だけ残して歩み去るコウタ。リーダー格だけあって比較的冷静だ。
安心する二人に前原とキョウジが近付いてきた。
「さて……残るは僕達だけだね」
「舞台は終わりに差し掛かっている。早々に終わらせて平穏を取り戻すべきだ」
性急なキョウジの発言にイサムが噛みついた。
「それって……俺達をさっさと片付けちまおうって事ッスか?」
「他にどんな意味がある?」
眼の色を変えたイサムの肩をリュウキが押さえた。
「前原先輩,対戦カードは決まったみたいですよ」
前原が頷いた。
「日陰の言い方が悪かった事は詫びるよ。済まなかった。だが……それだけで収まりそうにはないな」
イサムがキョウジから目を離さぬまま頷く。キョウジは冷たい目でイサムを見据えるだけだ。
「では……明日は上杉君対日陰,そして若園君対僕の二連戦だ。いいね?」
三人が頷き,再びの二連戦が決定した。
またもや遅くなってしまいました。
二か月近く経っているのか……もっと早くUPできないとなぁ……。




