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魔神学園  作者: 秋月白兎
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Dragon VS Giant ①

連続バトルも第二戦……のはずだが,イサムの逃走劇が収まらない事には話にならない。

自業自得の遁走は上手くいくのだろうか?

 イサムが普通科の一棟校舎一階の窓に飛び込み,机をハードル走の如くリズミカルに飛び越えて廊下の窓から飛び出す。感嘆すべき身体能力だ。

 追う女子生徒達は無言のうちに――アイコンタクトすら無しに――二手に分かれ,校舎の両サイドから回り込みイサムを追跡する。取り残された男子生徒と一部の女子生徒達は運営役の前原に視線を集中させた。

 ため息を一つ漏らしながら頭を掻いた前原はギャラリーに向かい,「事態を収めてくる。次のバトルはその後で」と伝え,対戦相手の山本コウタに了解をとった上でイサムが逃走した校舎方面に歩を進めていった。


 待つはめになったコウタは手持無沙汰である。感情に任せれば「こんな騒ぎなど関係ない」となるところだが,それを狭量にすぎるとみる事ができる冷静さは持っている。それに何よりも万全の前原に勝たねば意味がないのだ。これは願いを叶えるだけでなく,失ったプライドを取り戻す為の戦いなのだから。

「そぉいや坪サン,ケンジの奴はどぉこへ行った?」

「言われてみりゃぁ……いねぇな。便所か?」

 それだけで関心を失ったのか,腕組みをしてバトル開始を待つコウタだった。


 一方でイサムの逃走は続いて――いや激化していた。なにしろ追跡者の人数が三ケタに上るのだ。逃げても逃げても行く先に追跡者の影が現れる。そんな状況でも三階以上の階には行かない。両サイドを押さえられたら逃げ場がないからだ。二階ならまだ――リスクはあるが――窓から飛び降りるという手がある。

 実際には大天狗を出して逃げればいいのだが,自力だけで逃げ切る事に執着していた。妙な所で律義なのもあるが,ここで魔神を使っては更なる批判を浴びるような気がしていたのだ。

『全く,ワシの力を使えば簡単に逃げ切れるものを……律義な事じゃわい』

「あのな,自分のケツくらい自分で拭くってんだよ! 黙って見とけ!」

『ならば何も言わん。お主が逃げ切れるのかどうか,見物させてもらうとしよう』

 頭に直接語りかけてくる大天狗と言い合いしながらも逃走は続く。

 

 二棟校舎,三棟校舎を舞台にした逃走劇も更に舞台を変え,体育館裏までやってきた。多少のリードを確保したイサムが安全地帯を求めて視線を巡らせていると,体育館の裏から武道館へと続く隙間から聞きなれた声が響く。

「おお,リュウキ!」

「こっちだ,早く!」

 オアシスを見つけた遭難者のような勢いで駈けて行くイサム。狭苦しい隙間に身体を滑り込ませ,やっと一息つけたと深呼吸する。ここなら死角になるし,立木と金網でそう簡単には見つからないだろう。

「いや~助かったぜ。さすがに俺も年貢の納め時かと思った……」

「勝手に五公五民で納めておけ。まったく……後先考えずに無茶をするからだ」

 身体を横にして狭苦しい空間を進みながら,リュウキが溜め息交じりで抗議する。いつもの事だが,文句を言いながらも互いに助けに行くのがこの二人だ。

 武道館へと続く角を曲がろうとした所で突然リュウキが足を止めた。ぶつかりそうになったイサムが声を上げようとするのを静止して,リュウキが身を屈めて指で前方を指し示す。

 イサムが上から覗き込むと,武道館入口の階段に前原とシヅルが並んで腰かけている姿が目に入った。

「ほほぅ。これはこれは……そういう事か」

「ああ,そういう事だな」

 前原がシヅルの肩を抱き,シヅルが前原の肩に頭を乗せて涙ぐんでいるのだ。この分ではマドカの入り込む余地は無さそうだ。

「マドカ先輩にゃ悪りぃが,こいつは決定打だろうが」

「まぁそうだろうな……あの人も予感はあったんだろうけどな,まぁ仕方ないな」

「そうだな」

 突然後ろから響く声に二人がギョッとして振り向くと,そこに茅野ケンジが立っていた。

「な,なんだよアンタ!」

「ビックリさせないで下さいよ!」

 小声で抗議する二人を片手で制しながら改めて覗き込むケンジ。

「まぁなんだ,負けた奴にしか分からねぇ事があるからな,姐さんの様子がアレだったんで老婆心から追いかけてきたんだが……無用の心配だったな,こりゃ」

 ヤンキーの割には意外といい所があるんじゃないか? そんな表情になる二人を知らぬ顔でシヅル達の様子を窺うケンジが「ほう」と呟いた。

 ケンジの下から二人が覗き込む。下からリュウキ・イサム・ケンジと三段重ねの顔が整列した。

「……勝負って残酷ね……。これまで積み重ねてきたものが一瞬で全て消えてしまうなんて。それをマドカにした私も……」

「それを承知の上で僕達はEibonの計画に乗ったんだ,無念はあっても恨む訳にはいかないさ。それに……」

 シヅルが前原の目を見つめた。前原も目を逸らさずに優しく見つめ返す。

「君の敵は僕が討つ」

 言葉ではないもので理解し合った二人の顔が近付き――ケンジがイサム達の襟首を掴んで下がらせた。

「な,なんでだよ! これからいい所なのに!」

「そうですよ,肝心な所で!」

 小声で抗議する二人の前で腕組みをしたケンジが「やれやれ」と言いたげな顔を近づけてきた。

「いいか? これ以上は野暮ってもんだ。姐さんが秘めてきた想いってもんが分からねぇか?」

 そう言われてはこの二人も返す言葉が見当たらない。

「いいか? 『恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』ってやつだ。分かるだろ?」

 鈍い反応しか返さないイサム達に諦め顔で頭を掻くケンジ。

「まぁいいやな,いずれお前達にも分かる時がくるだろ。とにかくだ,これ以上は止めとけ。男を下げるだけだからな」

 言い残して踵を返すケンジを見送りながら「はぁ……」と気の抜けた返事を返す二人。本来はヤンキーを嫌っている二人だが,どうもこのケンジだけは例外になるようだった。

 

 二人が中庭に移動したところで捜索隊の女子の発見され,リュウキは「この件に関しては無関係」ということで事なきを得たが,イサムは怒りに燃える女子達に捕まってしまい,闘技場前に引きずりだされてしまったのだった。

 

 般若の形相を浮かべた数十人に及ぶ女子に囲まれたイサムは,包囲網の隙をついて脱出を試みるも敢え無く失敗し,怒りの炎に油を注ぐ結果となってしまった。

 叱責と罵声を浴びせかけられた挙句,砂煙が上がるほどの「お仕置き」を受けたイサムの前にシズルが姿を現したのはバトル終了から三十分ほど経過した頃である。

 前原と共に戻ってきたシズルの前にイサムがダッシュで駆け寄りそのままの勢いで土下座をした。スライディング土下座である。

 制服が砂汚れと女子の足跡だらけなのを見て全てを理解したシヅルが大きなため息を吐き,腕を組んでイサムを見下ろした。

「……自分のやった事の重大さが分かったみたいね」

「腹の底から理解しました! もう二度としません! スンマセンでした! 許して下さい!」

 シヅルの目が冷たい光を湛えた事に何人が気付いただろう。

「わかったわ。いいから立ちなさい」

「はい!」

 イサムの表情がパッと明るくなった。これで解決したと思ったのである。甘い考えだったのだが。

 立ち上がりきる直前,シヅルの右足が跳ね上がったのだ。それは狙い違わずイサムの股間を直撃した。鈍い音が響き,イサムの口から声にならない呻きが漏れる。大歓声が沸き起こった。女子の声が大半だ。

「これで,おあいこの恨みっこなし。いいわね?」

「は……はい……」

 股間を押さえてうずくまるイサム。横で見ていた前原の顔も強張っている。

「さ,行きましょう」

「あ,ああ……上杉君,今後は気をつけたまえ」

 無言で頷くイサムの横を通過し,闘技場の前へと進む。入れ違いにリュウキが駆け付け,イサムの腰の後ろを叩きながら表情をを覗き込むとさすがに顔色が悪い。

「まぁ誰も恨みようがないな……自業自得ってやつだ,諦めろ」

 言い返す気力もないイサムは身体の奥を掻きまわすような痛みと,嘔吐感さえもたらすような不快感に耐えていた。


 数分後,ようやく場が落ちつき次の対戦が行われる事になった。イサムのグロッキー状態も収まったのである。ただ女子から浴びせかけられる冷たい視線はどうしようもないのだが。

「なんかこう……全身を刀で突き刺されるような感覚がするんだが,気のせいか?」

「いや,それは怒りの視線で突き刺されてるだけだ。気のせいじゃないから安心しろ」

「丸っきり安心できんだろうが!」

「悪行の報いだろう!」

 彼氏とその親友との心温まるやり取りを呆れながら聞いていたアサミが,前原の試合が始まる事を告げると二人は闘技場へ正対し,お喋りもピタリと終わった。この辺りの切り替えは見事なものである。

 イサムもリュウキも前原の魔神は噂に聞くだけで,その眼で見た事はない。このバトルに勝ち残ってEibonに願いを叶えてもらうなら,前原はどうしても越えなければならない壁なのだ。どんなに些細な事も見落とす事はできない。細大漏らさずその眼に焼きつけておかなければなるまい。

 闘技場に両者が姿を見せた。向かって右側に前原ススムが,左に山本コウタが陣取っている。

 前原は落ちついた様子――いつも通りと言えば言えるのだが,コウタは薄笑いを浮かべているもののどこか作り物めいた印象を与える。纏っている空気がピリピリとした鬼気迫るものを感じさせるのだ。

 両者の間を見えざる雷火が繋ぐ。アサミがアストライアを出し闘技場に進めると,呼応するように両者が魔神を出した。ギャラリーがどよめきを上げる。

 前原の魔神は巨大な赤竜。長大な身体は全長20mを超えそうな威容を誇る。ヴリトラだった。一方のコウタは一つ目巨人サイクロプスだ。ストーンゴーレムを更に二回り以上大柄な体躯は,デフォルメされたかのように横幅と厚みがある。身長は8mぐらいだが,それ以上に巨大に感じてしまうのは,圧倒的な威圧感のせいなのだろうか。

 今回は前原が闘う当事者な為,アサミが代役を務める事になっている。闘技場に近付くとヴリトラが長大な頭部をもたげ,サイクロプスが巨大な足を踏み鳴らす。戦闘準備完了だ。

 アサミが白い右手を高く掲げ,鋭く振り下ろすと同時に精一杯の声で叫ぶ。

「始め!」

 ヴリトラの咆哮とサイクロプスの雄叫びがぶつかり,闘技場とギャラリーのはらわたを揺るがす。

 二体の巨大な魔神が突進して中央で激突した。

やはり遅くなってしまいました。


この連休に何とか二話ぐらいはupしたいなぁ……。


大詰めも近いし……頑張らねば。

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